千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「ビジネスマンの精神病棟」浅野誠著

2013-02-01 23:47:35 | Book
読んでいくうちにつらくなる本がある。本書はそういう類の本だ。
1948年生まれで精神科医療センターに勤務する浅野誠氏が、「ビジネスマンの精神病棟」を執筆したのは1990年。バブル真っ盛りの雰囲気の中、静かに心が崩壊して死んでいった男たちがいた。彼らは、”企業戦士”と呼ばれた最後の男たちでもあった。

登場するのは12人の男達である。目次には、今では使用されていない精神分裂病の病名もあるが、鬱病、不安神経症、強迫神経症、アルコール精神病など、特異な病ではなくむしろ身近な社会的な現象の病が並ぶ。著者は、遠山高史というペンネームで、かって愛読していた情報誌「選択」に不養生のすすめというコラムを連載していて、精神世界からの哲学的な考察が鋭くも奥深く、毎回、感じ考えさせれた。本書は、幅広い層を対象に、病におちた患者の診察をしながら、彼らの生育暦から心象風景が具体的に綴られている。

いかにして彼らが発症したのか、わかりやすい。・・・という感想は、著者がおそらく優れた精神科医であるという理由もあるが、彼らの心の揺れ動き、壊れていく過程がまるで自分と無関係とは思えないからでもあろうか。私の勤務先でも”ワークライフバランス”なるメッセージが通達されていて、猛烈に働く働かせる企業戦士は消えたかのようにみえて、職場環境は別の意味で苛酷になっているとも感じる。先日のアルジェリア人質事件でも、家族と離れて遠い異国の地の厳しい状況で奮闘する日本人のビジネスマンや労働者の姿を知ったばかりである。

そして、著者の分析には、現代に生きる者にとっても多くの示唆が含まれている。以下は、そんなメモしておきたいようなメッセージだ。

・精神が病むということは心がオーバーヒートしているのだから、治療と休養が必要。
・戦争体験など選択の幅が限られたなかを生き抜いた人間は、その後の人生に迷いが少ない。
・母から早い分離を体験したこどもは、母の愛の代償として広くみんなに愛されたいと、歌手やタレントに強く憧れやすい。
・兄弟は最初の敵。親子の関係は人の愛し方の基準になるが、兄弟との関係は傷つくことの練習問題。
・兄弟喧嘩、クラスの悪どもとの戦い、父親への反抗は自我の発達にきわめて重要で、心の外壁を強くする。

ところで、本書の登場する彼らの共通の特徴として私が感じたのは、幼少期の家庭環境の複雑さにある。戦後の貧しい時代に生まれ育ったという背景もあるが、ある人はとても貧しかったり、今で言えば親がネグレストだったり、複雑な家庭で育っていることである。もの心がつく頃に両親からの、もしくは母親か父親からの当たり前の愛情を受けられず心の土壌が培われなかったという気の毒な背景に、素人ながら心の病に至る起因があると感じた。この観点から考えると、不景気とは言え、物質的な豊かさに恵まれた現代人に鬱病が増えているのもわかるような気がする。しかし、彼らは人間的な魅力をもち、この時代の日本人らしく一生懸命生きている。その不器用な一途さは著者の精神科医のみならず、読者にも静かな悲しみの情をよびおこす。やっぱり、読んでいてつらくなるのだった。

■アーカイヴ
独裁者に欠けている共感性
自転車のように


最新の画像もっと見る

コメントを投稿