教員の希望者が減っていると指摘されている。採用試験の倍率が減っているらしい。全国で見てみると、今年度の小学校は約2.8倍、中学校は5.5倍になっている。(10月7日付朝日新聞記事による。)これは00年度の小学校が12.5倍、中学校が17.9倍だったのに対して、確かに大きく減っている。
(教員採用試験の倍率の推移)
その直接の原因は、過去の大量採用時代の教員が退職年齢を迎えて採用者が増えているのに対し、若い世代は少子化で人数そのものが少ないことがあるだろう。また民間企業の採用が順調で、大学生は教員採用試験の前に民間企業に先に内定してしまうことも大きい。そもそも2000年前後の「就職氷河期」に、教員採用試験がとても合格できるとは思えない倍率にまでなっていたことがおかしかった。減ったとは言え2倍以上はあるんだから、採用後に研修や経験を積むことにより教員として成長出来るだろうという考え方もあると思う。
しかし、現場的にはこの倍率はかなり低いんじゃないか。なぜなら、教員採用試験に落ちた志望者の中から、さらに教員を目指すという人を中心に、非常勤講師や産育休代替教員を採用することが多いからだ。その年に不合格だった人は、いつあるか判らない産休代替の口などを待たずに、私立学校で講師をしたり、民間企業へ就職してしまうのが普通だ。どんな職場にもあることだが、採用後に教員に向いてないと判る人もいる。年度途中で事情があって退職する人もいる。だから年度途中で新採用になる人が一定数いるもんだけど、この倍率だと突然の講師採用などが難しくなるはずだ。現実に病休、産休などの代替教員、つまり「非正規教員」が非常に不足してきているという。(9月24日付朝日新聞。)
その原因として、学校の勤務環境が「ブラック職場」であることが知られて敬遠されているという分析もある。それもあるかもしれないが、それだけでは不十分だろう。もともと部活動を含めた勤務時間の長さ、それにたいして「残業代」に見合わない給与体系など、それ自体は教員を目指すものには周知のことだった。しかし、それでも教職は面白いという「教員労働の特別性」が存在した。その特別性を剥ぎ取ろうというのが、ここ何十年かの教育行政だった。だから、教員を目指す人が減ったというのは、教育行政が目指してきたことが効果を上げたということなのである。
そもそも教員免許を取得する人が減っているのかどうか。僕はそのデータを持ってないけれど、「教員免許更新制」なる愚策により、教員免許を「とりあえず」「念のため」取得しようという人は減っているのではないだろうか。中高の免許は、普通は大学で教職課程に登録し所定の科目を修得することで得られる。しかし「教育実習」などの負担が大きい割に、10年で期限が切れてしまう。研究職を目指して大学院に進学する、あるいは音楽や美術、スポーツ、英語の翻訳などでプロとして活躍を目指している人は多い。昔はそういう人は「念のため」教員免許を取っておく人が多かった。
実際に美術や音楽などでは、セミプロ的な活動をしながら非常勤講師をしている人に何人も接してきた。そういう人も今は減っているのではないか。また若い人の場合だけではなく、結婚等で一端退職した人も多いけれど、一度免許が失効してしまえば何かの時にカムバックするのは難しいだろう。「一度辞めた元教員」は緊急時に一番頼りに出来る存在だったのだが、今はそれが難しい。1966年の日本映画「こころの山脈」(吉村公三郎監督)という映画がある。小学校で産休に入る先生がいて、校長(珍しく殿山泰司がマジメや役を好演している)が代わりの先生探しに苦労している。戦前に教師をしていた「おばさん」(山岡久乃)に頼みこんでやって貰う。こういうエピソードも今ではあり得ない。
もう一つ重要なことは、東京都教委を先頭に「教員の階層分化」「競争的な人事考課制度」を進めてきたことだ。都教委などは導入時に「民間企業では、そうやってスキルアップしている」みたいなことを言っていた。とんでもない話で、そういう民間企業に適応できる人は、とっとと民間企業に就職してしまうだろう。なぜなら、収入面で公務員は絶対に民間を上回らないからだ。(公務員の賃金は民間の水準を基準に決められている。)バブル期を経験した僕の世代などは、民間に就職した人のボーナスとあまりの違いに絶句した時期がある。その後「就職氷河期」になって、「潰れないだけでもマシ」などと言われたときもあるがそういう時期の方が少ない。
それでも教員を目指す人がいるのは何故か。世の中全体からすれば、「変人」だからじゃないかと思う。僕にしてみれば、民間なんかで働けるとは思えなかった。都立高校なら、なんとか片隅で生きていけるかなと思ったのである。研究職を別にすれば、ずっと「歴史」に関与していけるような仕事は、社会科教員か専門出版社ぐらいしか思いつけなかった時代なのである。まあ、RCサクセションの「僕の好きな先生」である。僕はまあ自分で最初に思っていたほどは「職員室が嫌い」な教師ではなかった。でも「絵の具の匂い」に囲まれていたいというような気持ちはよく判る。そういう人は民間ではダメだけど、教師ではやっていけた時代なのだ。(もうタバコは絶対ダメだけど。)
そのような「組織性のない教師」を駆逐するのが、教育行政の目指してきたところだ。その結果として、パソコンを駆使して「アクティブラーニング」を推進するが、生徒には考えさせるけれども自分では教育行政の言うままに働く教員を求めてきた。そんな人がいたら、教師にならずに民間企業でバリバリやるって。だから「自由裁量」を広げるなど、「教職への尊厳」をベースに置く教育行政にならない限り、教師を目指す人が増えることは難しいだろう。つまり教師不足はもっと深刻化するのである。(長くなったので、具体的な方策、及び教育実習の問題は別に書きたい。)
(教員採用試験の倍率の推移)
その直接の原因は、過去の大量採用時代の教員が退職年齢を迎えて採用者が増えているのに対し、若い世代は少子化で人数そのものが少ないことがあるだろう。また民間企業の採用が順調で、大学生は教員採用試験の前に民間企業に先に内定してしまうことも大きい。そもそも2000年前後の「就職氷河期」に、教員採用試験がとても合格できるとは思えない倍率にまでなっていたことがおかしかった。減ったとは言え2倍以上はあるんだから、採用後に研修や経験を積むことにより教員として成長出来るだろうという考え方もあると思う。
しかし、現場的にはこの倍率はかなり低いんじゃないか。なぜなら、教員採用試験に落ちた志望者の中から、さらに教員を目指すという人を中心に、非常勤講師や産育休代替教員を採用することが多いからだ。その年に不合格だった人は、いつあるか判らない産休代替の口などを待たずに、私立学校で講師をしたり、民間企業へ就職してしまうのが普通だ。どんな職場にもあることだが、採用後に教員に向いてないと判る人もいる。年度途中で事情があって退職する人もいる。だから年度途中で新採用になる人が一定数いるもんだけど、この倍率だと突然の講師採用などが難しくなるはずだ。現実に病休、産休などの代替教員、つまり「非正規教員」が非常に不足してきているという。(9月24日付朝日新聞。)
その原因として、学校の勤務環境が「ブラック職場」であることが知られて敬遠されているという分析もある。それもあるかもしれないが、それだけでは不十分だろう。もともと部活動を含めた勤務時間の長さ、それにたいして「残業代」に見合わない給与体系など、それ自体は教員を目指すものには周知のことだった。しかし、それでも教職は面白いという「教員労働の特別性」が存在した。その特別性を剥ぎ取ろうというのが、ここ何十年かの教育行政だった。だから、教員を目指す人が減ったというのは、教育行政が目指してきたことが効果を上げたということなのである。
そもそも教員免許を取得する人が減っているのかどうか。僕はそのデータを持ってないけれど、「教員免許更新制」なる愚策により、教員免許を「とりあえず」「念のため」取得しようという人は減っているのではないだろうか。中高の免許は、普通は大学で教職課程に登録し所定の科目を修得することで得られる。しかし「教育実習」などの負担が大きい割に、10年で期限が切れてしまう。研究職を目指して大学院に進学する、あるいは音楽や美術、スポーツ、英語の翻訳などでプロとして活躍を目指している人は多い。昔はそういう人は「念のため」教員免許を取っておく人が多かった。
実際に美術や音楽などでは、セミプロ的な活動をしながら非常勤講師をしている人に何人も接してきた。そういう人も今は減っているのではないか。また若い人の場合だけではなく、結婚等で一端退職した人も多いけれど、一度免許が失効してしまえば何かの時にカムバックするのは難しいだろう。「一度辞めた元教員」は緊急時に一番頼りに出来る存在だったのだが、今はそれが難しい。1966年の日本映画「こころの山脈」(吉村公三郎監督)という映画がある。小学校で産休に入る先生がいて、校長(珍しく殿山泰司がマジメや役を好演している)が代わりの先生探しに苦労している。戦前に教師をしていた「おばさん」(山岡久乃)に頼みこんでやって貰う。こういうエピソードも今ではあり得ない。
もう一つ重要なことは、東京都教委を先頭に「教員の階層分化」「競争的な人事考課制度」を進めてきたことだ。都教委などは導入時に「民間企業では、そうやってスキルアップしている」みたいなことを言っていた。とんでもない話で、そういう民間企業に適応できる人は、とっとと民間企業に就職してしまうだろう。なぜなら、収入面で公務員は絶対に民間を上回らないからだ。(公務員の賃金は民間の水準を基準に決められている。)バブル期を経験した僕の世代などは、民間に就職した人のボーナスとあまりの違いに絶句した時期がある。その後「就職氷河期」になって、「潰れないだけでもマシ」などと言われたときもあるがそういう時期の方が少ない。
それでも教員を目指す人がいるのは何故か。世の中全体からすれば、「変人」だからじゃないかと思う。僕にしてみれば、民間なんかで働けるとは思えなかった。都立高校なら、なんとか片隅で生きていけるかなと思ったのである。研究職を別にすれば、ずっと「歴史」に関与していけるような仕事は、社会科教員か専門出版社ぐらいしか思いつけなかった時代なのである。まあ、RCサクセションの「僕の好きな先生」である。僕はまあ自分で最初に思っていたほどは「職員室が嫌い」な教師ではなかった。でも「絵の具の匂い」に囲まれていたいというような気持ちはよく判る。そういう人は民間ではダメだけど、教師ではやっていけた時代なのだ。(もうタバコは絶対ダメだけど。)
そのような「組織性のない教師」を駆逐するのが、教育行政の目指してきたところだ。その結果として、パソコンを駆使して「アクティブラーニング」を推進するが、生徒には考えさせるけれども自分では教育行政の言うままに働く教員を求めてきた。そんな人がいたら、教師にならずに民間企業でバリバリやるって。だから「自由裁量」を広げるなど、「教職への尊厳」をベースに置く教育行政にならない限り、教師を目指す人が増えることは難しいだろう。つまり教師不足はもっと深刻化するのである。(長くなったので、具体的な方策、及び教育実習の問題は別に書きたい。)