「腰に帯をせよ」
新約聖書「ペテロの書」にそうあるのを見つけたとき、日本人はとっくにそのことを知っていると誇らしく思った
今現在のように社会が騒がしい時、あっちの話、こっちの話にうろうろするのではなく、しっかり腰に帯を巻いて、心落ち着けなさい、という意味
仏教の座禅もそう、もちろん瞑想も、肚に意識を集中して落ち着くことが肝心、肝と心という字があてられて「肝心」
静かに自分との対話が必要な時なのだと思う
腰を落ち着けるということは東西で同じ意味を持つ、しかし日本の場合はそれが常に一瞬に出来る民族、勿論着物を着ていればーーーということだけど
帯の役目を考えたとき
着物の裾がはだけないようにしているだけでなく、帯の位置を自覚し、その場所に意識を集中することで、心落ち着かせているということだと思う
心が落ち着くと人の言動に左右されない
今やらねばならない小さなことに専念すれば、必ず明るい未来に行ける。今から2000年も前の聖者もそういっている
ですけど
日本は聖者に言われる前から、腰に帯を巻き心を整えている民族なのだ。それを私達は忘れてはいまいか
男の着物姿がめっきり減って、日本は女々しい国になってきたように思う
肚が座っていないのだもの
男は帯一本で着物を着ている、女も昔は腰紐一本で着物を着ていた時代がある
紐が増えていくことで、紐に頼り、肚で着物を着るということを忘れてしまった。恥ずかしいことに男まで腰紐を使っている。ああ恥ずかしい
着物を忘れた民族は、肚に力が入らないので右へ左へゆらゆら気持ちが動き、挙句の果てにはすべて人のせいにして、自分で責任を取らない
肚を意識して落ち着こう、今はそれが急務。着物を着て帯をびしっと締めてごらん。腹が落ち着くと同時に心が揺らがない
今宵の「チャコちゅーぶ」でもっと詳しくお話しします
20時です