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喝采か罵倒か 指揮者・大野和士「プロフェッショナル 仕事の流儀」

2007-01-28 17:13:42 | Classic
「ぼくはおおきくなったら、しきしゃになりたい」
消防士さんや電車の運転手という身近な存在の職業をあげる同年齢のこどもたちが多いなか、わずか三歳にしてすでに”指揮者”という職業と役割を知っていたことすら、充分この方の軌跡を語るにふさわしい最初のエピソードになりうる。しかし多くの才能ある人物がそうであるように伝説は、続く。

指揮者、大野和士。
1月25日NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」は、現在年間70回のコンサートとこなし、14カ国からなる100人の構成員をもつベルギー国立歌劇場、通称「モネ劇場」の音楽監督として活躍する1960年生まれの大野和士さんが挑戦者。

①登るべき山を示す
自分で考案したやわらかそうな素材のオフ・ホワイトの仕事着に着替えて、颯爽と職場である稽古場んび向かう大野さん。待っているオケの団員にリハーサルをしながら仏語で自分のイメージを具体的になおかつ明確に伝える。プロコフィエスの「ロミオとジュリエット」で、フルート奏者にここは初めての出会いなのだから”もっと愛らしく”と指示。彼らと同じイメージをもち、めざすべき音楽的な高みを示すためだ。全員の音色を聴きわけて異なればピンポイントで演奏者にイメージを伝える。

②すべてにおいて相手を圧倒しなければ人はついてこない
彼は、英語、独語、仏語、伊語を自由自在に使いこない、ドイツ人歌手にドイツ語でワーグナーの解釈を伝える。これは非常に彼の能力の高さを示している。自宅では、妻のゆり子さんが家事全般すべてをとりしきる。彼の個室には膨大な資料とピアノ。常に作品の研究に余念がない、というよりも自宅でも夫の顔ではなく24時間指揮者である。冒頭で第二の小澤征爾と紹介されていたが、指揮者としてもパーソナリティとしてもタイプは異なる。そういう言われ方を欧米でされること自体、同じ日本人として遺憾に感じるのだが。それはともかくお子さんがいないせいか、彼はすべての時間を夫でも父親でもなく音楽、つまり自分のために費やせる。お見合い結婚と思われる妻も、彼にとっては家事をこなす同居人という印象すらした。
「一番大切なのは、作品と会話をしているか」
番組中、楽譜を披露し「椿姫」の有名な部分をピアノで弾いて解説をしたのだが、そのスコアはテープで修正したあともあるくらいぼろぼろだった。かけだし時代の弁当のトンカツ・ソースのしみがついている部分を記憶しているくらい、徹底的に作品を読み込んで作曲家の気持ちになっている。「椿姫」を弾きながら「ここは喀血している部分、ここでもまた喀血してしまった、そして何故ここはデミエンドするのか、過去を回想しながら嘆いているから・・・」と真剣なその表情は、完全にどこかにイッテシマッテイル目だ。

③一人一人を解放する
大野さんの指揮の特徴として、大げさな身振り手振りはあまり見られない。
人を動かす奥義として、あってなきかのごとく指揮者というくらい、演奏者が自分の自然でやりやすい方法で最も素晴らしい音をだすことが理想のようだ。そのために細部に至るまでイメージを伝えて、徹底的に音に磨きをかけ、本番では一人一人の能力を解き放つことに重きをおいている。

東京藝術大学を卒業後、25歳でドイツに留学した大野和士さんが初めて参加した国際指揮者コンクールでは4位。彼よりも上位入賞者は全員審査員の弟子だった。1987年には第3回アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで優勝。ヨーロッパでのキャリアをスタートさせる。指揮者という仕事は、小澤征爾氏も言っているように常にがけっぷちを歩いているようなもの。失敗すれば、もう次はない。リーダーの資質として、大野氏は次のことをあげている。

・リーダーには確信が必要
・リスクは自分がとる
・どんな状況でも自分のベストを尽くし諦めない

こんな大野氏の伝説的なエピソードが日本にも伝えられたのがパリ、シャトレ座でのオーケストラ団員たちの組合の労働争議によるストの時の演奏会である。現代作曲家のオペラを上演し、ピアニストも合唱団もその日にむけて練習していたにも関わらず、オケの団員のストによって出演しないことになり公演が危ぶまれていた。大野氏はピアニストたちと三日三晩で譜面を三台のピアノ曲に編曲し、「バッカスの悪女」を開演させた。この前代未聞の危険な綱渡りは、観客の地鳴りのような喝采で成功をおさめた。すべての責任をとるのは指揮者、と最後まで諦めないプロフェッショナルの流儀を実践した大野氏は、やはり並の指揮者ではない。
また5時間にもおよび1回の公演で2キロやせるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」で、世界で歌えるのは10人しかいないといわれる難かしいトリステ役に挑戦するジョン・ケイズ(43歳)にレッスンをしていた。彼の声に惚れてあえて新人を起用する大野氏だったが、プレッシャーにいまひとつ歌いきれない弱気のジョンに劇場支配人のむける目は厳しい。
「今は音楽にだけ集中し、壁をこえよう」
そうジョンを励ます指揮者。おまけにイゾルデ役の歌手も気管支炎で倒れ、リハーサルではイゾルデの部分を振りながら歌う指揮者。観ているだけで、その仕事の厳しさと緊張感が伝わってくる。
本番では見事にトリスタンをジョンは歌い、新人デビューに観客の喝采は続く。
ワインのコルクの芯を自分で削って作ったオリジナルな指揮棒を振る大野和士さんの仕事の流儀は、オペラの経験が少ない小澤氏とは別の道を歩いている。2010年ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場でワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」まで棒をふる演奏が予定されている彼は、もしかしたら日本人としては前人未到の伝説を歩いているのかもしれない。


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