千の天使がバスケットボールする

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奇跡のピアニスト ホルショフスキー

2012-01-01 21:57:17 | Classic
2012年、新年最初のブログを更新するにあたり、何よりも私がとりあげたいのはミェチスワフ・ホルショフスキ(Mieczysław Horszowski)のことだ。
彼の職業はピアニスト。1892年6月23日ポーランドのルヴォルフに生まれ、99歳のリサイタルを最後に1993年に100歳で移住先の米国フィラデルフィアで死去した。日本に来日演奏したのは、生涯でたった1回、25年前のことだった。残念なことに、私がホルショフスキーの存在を知ったのは、つい最近の芥川喜好氏の「ホルショフスキーの奇跡」という記事からだった。(以下、芥川さんと評論家の石川宏さんのCDの解説を参考に)

ホルショフスキーの最初のピアノ教師は、母のヤニーナ・ロージャ・ワーグナー。彼女自身が、ショパンの弟子ミクリから学んでいるという経歴からも、ホルショフスキーの音楽的環境が整っていたことは間違いないだろう。やがて7歳になった早熟な少年は、ウィーンに渡り、あの!ツェルニーの弟子だったレシェティツキのもとでピアノを本格的に学ぶ。10歳で正式にリサイタル・デビューをするや、たちまち欧米では天才少年と讃えられ、フランスではフォーレの前で弾き、サン=サーンスと出会ったりと、ホルショフスキーの世界各地へと多忙な演奏旅行が続く。ところが、青年になったホルショフスキーは精神の求めるままに18歳にしてアンリ・ベルグソンの講義を聞きたくなり、一旦、演奏活動から離れてソルボンヌ大学で哲学、文学、美術史を学ぶ。その才能を愛したカザルスの勧めで再び音楽に戻ってからは、ソロ演奏だけではなく室内楽やカザロスの伴奏者としても活動をするものの、ナチに追われて50歳で米国に移住した。その後のホルショフスキーの活動は、日本の世間一般には途絶えていき、やがて忘れ去られていった。

その背景として、石井さんは音楽家を人気と話題性でスターに仕立てて売る米国の商業主義にあると指摘している。
同じようなタイミングでピアノ界の鬼才が鳴り物入りで初来日してマスコミも含めて大騒ぎになったのは、私にも記憶に残っている。ホルショフスキについては、そんな脚光には関心もなく、自分をセールスすることも、力のある人間に擦り寄ることもなかったのだろう。しかし、後進の指導にあたりながら、日々、音楽に親しんだ彼の純粋な音楽性が見事に結実しているのが、1987年9月、95歳にして初めて来日したカザルスホールでの落成記念演奏会だった。日本では全く無名だったはずのホルショフスキのリサイタルのチケットは、あっという間に完売し、急ぎ追加された公演もたちまち満席となったそうだ。日本のジャーナリズムがとっくにお蔵入りしていた名ピアニストを、その夜、カザルスホールに集ったピアニスト、音大生、愛好家は決して忘れていなかったのだ。その幸福な夜のライブ演奏がこのCDである。

バッハ、モーツァルト、ヴィラ=ロボス、メンデルスゾーン、そしてショパン。それぞれの様式美の中で響き輝く音の粒は、限りなく純粋でまるで天上の音楽のようだ。技術を超える、95歳にして成熟した深い精神性の宿ったまさに奇跡のような音楽。会場には、涙を流して聴き入るピアニストの姿もあったそうだ。

先日、或る日本人ピアニストが、カーネギーホールでデビューリサイタルを開くまでのドキュメンタリー番組を観た。しかし、私がその映像で観て感じたのは、哀しいかな、彼の本来の音楽家としての活動よりも人気ピアニストに群がる商魂だった。芸術と商業主義について、ホルショフスキを紹介した芥川さんが次のような鋭い意見を言っている。
「人々が同じ言葉を口にし、同じもの、同じ人をもてはやす現象は、いわば現代における商業主義の勝利の風景でしょう。みんな一緒に盛り上がりながら、その実、人間一人の想像力や判断力の貧しさを語っているようにもみえます。」

来日した時のホルショフスキーは、ルーヴィンシュタインと同じ症例で90歳頃から視野の中心が見えなくなり、殆ど失明していたそうだ。そんなハンディを全く感じさせない素晴らしいピアノ演奏を再現したCDを聴ける喜びを、私はこの冬のさえざえとした夜空と心のぬくもりを忘れないだろう。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ホルショフスキのバッハ (yoshimi)
2012-07-10 00:18:32
はじめまして。
ホルショフスキならバッハ演奏が一番好きですね。
このリサイタルで弾いていたイギリス組曲第5番は、テンポは遅いですが、この高
齢にして指回りは驚くほどよいですね。
なにより音と演奏に格調の高さと神々しさを感じます。
これほど荘重でありつつ瑞々しい叙情感のあるバッハを弾くのは、巷のバッハ弾きと言われるピアニストでもなかなか難しいのではないかと思います。

イタリアの教会で演奏したバッハのライブ録音集も出ていますが、ホルショフス
キの潤いのある音色が教会の自然な残響に映えて、こちらも美しい演奏でした。

もっと若い頃の録音もいくつか聴きましたが、ピアノソロに関しては、晩年の1980年代の演奏の方がはるかに深みがあるように感じます。
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yoshimiさまへ (樹衣子*店主)
2012-07-11 21:47:36
こんばんは。
コメントをありがとうございます。

>音と演奏に格調の高さと神々しさを感じます

まさに理想の音かもしれませんが、バッハの演奏はとても難しいです。ショパンだったら、ホルショフスキよりももっと素敵な演奏、チャーミングな表現、美しい音楽をつくれるピアニストはたくさんいそうですが、ホルショフスキの真髄はバッハの演奏なのでしょうね。

yoshimiさまはピアノ演奏の知識が深いようで、ご感想はとても参考になりました。
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