25日午前10時、名張毒ぶどう酒事件の第7次再審請求差し戻し審で、名古屋高裁刑事2部は棄却の決定を下した。ちょっと細かく書いてみたが、理由がある。今回は弁護側、支援者だけではなく、マスコミでも再審開始決定が出るのではないかという推測がかなりあったと思う。今までの経緯があるからである。1961年の事件で、半世紀以上も経っている。「ぶどう酒」なんて今や死語である。無罪から一転死刑、再審開始決定から取り消し、最高裁の差し戻し決定と異例中の異例の経過をたどって、まだ続けるのか。最高裁で、原決定破棄、自判して再審開始決定が速やかにでることを望みたい。
この事件では一審の津地裁は無罪判決である。この判決はやり直しを求める必要はないから、「裁判のやり直し」は死刑判決を出した名古屋高裁に申し立てることになる。再審請求を繰り返したが、6回は門前払いだった。だんだん弁護団、支援運動も大きくなって行き、第7回目の再審請求を申し立てたのが、2002年4月。これに対し、2005年4月5日、名古屋高裁刑事1部が再審開始の決定を下した。だからこの段階で再審が決まっていてもよかったのである。そして次が最高裁と言うならまだ判らないではないけれど、再審の場合「高裁決定に異議申し立て」というのができる。だから検察側は異議を申立て、それは開始を決定した刑事1部ではなく、名古屋高裁刑事2部に係属したわけである。2006年12月26日、刑事2部は再審開始決定を取り消す決定を行う。これに対し、弁護側は最高裁に「特別抗告」したところ、全く異例なことに最高裁は2010年4月5日、審理を名古屋高裁刑事2部に差し戻す決定を行ったのである。気付いたかどうか、再審開始決定と最高裁の差し戻し決定は全く同じ日付である。
最高裁差し戻し決定は、「新証拠」の毒物鑑定に関する科学的な争点に関し、「申立人側からニッカリンTの提出を受けるなどして,事件検体と近似の条件でペーパークロマトグラフ試験を実施する等の鑑定を行うなど,更に審理を尽くす必要があるというべきである。」という判断をしている。だから名古屋高裁は最高裁の求める新鑑定を行う必要があるわけだ。今まで毒物が農薬の「ニッカリンT」だということは問題になってこなかった。それは当時の鑑定を疑わず、もっぱらアリバイや(ぶどう酒の王冠についていた)歯型などが争いの中心になっていた。最近になって弁護団の中で、事件当時の鑑定に矛盾があることに気づき、そもそも「毒物が違うのではないか」という疑問が出された。この農薬は危険で、もう製造中止になっていた。弁護団は全国を探し回り、ようやく倉庫に保管されていた一ビンの「ニッカリンT」を見つけ出した。そうして鑑定したところ、ぶどう酒に「ニッカリンT」を混ぜると、副生成物(トリエチルピロフェスフェート)が多量にできることがわかった。事件当時の「犯行時のぶどう酒」では検出されていないが、当時「市販のぶどう酒に市販のニッカリンTを混ぜた溶液」の鑑定では「薄く小さく検出」されたとあるので、これは毒物が「自白」と違うのではないか、「自白」は間違っているというのが、今回の新証拠の最大の主張である。
で、今回、事件当時の鑑定を再現することは誰も引き受け手がなかったのだが、最新鋭の機器で鑑定を行った。その結果、やはり「ニッカリンT」に水分を混ぜると副生成物ができる。ただし「エーテル抽出」を行うと副生成物はゼロだという結果である。この「エーテル抽出」というのは当時の常識的な鑑定法だという。さて、だんだん訳が分からなくなってきたけれど、こうして「更に審理を尽く」した結果、弁護側の主張はおおむね証明されたかに思われていたのである。それに対し、今回の決定では「(当時の犯行現場のぶどう酒では)加水分解の結果、検出されなかった余地がある」と検察側も主張していない理由で棄却したのである。要するに犯行から当時の鑑定まで2日間ほど経っていたから、副生成物は水と反応して分解してしまい、だから当時の鑑定では検出されなかったの「かもしれない」というのである。
これ、明らかにおかしいですよね。なぜならば、最高裁から毒物に関し更に審理を尽くせと条件を付けられているんだから、もし加水分解したから検出されないと裁判所が思うんだったら、「混ぜてから2日経った」条件のぶどう酒での鑑定を行う必要がある。時間はさらにかかるけれど、そうしないと最高裁から差し戻された条件をクリアーできない。検察も主張していない理由で決定を下すのは、全くおかしな話である。「疑わしきは請求人の利益に」というのが再審に関する最高裁決定(いわゆる76年の「白鳥決定」)だから、今回の毒物の関する鑑定結果は「もしかしたら毒物は違ったのではないか」という方向で考えるしかない。科学鑑定の判断はシロウトには難しいのだが、そういう「毒物鑑定のゆらぎ」の中に、他の主張を置いてみれば、今回の新鑑定があれば昔の名古屋高裁もさすがに「無罪から一転死刑判決」は出せなかっただろう。だから、再審開始決定が出るはずなのである。
結局、裁判官は「自白」を重視してしまうのである。そういう裁判官の「体質」が一番問題である。「請求人以外に毒物を混入した者はいない」と今回も判断しているが、捜査段階でだんだんそういう風に参考人の供述が変えられていく状況は、江川紹子「六人目の犠牲者」にくわしく証明されていたように記憶する。この本は現在、岩波現代文庫で「名張毒ブドウ酒殺人事件」の題名で刊行されているはずである。
この事件では一審の津地裁は無罪判決である。この判決はやり直しを求める必要はないから、「裁判のやり直し」は死刑判決を出した名古屋高裁に申し立てることになる。再審請求を繰り返したが、6回は門前払いだった。だんだん弁護団、支援運動も大きくなって行き、第7回目の再審請求を申し立てたのが、2002年4月。これに対し、2005年4月5日、名古屋高裁刑事1部が再審開始の決定を下した。だからこの段階で再審が決まっていてもよかったのである。そして次が最高裁と言うならまだ判らないではないけれど、再審の場合「高裁決定に異議申し立て」というのができる。だから検察側は異議を申立て、それは開始を決定した刑事1部ではなく、名古屋高裁刑事2部に係属したわけである。2006年12月26日、刑事2部は再審開始決定を取り消す決定を行う。これに対し、弁護側は最高裁に「特別抗告」したところ、全く異例なことに最高裁は2010年4月5日、審理を名古屋高裁刑事2部に差し戻す決定を行ったのである。気付いたかどうか、再審開始決定と最高裁の差し戻し決定は全く同じ日付である。
最高裁差し戻し決定は、「新証拠」の毒物鑑定に関する科学的な争点に関し、「申立人側からニッカリンTの提出を受けるなどして,事件検体と近似の条件でペーパークロマトグラフ試験を実施する等の鑑定を行うなど,更に審理を尽くす必要があるというべきである。」という判断をしている。だから名古屋高裁は最高裁の求める新鑑定を行う必要があるわけだ。今まで毒物が農薬の「ニッカリンT」だということは問題になってこなかった。それは当時の鑑定を疑わず、もっぱらアリバイや(ぶどう酒の王冠についていた)歯型などが争いの中心になっていた。最近になって弁護団の中で、事件当時の鑑定に矛盾があることに気づき、そもそも「毒物が違うのではないか」という疑問が出された。この農薬は危険で、もう製造中止になっていた。弁護団は全国を探し回り、ようやく倉庫に保管されていた一ビンの「ニッカリンT」を見つけ出した。そうして鑑定したところ、ぶどう酒に「ニッカリンT」を混ぜると、副生成物(トリエチルピロフェスフェート)が多量にできることがわかった。事件当時の「犯行時のぶどう酒」では検出されていないが、当時「市販のぶどう酒に市販のニッカリンTを混ぜた溶液」の鑑定では「薄く小さく検出」されたとあるので、これは毒物が「自白」と違うのではないか、「自白」は間違っているというのが、今回の新証拠の最大の主張である。
で、今回、事件当時の鑑定を再現することは誰も引き受け手がなかったのだが、最新鋭の機器で鑑定を行った。その結果、やはり「ニッカリンT」に水分を混ぜると副生成物ができる。ただし「エーテル抽出」を行うと副生成物はゼロだという結果である。この「エーテル抽出」というのは当時の常識的な鑑定法だという。さて、だんだん訳が分からなくなってきたけれど、こうして「更に審理を尽く」した結果、弁護側の主張はおおむね証明されたかに思われていたのである。それに対し、今回の決定では「(当時の犯行現場のぶどう酒では)加水分解の結果、検出されなかった余地がある」と検察側も主張していない理由で棄却したのである。要するに犯行から当時の鑑定まで2日間ほど経っていたから、副生成物は水と反応して分解してしまい、だから当時の鑑定では検出されなかったの「かもしれない」というのである。
これ、明らかにおかしいですよね。なぜならば、最高裁から毒物に関し更に審理を尽くせと条件を付けられているんだから、もし加水分解したから検出されないと裁判所が思うんだったら、「混ぜてから2日経った」条件のぶどう酒での鑑定を行う必要がある。時間はさらにかかるけれど、そうしないと最高裁から差し戻された条件をクリアーできない。検察も主張していない理由で決定を下すのは、全くおかしな話である。「疑わしきは請求人の利益に」というのが再審に関する最高裁決定(いわゆる76年の「白鳥決定」)だから、今回の毒物の関する鑑定結果は「もしかしたら毒物は違ったのではないか」という方向で考えるしかない。科学鑑定の判断はシロウトには難しいのだが、そういう「毒物鑑定のゆらぎ」の中に、他の主張を置いてみれば、今回の新鑑定があれば昔の名古屋高裁もさすがに「無罪から一転死刑判決」は出せなかっただろう。だから、再審開始決定が出るはずなのである。
結局、裁判官は「自白」を重視してしまうのである。そういう裁判官の「体質」が一番問題である。「請求人以外に毒物を混入した者はいない」と今回も判断しているが、捜査段階でだんだんそういう風に参考人の供述が変えられていく状況は、江川紹子「六人目の犠牲者」にくわしく証明されていたように記憶する。この本は現在、岩波現代文庫で「名張毒ブドウ酒殺人事件」の題名で刊行されているはずである。