千の天使がバスケットボールする

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「優生学と人間社会」米本昌平・島次郎・松原洋子・市野川容孝著

2010-12-26 16:09:54 | Book
1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻して第二次大戦の火蓋を切るという歴史的な事件のかげで、この国では「遺伝病子孫予防法」に関する新しい政令が下された。それによって、障碍児や入院中の精神病患者たちが軍によって特殊な施設に移送され、殺された。敗戦までの犠牲者の数は7万人にもなると言われている。ナチスによる全面戦争開始の合図のための安楽死計画、それはこれまでの”低価値者”の断種手術を発展させてナチスによる優生政策の到達点とも言える。後に世界を驚かせたこの事件を題材にした小説「夜と霧の隅で」で、日本の作家の北杜夫は芥川賞を受賞するのだが、現代でも「優生学」という言葉だけでヒトラー、ナチスを連想して眉をしかめる人は多いのではないだろうか。実際、私自身も拒否反応を起こすタイプだった。

ところで、1996年、我が国では国会で「優生保護法」が改正されて「母体保護法」に衣替えをしている。しかし、駅前のパチンコ屋の看板のリニューアルと違い、国際社会に気をつかい”優生”という看板をおろすことでは、生命科学の時代である21世紀において人類の向かう道筋を見つけることはできない。これまでも出生前診断による選択的中絶、体外受精卵の遺伝子診断、生殖細胞の遺伝子治療など先端医療技術の進歩とともに、”良い生命”の選択は必ず優生思想を導くことになるという倫理的な反論をよんできた。本書は(ついでに弊ブログも)、その科学の発展と生命の選択の可否を倫理面に問う場ではない。「優生学」を過去の歴史と単純に結びつけてタブー扱いして封印するのではなく、米国、ドイツ、北欧、フランス、日本の優生学と政策の歴史や各国の事情を検証することで、将来の優生思想との距離を考える基礎づくりが目的である。

10年前に出版された本書は、今日読んでも「優生学と人間社会」というタイトルどおりの決定版で、何度も読み返す価値がある。ダーウィンは「人間の由来」で、文明社会は、福祉政策の整備や医療技術の進歩によって、その「虚弱な構成員」の生命を維持するよう努めているが、それは人間という種の「変質」を加速させることになっている、という言葉を残した。ギリシャ語で”良い種”を意味する優生という言葉を論文で初めて使ったのが、その彼のいとこのフランシス・ゴルトンだったことは偶然ではないだろう。やがてキリスト教信仰と科学の亀裂をうめるように発展した19世紀の自然科学主義、後に社会主義を背景に優生学も発展していくのは、ある程度、自然な流れなのだが、北欧ではかって手厚い福祉のために断種法が成立し、現代では福祉国家として妊娠した女性の自己決定による出生前診断と選択的中絶を認めている。かっては、国が指導した断種などの優生政策が、最終決定が個人の意思にゆだねられただけで、英国では、希望者には無料で出生前診断を受けられ、その殆どが選択的中絶に繋がり福祉コストの削減という行政側の”成果”に結びついている。個人の選択的自由なのだから、優生学とは関係ないとはたして言い切れるのだろうか。しかも、選択する個人は基本的に産む性の女性になるので、同性として本書から考えさせらることは多い。しかも、それが、100年も前にドイツのアルフレード・プレッツが描いた夢である「淘汰の過程そのものの有機体としての個人の段階から、生殖細胞の段階に移行させること」が優生学の最終目標の実現に近いとまで指摘されると、驚きを禁じえない

その一方で、出生前診断は障碍者差別に拍車をかけるのではないか、という批判は別の新しい認識を広げた側面もある。93年ドイツで開かれた障碍者団体が主催した会議で、当時のリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領は「違っていて当然」という講演で、出生前診断が障碍者の社会的排除とはたして無縁なのかと危惧を表明したことは重要である。先日、久しぶりに2児のパパとなった乙武洋匡さんの元気な姿をテレビで観たのだが、自宅も公開して、長男に髭をそってもらう微笑ましい姿も披露して、週刊誌「AERA」に登場した時からの歳月の流れも感じた。彼は、障碍をひとつの個性として体現した人でもある。

生殖による個人の嗜好を実現するサービスが、商業化されひとつの産業として市場で発展していくダーウィンの言葉のような予感がする今日こそ、本書の意義は刊行当時よりもむしろ大きくなっているとも思える。本書が次ぎの爆弾のような格言で締めくくられているのを、次世代への重い警鐘の響きと聞いた私の杞憂に過ぎなければよいのだが。。。
「地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentio)」


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2 コメント

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樹衣子さん (xtc4241)
2010-12-27 15:58:04
こんにちは(いま12月27日pm3:45頃です)

むずかしいですね。
内容を理解するのもむずかしいのに、的確な意見が言えるのか?(実際、2回読んでも、わからないところがあります)

ただ、いまの医療機関が行なおうとしていることを深く理解しないと、のちのち、取り返しのつかない事態を招く恐れがある。そんなことなんじゃないかと思いました。
実際、iPS細胞を発見した京都大学の山中教授も、それへの危惧を言っていたことを見たことがあります。
多様性の観点から、僕はいい面・悪い面併せ持つのが、人間というか生命体の宿命だと思いますが、ただ自分の親類が異常なことがわかっていて、それも摂理であると受け入れられるか。
と問われたら、考えてしまいますね。
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もう23時になります (樹衣子)
2010-12-27 23:05:31
自分への備忘録程度で書きましたので、
内容は本書を読まないとよくわからないと思います。
せっかくご訪問いただきましたのに、不親切で申し訳ないです。

>いまの医療機関が行なおうとしていることを深く理解しないと、のちのち、取り返しのつかない事態を招く恐れがある。そんなことなんじゃないかと思いました

まさにおっしゃるとおりですが、その前に私たち自身の考えも大事かと思います。
いざ自分自身にふりかえって考えてみますと、デリケートでとても難しい問題を含んでおります。
それもあって、この本の感想についてはオブラートに包んだようなわかりにくい内容にしておりまする。
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