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震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

民主革命  実戦教師塾通信五百五十七号

2017-07-21 11:22:43 | 戦後/昭和
 民主革命
~(続)父と母の歩んだ道~
   「占領軍の転向」(前)


 ☆初めに☆
先週の金曜、7月14日は母の命日でした。母は鰻が好きでした。でも一体、生涯のうち何度口にしたのでしょうか。鰻を前にすると必ず、
「鰻は美味しいね」
しみじみと言う母でした。先週のこの日、鰻重を仏壇に供えました。
 ☆ ☆
翌日、仲間たちと語り合う機会がありました。その中の40代の仲間なのですが、今どきアナクロと思われかねない「革命(する)」と口にします。私は皮肉っぽく、
「それって民主化のことじゃないの?」
と言います。私もかつて、うかつに「革命」なる言葉を駆使しました。しかし私たちの大学闘争は、過激な行動を伴ってはいたけれど、中身はどう見ても「民主化」でした。それで良かったのですが。
 ☆ ☆
私たちが学生だった時代と、父や母の時代は交わっていました。
「革命は起きません」
泣いて私を諭(さと)した母は、結局父が残した古い文献/冊子を私に託しました。
そんなことを思い出しながら私は、この40代の仲間にも、「革命」をつなげて欲しい気持ちが抑えられませんでした。


    父の「闘争日誌」にはさんである2,26事件の号外です。


 1 「解放軍」
 1945年、占領軍総司令部(GHQ)が帝国日本に出した指令は、大きく言って次のようなものだった。

◇政治犯釈放
◇特高警察廃止
◇財閥解体
◇治安警察法廃止
◇労働組合法公布
◇選挙法改正(婦人参政権を含む)

翌年は、以下のように続く。
◇軍国主義者・戦争犯罪者の公職追放、ファッショ団体の解散
◇天皇、現神人を否定

これらの事態を前に、目が眩(くら)まない方が難しかったのだろうか。自由となった共産党員を中心にして、
「占領軍は占領軍にあらず。日本を解放する軍なり」
という主張が広まる。日本共産党は、かつての武装闘争路線を放棄し、「平和革命」を訴える。総司令部の方針が、
「帝国日本を完膚(かんぷ)無きまでたたきつぶす」
ためのものだったことを見落とすのだ。
 しかし、「治安警察法廃止」は、「治安維持法廃止」ではなかった。また、岩崎・安田・三井などの財閥は、焼け野原となった東京銀座の復活のため、帝国大学とともに第一線に立つ。ついでに言えば、和光・松阪屋・伊東屋など、一部の大型建築はなぜか東京大空襲を免(まぬが)れている。そしてこれらは米軍に接収された。

 2 「占領軍の転向」
 1947年の3月に、いわゆる「(共産主義)封じ込め政策」のトルーマンドクトリンが発表される。しかし、日本ではすでに、年明けとともに「民主」には影がさしていた。
 日本はその頃、自由が自分たちのものになると信じていた。占領政策のもたらしたものだ。年明けの皇居前、吉田(茂)内閣打倒の国民決起大会には、30万人が結集した。国民は、一気に「民主」へと進もうとしていた。そして、全国の全産業がストップする「2,1ゼネスト」が準備される。
 占領軍は、自分たちが「解放軍」である空気を壊さぬよう組合を説得するが、徐々に高圧的になっていく。
「正しくとも、間違っていてもゼネストは禁じられている」
「理解してもらいたいことは、これが労働者を保護するためであるということだ」
「我々は個々のストライキは今まで弾圧してないが、ゼネストには同意できない」
そしてスト前日、共闘議長の井伊弥四郎が、単身、放送局に連行される。「断腸の思い」で、
「一歩退却二歩前進、労働者農民万歳!」
井伊は「スト中止」を宣言する。

「日本は共産主義進出阻止の防壁」
と、マッカーサーが声明を出すのは、その二年後である。

 父は徴兵されなかった。太宰のように徴兵検査を合格できなかったからではない。終戦まで会社にいた。大学在学中、治安維持法に触れて拷問を受けた人物だったからなのだろうか。
 父が英語を話せたから、
「会社に重宝されたのだろう」
とは、母が言っていたことだ(アメリカが、オイルの対日輸出禁止に踏み切るのは1941年。当時の日本とアメリカは独特な関係だった)。一体どっちだったのだろうか。


 ☆後記☆
居酒屋での「革命談義」でした。さて、この居酒屋は素材にこだわるお店なのです。いつの間に野菜オンリー路線になってて、この日驚きました。新鮮な野菜の色や味、そして調理のバラエティに、みんな驚き感心でした。でも、最後に所望した「水が有料!」に、たまらずキャンセル。残念です。

 ☆ ☆
白鵬いいですね。負けてもいいものはいい。いっときやっていた筋トレ、もうやめた様子。つらい「土俵の外」での基本稽古に戻ったのです。
「筋トレでは筋肉が太くなってしまう」
「それでは体が固くなり、ケガをする」
前からそう言っていました。
勝手なことを言っている親方衆、白鵬が「誰も経験したことのない場所」にいることを忘れてはいけません。

        いぇーい、夏休み!

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