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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「楽隊のうさぎ」

2014年01月04日 23時24分25秒 | 映画 (新作日本映画)
 中沢けいの原作を鈴木卓爾監督が映画化した「楽隊のうさぎ」が公開中。これは浜松のミニシアター、「浜松シネマイーラ」が中心になり、全国のミニシアターが製作に協力してできた映画で、上映も各地のミニシアターで行われている。東京では渋谷のユーロスペースで上映されているが、これは映画ファンなら見に行かないといけないと思い、見てきた。(ユーロスペースでは10日まで一日4回、24日まで一日一回16時から上映。その他、横浜シネマジャック&ベティ、名古屋シネマテーク、大阪の第七藝術劇場、札幌シアターキノ、新潟シネウィンド、金沢シネモンド、函館シネマアイリス、東北のフォーラム仙台、福島など各館、那覇桜坂劇場など名だたるミニシアターで上映されるが、各館の上映日程が違うので、もう終わっていたり終わりが近い所もあるかもしれない。)

 見た感想を一言で言えば、非常に心ふるえる「中学生映画」で、またすぐれた「音楽映画」でもあった。音楽系部活映画と言えば、「青春デンデケデケデケ」「スウィング・ガールズ」「リンダ リンダ リンダ」とか、高校の軽音系はあるけど、中学生の吹奏楽部は今までにないだろう。シロウトの中学生を集めてレッスンし、かれらの実際の音を使っているという。主役の男の子は中学1年で入部した時から、2年生で大会に出るときまで、本当に大きく成長していくのがまざまざと見える。そういう意味では、まれに見る音楽映画で、音楽ドキュメンタリ―とも言える。

 でもこの映画のベースは、中学生のあやうい心情を描く出すということにある。子どもたちの間にある強弱の差異や揺れ動く人間関係、教師の無神経や力量不足、親との難しい関係などが過不足なく描写されている。主人公の少年は最初とても「弱弱しい」感じで、集団の中で生きて行けるか心配な感じもする。まあ音楽映画なんだから(「いじめ問題」を描く映画ではないと知ってるから)、部活で何となく頑張れるのかなと予想して見るんだけど、この主人公は最初は授業が終わったら一刻も早く家に帰りたいという少年だった。それが最後の大会の頃には何という変貌を見せることだろう。この学校、クラスでは「荒れ」や「いじめ」が起こっても全く不思議ではない。それでも「学校に居場所がある」ということが、少年を成長させていくのである。

 では何でこの少年は吹奏楽部に入ったのか。彼にだけ見える「うさぎ」がいて、うさぎについて行ったら音楽室なのである。このうさぎは、その後もたびたび現れ、心迷う時、心弱る時に、言葉は発しないが仕草で励ましたり癒したりする。そういうファンタジックな設定になっている。この「うさぎ」をどう見るかだけど、まあそういう「導きのうさぎ」を心の中に持っているのは素晴らしいとも言える。でも実際に「目に見えるうさぎ」が校内を案内しているを見ると、これは「特別な能力を持った少年」なのかなという感じもしてくる。僕にはその描き方だけがよく判らなかった。

 中沢けいは、19歳(明大在籍中)に「海を感じる時」で群像新人賞を受賞した。1978年のことである。群像新人賞はその2年前に村上龍の「限りなく透明なブルー」が、翌年には村上春樹「風の歌を聴け」が受賞という黄金時代で、中沢けいも女子大生作家として有名になった。その後、結婚、出産、離婚を経験しながら、コンスタントに作品を発表し、2000年に「楽隊のうさぎ」を発表した。この小説は発表当時から評判になって、文庫になって今も読み継がれているが、僕は中沢作品を読んだことがない。プログラムを読むと、原作は大会参加を中心にした「部活小説」の側面が強いようだが、映画は限られたメンバー、限られたロケ期間(練習期間)で作られるから、それは無理。音源を生徒(役の子役)のものだけにして、顧問創作曲(音楽担当者作曲)で大会参加を目指すという構成にした。これが成功していると思う。

 浜松のミニシアターが企画、製作したというのは、浜松が「楽器の町」だからで、浜松に本社があるヤマハが全面的に協力している。浜松市はじめ地元の協力を取り付けて作られた。この映画を見れば、音楽はいいなあ、楽器を自分も手にしてみたいなあと思う人も多いと思うし、「浜松の楽器」をアピールしたことは間違いない。映画製作の中心となった越川道夫も浜松出身、監督の鈴木卓爾は磐田出身、音楽の磯田健一郎も出身は大阪ながら浜松北高出身という地元を熟知するスタッフで作られた映画である。

 鈴木卓爾監督(1967~)は「私は猫ストーカー」「ゲゲゲの女房」を作った人だが、浜松の自主映画集団に所属しぴあフィルムフェスティバルで受賞したこともあるという。NHK「中学生日記」の脚本を手掛けていたこともあるから、この映画はまさに適役という感じである。音楽の磯田健一郎(1962~)は、中江裕司監督の「ナビィの恋」「ホテル・ハイビスカス」で毎日映画コンクール音楽賞を受賞した人で、この映画では作編曲の他、生徒の演奏指導もしているという。映画の最後の出てくる顧問作曲という《Flowering TREE》もこの人の曲。ベースにパブロ・カザルスの「鳥の歌」へのリスペクトがある。

 主舞台となる音楽室は、作曲家の肖像がズラッと並んでいて、なんだか懐かしい。「吹奏楽部7か条」という「部訓」も貼ってあるのが中学生らしい。この音楽室の空間がとってもいいと思う。(もっとも吹奏楽部は多くの学校で決してユートピアではないのだが。)なお、映画の中で使われた曲を参考までに挙げておくと、スーザ「星条旗よ永遠なれ」、ドビュッシー「月の光」、ビゼー「アルルの女」、ヘンデル「王宮の花火の音楽」より、モーツァルト「13楽器のためのセレナード《グラン・パルティータ》より、磯田健一郎「打楽器のためのパターン」、ホルスト「吹奏楽のための組曲 第一番ホ長調」より、ムソルグスキー「展覧会の絵」より《ビドロ》、カタロニア民謡「鳥の歌」、スザート「ロンド《わが友》」、そして先に書いた磯田作曲の作品となる。
コメント (2)
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