千の天使がバスケットボールする

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「高砂コンビニ奮闘記」森雅裕著

2010-10-09 14:28:11 | Book
-君知るや、わが名を。

こんな文章ではじまる本書は、ひとりの生活に困窮したホームレス同然のある中年のおっさんが、清掃作業員のバイトの仕事すら断られて、ようやくたどりついた、下町は高砂にある業界第5位のコンビニ、MニSトップでの職場の悪戦奮闘記。おっさんはゆ~るくて荒れたお店で精一杯格闘するも、あえなくコンビニ店は13ヶ月で閉店。そんな生活上の不運な事情からお世話になった勤務先への遠慮や足掛けがはずれ、著者にコンビニの実態を告発?する本を書かせちゃったのだが・・・、本来なら、私にはあまり興味をそそられない題材である。あちらにもコンビニ、こちらにもコンビニ、けれどもフランチャイズだから、失敗して経営者が破産しても知ったこっちゃない、本部は決して損はしない。そんな業界の内部を店員のおっさんがあかして今さらどうする。

しかし、君知るや、わが名を、と問われたら、森雅裕さんだから私は本書を手にとったしかいいようがない。涙。森雅裕だから、熱心に読んだのだ。冒頭の問いから続き知ったのが、現在の彼の事情だった。
「1985年のデビュー以降、私は小説家として生きてきた。人も羨む賞もいただきもした。しかし、私の目的は職人的は創作活動にあり、今や文壇のはみ出し者となった。」
我家の本棚の最高の位置のひとつにすっかり変色してしまった「さよならは2Bの鉛筆」というタイトルの短編集がおさまっている。著者は知る人ぞ知る、森雅裕。1991年中公文庫のプロフィールによると「流浪の生活体験と無類の研究熱心をもとに、恋愛小説から冒険小説、時代小説等、さまざまな作品形態をとりながら、一貫して人間の意地と誇りを描く。人と交わらず、居合を修め、曲者ぞろいの文壇にあって、”仙人”と呼ばれている。」となっている。あれから20年近い歳月が流れ、私が彼の著作を見つけることがなく、すっかり引退してBARのマスターにでもおさまって、ブラック森さんの会話が紫煙となって消えている様を想像していたのだが、仙人からはみだし者へ、要するに出版界からほされていたのだった。乱歩賞を同時受賞した同期の東N圭Gさんも、今でこそすっかり売れっ子でミステリー作家の大御所だが、昔は初版本でおわって苦しい時代が続いたと語っていたことがあるが、小説で食べていくのは実力があっても本当に本当に大変らしい。私ももっぱら図書館からの貸出で、作家の苦情を申し訳なく思っている。森さんも受賞後の数年間だけはそこそこ収入があったようだが、それ以降は年収百数十万円がやっとだったそうだ。コンスタントに新刊本を出し、いずれも人気があったと思っていたのに。少なくとも、私はユーモアとウィットに富んで、イキのいい彼の作品が大好きだったから。

さて、森さんのMニSトップの同僚によると、誰もが利用するコンビニなのに、従業員の社会的地位は最低レベルと蔑まれる。そして彼も現実問題として、職業に貴賎はあると。確かに本部の”すべてはお客様のために”を金科玉条とすれば、どんな非常識な客も、家庭のゴミを捨てにくる奴も、どなる奴もからんでくるクレーマーも、すべて客は客なのだから、従業員はさからえずにひたすら身の保全を図りながらもなんとかかわすしかなかった。それにしても、高砂エリアの客スジの悪さには驚きを禁じえなく、従業員の彼らには同情する。彼らの生態は、生物の多様性の必要性を説きながらも、絶滅してもOK。(笑える客たちのブラックユーモアな生態も本書の読みどころなのだが。)また、これでは客ではなく単なる無法者への対応策を考えていない本部のモラルすら疑われる。しかし、森さんが、コンビニ業態と自身の窮状から読者に伝えたいのは、小さな人間関係やコンビニのお仕事や生活苦の愚痴ではなく”この時代”にある。最後の39歳の餓死した青年への感想に、森さんの10年ぶりの商業出版された本書への思いが凝縮されている。

再び、君知るや、わが名を。
私が初めて森さんの姿を写真で見たのは、「モーツァルトは子守唄を歌わない」での著者近影だったのだろうか。藝大を卒業して様々な職種を経験して作家デビュー。バイクに寄りかかりながら、ヴァイオリンを片手に挑発的なまなざしの森さんは、とてつもなくかっこよかった。藝大というエリートに不良っぽさがからまって、凡人には近づけないような孤高のライダーでありライターだった。その森さんが、貧困の中でコンビニに職を求め、「若者たちとチームを組んだ第二の青春でさえあった」と働くことに喜びをみいだすとは・・・。
しかし、皮肉と嫌味の毒が持ち味の森節は今でも健在。言葉と言葉をからめたユーモラスな独特のセンスは抜群である。まだまだ作家として勝負できる力量を確認できて、かって森さんに憧れた乙女は安堵した。
私はあなたを知っているし、決して忘れはしない。森雅裕というひとりの作家の名を。


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2 コメント

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Unknown (mie)
2010-10-15 23:40:06
はじめまして。

我家の本棚にも「さよならは2Bの鉛筆」が最高の位置のひとつにおさまっています。
「マン島物語」も「歩くと星がこわれる」も「さよならは折にふれて」も。

森雅裕さん、新刊出されたんですね!涙。涙。
mieさまへ (樹衣子*店主)
2010-10-16 18:31:44
こちらこそはじめまして。ご訪問ありがとうございます。

>我家の本棚にも「さよならは2Bの鉛筆」が最高の位置のひとつにおさまっています。

森雅裕さんの本の感想でコメントをいただき、とっても嬉しく感じています。やっぱり今でも熱烈なファンの方がけっこういらっしゃるのですね。

全く宣伝されていないので、私も新刊本がでたのを知らなくて、検索したらすぐにこの本にたどりつきました。これまでの小説とは違ったおもしろさがありました。是非、お読みになっていただければと願っています。

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