
元々、私は山岸凉子さんの漫画のファンだった。彼女の作品は、今年カンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞した鬼才のミヒャエル・ハネケ監督を連想させるような、人間の残酷さや無意識下の悪意、身勝手さを鋭利な刃物できりとったような作風と心理描写に優れている。そして旧ソビエト体制時代の名作バレエ物語の「アラベスク」を久々に堪能した後に、手にとったのが新作のバレエものの「テレプシコーラ」だった。あれから35年。再び長編バレエ漫画にとりくんだ山岸さんにきっかけを与えたのは、やはり1989年にローザンヌ国際バレエコンクールで、日本人として初めて金賞を受賞した熊川哲也さんの存在だったという。
主人公の六花は、小学生。努力家でバレエの才能に恵まれ勉強もできる、つまり頑張りやでしっかり者の姉・千花に比べ、頼りなく幼く肉体的にも欠陥をもっている。そのため、バレエ教室を主宰している母の期待は千花に傾きがちで、六花は寂しさを感じながらものんびりしている。当初、バレエの卵たちの年齢が小学生からスタートしていることで掲載雑誌が「ダ・ヴィンチ」に違和感を感じていたのだが、ほどなくそれも解消された。この漫画は、バレエリーナーをめざすようなこどもたち対象ではなく、おとなになってしまった人々へのバレエ漫画なのである。「アラベスク」では身長が高いことを気にしていたノンナだったが、現在ではコールド・バレエでは161センチ以上の身長が求まれる。ダイエットはできても、成長が止まってしまった身長を伸ばすのは殆ど無理。パリ・オペラ座のバレエ団養成学校では、入学前に3代前までさかのぼって骨格を調べると映画『エトワール』で観た記憶があるが、身体的能力だけでなく、もって生まれた体質・体格に悩む少女たちの姿があまりにも痛々しいのである。
体格がよく太りがちなひとみは、無理なダイエットを重ねて摂食障害にまでなってしまう。バレエの才能には恵まれていても、遺伝的体質が彼女の夢を奪っていく。また、姉の千花は、生理が始まると同時に身長が止まったことにも悩み、通常だったら自然に受け止められる第二次性徴すらも恐怖になっていき、怪我という不運にもみまわれて追いつめられていく。ふっくらと女らしく豊かな胸では、オーロラ姫はむかないだろう。趣味としてのバレエではなく、踊ることに人生をかけている少年・少女たちにとっては、バレエダンサーとしての道が絶たれた時の絶望と恐怖の苦しみが充分に伝わってくる。たったひとりのプリンシパル、エトワールの誕生の前に、多くのこどもたちの挫折と涙がひろがっている。それでも、プレッシャーに弱く人が良すぎて大成できなかったが、バレエ教師として活躍する金子先生の笑顔がどんなに幸福なことか、読者はラストに衝撃的に知らされる。
また、発表会での主役争いや役については、公演のチケットをさばく親の経済力も影響を与えていることや、自宅に隣接した母のバレエ教室をがある家庭環境にも恵まれている六花とは対照的に、とてつもない才能がありながらアルコール中毒の父親をもち、お金を稼ぐために児童ポルノに出演までさせられる須藤空美という少女まで登場させて、バレエの華やかなの裏舞台、過酷な現実にさらに家庭内暴力、いじめやネットでの中傷などの今日的な問題もとりこんで伏線と構成が巧みである。
そして、もうひとつの読みどころは、なんといっても技術的なことから芸術性と解釈まで格好のバレエ入門書になっていることである。初心者でもコンクールの審査のポイントなど、さりげなく紹介されていて楽しめる。
「アラベスク」が、泣き虫のノンナの成長物語にユーリとの恋愛をからめていた少女向けだとしたら、本書の実に生々しくも厳しいバレエの世界と気高い芸術性を感じさせられる壮大なバレエ物語は心をつかんで離さない。
■第二部へ続く
「テレプシコーラ」で検索をして、こちらにたどり着きました。
私も、偶然本屋で立ち読みをしてからハマってしまい
(1巻だけ見本用に開放されてたんです)
仕事の帰りに1冊ずつ買っています。
とてもわかりやすい説明で
「そうそう、そうゆうことなのよ」
と思わず唸りながら読ませていただきました。
残念ながら、私にはここまでの文才は
ないので尊敬します。
「アラベスク」もおもしろそうなので
テレプシコーラを全巻読み終えたら
読んでみようかなと思います。
大事な物語の展開にはふれないよう配慮したつもりですが、
Jewelさまは、まだ最後まで読んでらっしゃらないようなので、ネタバレになっていないか心配です。
最初は空美ちゃんがもうひとりの主役扱いだったのに、本当にどこへ行ったのでしょうか。。。
須藤家の内情はあまりにも悲惨なだけに、その後の空美ちゃんの行方が気がかりです。
でも、きっと作者は六花のよきパートナーとして成長した空美ちゃんを再登板させてくれると
思っております。
>「アラベスク」もおもしろそうなので
テレプシコーラを全巻読み終えたら
読んでみようかなと思います。
「アラベスク」は未読ですかっ!
それはお楽しみはまだまだありますね。
私は「テレプシコーラ」もよくできていると思いますが、
すべてにおいて「アラベスク」の方がはるか好みです。
コメントをありがとうございました。
ネタバレなら、私が行く本屋は平置きになっているんですが、
本についている「帯」にネタバレされちゃって、軽くヘコみました。
あれ見ちゃいましたっ!
私も全巻おいてあったのでわりと読み始めた頃に気がついてしまい、正直がっかりしました。映画の予告編でも、なんとなく物語の展開がわかってしまうようなものがありますよね。この作品では、結果よりもそこに至る過程が重要で、さりげなく多くの伏線をはり、読者を刺激させようという過激さの意図はなく丁寧に描かれていたので、それでよしとしました・・・。