葉真中顕(はまなか・あき)というミステリー系の作家がいる。2013年の『ロスト・ケア』が注目され、社会的な背景を巧みに生かすミステリー小説が多い。テレビドラマ化された作品はあるが、葉真中作品初の映画化が『ロストケア』という映画。(原作は「・」があるが、映画は「・」がない。)松山ケンイチ、長澤まさみの壮絶な演技合戦が見どころだが、介護問題をめぐって現実に起きた事件などを思い出してしまう。なかなか大変な映画である。

予告編で、長澤まさみ演じる検事が「あなたは42人を殺しました」と追求すると、松山ケンイチ演じる介護士が「私は42人を救いました」と答えるシーンが流されている。だから、見る前から「そういう映画だな」と判っている。原作も読んでるけど、ずいぶん前で細かいことは忘れてしまった。調べてみると、原作の舞台は東京都西部の八王子市あたり、検事も男性だった。
映画では検事を女性という設定に変えて、長澤まさみをキャスティングした。興行的な理由でもあるだろうが、これが実に効いている。検事だから警察より広い部屋で尋問している。松山ケンイチと丁々発止のやり取りは緊迫感にあふれる。松山演じる介護士斯波(しば)は「確信犯」だから、むしろ大友検事は押され気味に見える。「安楽死」が認められない日本では、斯波の行為が刑法に触れることは間違いない。動機がどうであれ、それは動かない。だから検事の方が優位に尋問できるはずが、検事の主張はきれい事だと決めつける松山ケンイチの確信に満ちた口調が検事の内面を揺るがす。

ロケは長野県諏訪市あたりで行われた。冒頭で諏訪湖が見えるので海辺かなと思ったが、長野県と出て来るから諏訪湖だなと思った。松山ケンイチの他に研修中の若い女性、ベテランらしい女性介護士が組んで、各家庭を回って介護している。いかにもテキパキと好ましい感じの介護である。だが松山ケンイチ演じる斯波には裏があることをすでに予期している。そういう目で見ると、なんだか出来すぎているようにも見える。ある出来事きっかけに、すべてが反転していく。最初は事故のようにも見えたが、統計的に怪しいと気付くのは検察事務官の椎名。『蜜蜂と遠雷』やテレビドラマ『silent』の鈴鹿央士が好演している。

大友検事も母親を介護ホームに預けている。大分認知症も進んで来たようだ。だが、それだけの経済的余裕があって出来ることである。一方、斯波はこの社会には穴があって、一度落ちたら外に出られない。恵まれている人には判らないだろうという。そう言われると返す言葉がなかなかないだろう。確かにそういう側面があるが、だからといって「殺人」に手を染めるのは飛躍である。主人公がそう思って立ち止まるとドラマにならないから、行き過ぎぐらいの大犯罪になる。しかし、実は明確な物的証拠がないケースが多いから、斯波が全面否認したらなかなか起訴も難しかったかもしれない。その方が法廷ミステリーとしては面白い。でも斯波が「自白」するのは、社会に問題を突きつけたいという作者の意図だろう。
原作は2013年刊行だから、2016年に起きた「やまゆり園事件」の前である。作家の想像力が同じような発想をする事件を予知したのだろう。映画は良く出来ているけど、テーマ性というよりは、初共演の松山ケンイチ、長澤まさみに注目する人が多いだろう。非常に迫力のあるぶつかり合いで、見応え十分。僕は訴追側でありつつ内心で動揺を隠せない検事役の長澤まさみが上手かったと思う。柄本明、藤田弓子、綾戸智恵、坂井真紀など共演陣も充実している。監督の前田哲は近年コンスタントに作品を発表している。『こんな夜更けにバナナかよ』『老後の資金がありません!』『そして、バトンは渡された』など話題作が続き、『大名倒産』が控えている。安心して見られる力量の持ち主だと思った。

予告編で、長澤まさみ演じる検事が「あなたは42人を殺しました」と追求すると、松山ケンイチ演じる介護士が「私は42人を救いました」と答えるシーンが流されている。だから、見る前から「そういう映画だな」と判っている。原作も読んでるけど、ずいぶん前で細かいことは忘れてしまった。調べてみると、原作の舞台は東京都西部の八王子市あたり、検事も男性だった。
映画では検事を女性という設定に変えて、長澤まさみをキャスティングした。興行的な理由でもあるだろうが、これが実に効いている。検事だから警察より広い部屋で尋問している。松山ケンイチと丁々発止のやり取りは緊迫感にあふれる。松山演じる介護士斯波(しば)は「確信犯」だから、むしろ大友検事は押され気味に見える。「安楽死」が認められない日本では、斯波の行為が刑法に触れることは間違いない。動機がどうであれ、それは動かない。だから検事の方が優位に尋問できるはずが、検事の主張はきれい事だと決めつける松山ケンイチの確信に満ちた口調が検事の内面を揺るがす。

ロケは長野県諏訪市あたりで行われた。冒頭で諏訪湖が見えるので海辺かなと思ったが、長野県と出て来るから諏訪湖だなと思った。松山ケンイチの他に研修中の若い女性、ベテランらしい女性介護士が組んで、各家庭を回って介護している。いかにもテキパキと好ましい感じの介護である。だが松山ケンイチ演じる斯波には裏があることをすでに予期している。そういう目で見ると、なんだか出来すぎているようにも見える。ある出来事きっかけに、すべてが反転していく。最初は事故のようにも見えたが、統計的に怪しいと気付くのは検察事務官の椎名。『蜜蜂と遠雷』やテレビドラマ『silent』の鈴鹿央士が好演している。

大友検事も母親を介護ホームに預けている。大分認知症も進んで来たようだ。だが、それだけの経済的余裕があって出来ることである。一方、斯波はこの社会には穴があって、一度落ちたら外に出られない。恵まれている人には判らないだろうという。そう言われると返す言葉がなかなかないだろう。確かにそういう側面があるが、だからといって「殺人」に手を染めるのは飛躍である。主人公がそう思って立ち止まるとドラマにならないから、行き過ぎぐらいの大犯罪になる。しかし、実は明確な物的証拠がないケースが多いから、斯波が全面否認したらなかなか起訴も難しかったかもしれない。その方が法廷ミステリーとしては面白い。でも斯波が「自白」するのは、社会に問題を突きつけたいという作者の意図だろう。
原作は2013年刊行だから、2016年に起きた「やまゆり園事件」の前である。作家の想像力が同じような発想をする事件を予知したのだろう。映画は良く出来ているけど、テーマ性というよりは、初共演の松山ケンイチ、長澤まさみに注目する人が多いだろう。非常に迫力のあるぶつかり合いで、見応え十分。僕は訴追側でありつつ内心で動揺を隠せない検事役の長澤まさみが上手かったと思う。柄本明、藤田弓子、綾戸智恵、坂井真紀など共演陣も充実している。監督の前田哲は近年コンスタントに作品を発表している。『こんな夜更けにバナナかよ』『老後の資金がありません!』『そして、バトンは渡された』など話題作が続き、『大名倒産』が控えている。安心して見られる力量の持ち主だと思った。