尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ハワード・ホークス「脱出」「三つ数えろ」

2017年01月05日 22時58分28秒 |  〃  (旧作外国映画)
 シネマヴェーラ渋谷で、アメリカのハワード・ホークス監督(1896~1977)の特集を行っている。今回はボギー映画2本について。ホークスになると、さすがに同時代には一本も見てない。「リオ・ブラボー」はテレビでよくやっていたし(その後、劇場でも見た)、1970年の「リオ・ロボ」が遺作だから、何となく西部劇いっぱいのアクション監督のように思っていた。

 今回の特集はかつてないほど多くの作品を集めているが、西部劇は「赤い河」だけ。アクション映画も多いけど、それ以上にコメディが多い。自身も飛行機乗りということで航空映画もかなりある。見てない映画が多いので、この機会に全部見ようかと思ったけど、さすがにそれは無理だった。喜劇は時代性が強いけど、「ヒズ・ガール・フライデー」や「ヒット・パレード」はやっぱり面白い。

 「脱出」(1944)と「三つ数えろ」(1946)は、ハンフリー・ボガート(1899~1957)とローレン・バコール(1924~2004)が主演した伝説的なハードボイルド映画である。シネマヴェーラは最近古い映画をいくつも上映しているので、どっちも前に見ている。最近は混んでいることが多いんだけど、もう一回見たいなと思って出かけて行った。魅力的な番組だから大混雑していたけど。

 どちらもウィリアム・フォークナーが脚本に参加している。当時のアメリカ作家の多くは、ハリウッドに招かれて生計を立てていた。(今は大学で作家養成コースを担当することが多い。)まあ、どれだけ内容に関与したのかは知らないけど。「脱出」はヘミングウェイ「持つと持たぬと」の映画化。「三つ数えろ」はチャンドラー「大いなる眠り」の映画化である。もっとも「持つと持たぬと」は、今ではほとんど読む機会がない。日本でも翻訳は大昔のものしかないから僕も読んでない。

 「脱出」はカリブ海にあるフランス領マルチニーク島が舞台である。戦時中のフランスはドイツに占領され、ヴィシー政権ができている。島ではヴィシー派が権力を握っているが、反ナチスの自由フランス派も存在している。ハリーは観光客向けの釣り船をやっていて反体制派の密航を頼まれ、否応なく争いの中に巻き込まれていく。そのさなかに、金が尽きて舞い込んできた怪しい美女マリーが現れる。ハリーをやってるボギーはまさにはまり役で、情に厚い反骨の役柄にぴったりである。
 
 一方、マリーのローレン・バコールはモデル出身で、「脱出」がデビュー作。ずいぶん心配されたようだけど、撮影中にどんどん彼女の役が大きくなっていったという。見れば一目瞭然、驚くばかりのミューズ誕生だった。神秘的な悪女にして蠱惑的な歌姫、清楚でもありながら、男をとりこにする。ボギーの相手役として実に見事な銀幕デビューだった。そして、この二人は歳の差25歳を超えて、実生活でも結ばれ、ハリウッドのおしどり夫婦として映画史の伝説となった。

 原作は1937年だから、ヴィシー政府が出てくるわけがない。戦時中の愛国映画として映画化されたんだろうけど、今見ても素晴らしい出来である。もちろんボギーは、2年前の「カサブランカ」の役柄を背負っている。だけど、今回のボギーは自ら「行動」に踏み切らざるを得なくなる。酔いどれ船員役のウォルター・ブレナンがいい味を出していて、「リオ・ブラボー」も同じような酔いどれ役だった。

 「三つ数えろ」は「大いなる眠り」の映画化だが、原作はどうも筋を忘れてしまう。映画も入り組んでいるけど、原作も同じ。今回は年末に読み直してみた。村上春樹訳で「プレイバック」が出たから、それを読んだ後に、探してきて読み直したわけ。でも、それでもよく判らなかった。ストーリイそのものがちょっとズレていて、一番肝心の事件が主筋になってない。関連の事件を追ううちに、事件の中心ではない人物がどんどん殺されていくから、物語の中心が判らなくなるのである。

 見直してみると、ボギーとしても、ハードボイルド映画としても「マルタの鷹」(1940、ジョン・ヒューストン監督)の方がずっと面白いんじゃないだろうかと思った。映画化に伴って改変された部分も、あまり効果的ではない。ボギーとバコールは1945年に結婚していたから、さすがに二人は息があっている。富豪のスターンウッド家の姉妹、姉のヴィヴィアンがバコールだが、妹のカーメンこそ話の中心である。でも、マーサ・ヴィッカーズという知らない女優がやっていて、要するにマーロウ(ボギー)、ヴィヴィアン(バコール)の映画に作り直されているわけである。

 有名な映画だし、原作がどのように映像化されているかも興味深いので、もちろん見ておかないといけない映画である。チャンドラ―の映画化として一番いいのは、ディック・リチャーズ監督、ロバート・ミッチャムがマーロウの「さらば愛しき女よ」ではないか。まあ現代風にされたアルトマンの「ロング・グッドバイ」も悪くはないんだけど。この「三つ数えろ」の題名の謎は最後に判るけど、もう「大いなる眠り」の名前で上映してもいいのではないかと思う。ボギーもバコールも決して、いわゆる美男美女ではない。バコールも僕はちょっとファニー風なところが味になってると思う。とにかく伝説的カップルの2作は、見るだけで楽しい二本立てだった。
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