1997年5月から2007年6月まで英国の首相を務めたトニー・ブレアの回顧録の原文は、「A Journey 」である。このタイトルは、なかなかナイスではないか。毎回、スクリーンの中でヌード姿を披露しているからか?英国一の人気俳優ユアン・マクレガーは映画『ゴーストライター』で、自叙伝を出版しようとする首相の最後まで名前のない”ゴーストライター”役を演じていた。監督があのロマン・ポランスキーというだけでなく、元首相のモデルがトニー・ブレアという話題性も興行成績に結びついたと思う。
さて、映画を鑑賞した者としてはこれほど痛烈なパンチを浴びせられた当のブレア元首相に、良質と評価の高かった映画の感想を聞いてみたいものだが、実際の回顧録は政権をとる頃から退任に至るまで、ゴーストライターを使ったかどうかは不明だが3年間もかけて上梓した旅路では、予想外に自分自身の心の動きを含めて率直に語っている。その10年に渡る長くも短くもある「旅路」をふりかえることが、懺悔の旅路なのが、過去の栄光の残影を感じさせるものなのか、つい他国の人間としては皮肉な視点で読み始めてしまうのだが、計算された正直さは、そうとわかっていても読んでいて興味深かった。(残念ながら、時間の関係で私が読了したのは、上巻だけ。)
まずは、ブレア首相についてのおさらい。
久々に拝見した表紙のブレア首相はすっかりふけてごく普通の初老の男だが、自由主義経済と福祉政策を両輪にした第3の道を提示し、"New Labour"新生労働党を目標にして有権者の支持を集めて首相になった時は、弱冠41歳の若造だった。長年、典型的な労働者出身で固めた労働党をカルト集団とまで言い切るブレア首相は、当然ながら労働者階級出身ではない。勿論、写真の中のダークスーツを着た父親は、学者から弁護士になった保守党員。ブレア自身は、オックスフォード大学出身で弁護士となり、妻も弁護士というエリートの中産階級出身だ。それでは、何故、彼は汗くさい労働党員になったのか。
自分自身が支配階級にとってさほど重要な人物になれないことを自覚している点と、もうひとつは長髪、Gパン、はだしのヒッピースタイルの彼の写真が語っている。
「私の魂は、今も、そして今後もずっと、反逆児の魂であろう」
そうきたか・・・。その反逆児としての反骨精神は、まずは労働党の改革、そして国民の意識の改革に向かい、在任中は、医療サービス、教育、法律などの成果を挙げている。
次にどうして大衆は彼を支持したのか。戦後の英国における首相の中で最も知名度も高く、屹立しているのは、マーガレット・サッチャーだと言われ、ウィストン・チャーチルにも肩を並べると伝えられている。在任期間も10年と長期間だったのも影響力を与えられたのだろう。サッチャーは、経済的に行き詰った英国の現状から、ゆりかごから墓場までの社会主義的福祉国家路線を革命的に変換させた。民営化、市場競争原理の導入、労働組合を腰砕けにした”鉄の女”という名誉あるニックネームまでちょうだいした。そのサッチャーと比較されるのが、ブレアである。彼は、サッチャー政権により、向上心を刺激されて社会階層があがる機会を与える政策で新しく中産階級になる層をとりこむことに成功した。しかし、そのニュー中産階級を産むきっかけをつくったのはサッチャーであり、そもそもサッチャーを支持していた。しかし、トニーの父と同様、サッチャーは努力して何故成功しないのか理解できないタイプの人間だった。まるでできの悪いこどもを理解できない母親のようだが、彼女が性格的にも弱者切捨ての”鉄の女”だったのは否めない。
そこに登場したのが、まるで民主党のように弱者にも優しい人間味にあるブレアのニューレーバー&ニューカントリーだった。そして、政治家としては若いブレアは見事に”普通の人々”を奪うことに成功した。永年、野党に甘んじていた旧態依然たる労働党から彗星のごとく飛び出したトニー・ブレアに、大衆は喝采した。訳者の分析で大変興味深かったのが、サッチャーが保守党のアウトサイダーであり、党首流派に反乱を起こしたとすれば、ブレアも労働党の中でもアウトサイダーであり、反逆児だった点で似ていると述べていることだ。そして、ブレア自身も党派をこえてサッチャーの実現した変革を支持することを告白している。
また、ブレア首相の人物像については、私は現実をみる合理主義者であるという感想をもった。失礼な言い方をすれば抜け目のない人物。自伝ではなく回顧録という形式で、関心のあるチャプターだけでも読んでもよい形式からか、政治家としてのテクニックに感心こそすれ、彼が政治家をめざしたきっかけや目標などが今ひとつ見えてこない。もっとも生まれ変われるのであれば、弁護士ではなく産業の分野でイノベーションを起こしたいという発想から、根っからの保守派ではなく革新派だ。愛妻との間に、4人のこどもを持つくらい家庭的なイケ旦。但し、育児にはそれほど熱中できないようで育メンにはなれそうにない。政治家の常らしく、饒舌な男でもある。プレゼンテーション能力が高く、コミュニケーション力もある。一般的な英国人というよりは、米国人に近い印象をもったのだが、やはり、親米派で特にクリントン大統領を政治家としても尊敬しているのが記憶に残る。
余談だが、英国のマスコミの対応に何度も怒りと悲鳴をあげていて、マスコミ対策に追われているのは、悲劇と喜劇だった。下巻は、いよいよ9・11、イラク戦争の核心にせまる。
現在のトニー・ブレアは、2008年に設立したトニー・ブレア・フェース財団を通じて、異なる宗教間の対話促進と教育のための活動を行っている。ニュートニー・ブレアはとどまることを知らない。
■こんな回顧録も
・世界で最も長い就職試験
・クリントン大統領の「マイライフ」
・老いたサッチャー夫人
・・サッチャー元夫人が認知症に
・「インタビューズ!」
・「波乱の時代」上グリーン・スパン著
・「波乱の時代」下
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シュトゥットガルト国立音楽大学およびザルツブルク・ モーツアルテウム国立音楽大学修士課程首席卒業。
小澤征爾さんと村上春樹さん。
現代音楽を担う素晴らしいピアニスト、ピエール=ロラン・エマールが、あのバッハ晩年の未完の傑作「フーガの技法」を録音した!これは、クラシック音楽界としてはちょっとした事件にも近い。
本作よりも一足速く、昨春公開された
この映画は、一言でホロコーストものという分類をされがちなのだが、確かにあまりにも過酷な環境、理不尽な事件を背景にし、又、事件そのものが最終的に悲劇の幕を降ろしているのだが、私はもう少しホロコーストとは別に根源的な人間の罪を考えさせられた。姉の弟を助けるためのとっさの行動が、最大の不運をもたらした。ホロコーストの悲劇だけでなく、彼女には非業な不運を体感してしまったのだった。ユダヤ人の迫害事件がなくても、そして、平和な現代でもほんの遊び心や、ふとした不注意、或いはよかれと思ってした行為が、予想外に別の人間に大きな不運をもたらしたり、場合によっては生命さえ失うこともあるかもしれない。サラが生き延びて優しい人々に救われても、一生罪を背負い、自分が幸福になることを自分自身に決して許さなかった、禁じていた彼女の哀しみと深い暗闇が苦しくも胸を打つ。どんな言葉でもどんな優しい手助けでも深い愛情でも、彼女の心を救うことはできなかった。ある意味、彼女の優しい資質がその優しさがゆえに救いから遠ざけたのではないだろうか。
君たちは、どう生きるか。
本書の特徴として、叔父さんがお父さんを亡くしているコペル君のために綴った「ノート」が物語の途中に挟まっている。コペルニクスの地動説、ニュートンの万有引力からガンダーラまで優しく書かれた文章に、この叔父さんの深い教養に代表されるような昔の知識人の厚みに目がくらみそうだ。この叔父さんは、20歳そこそこなのだが、なんと人として成熟しているのだろう。と、読んでいるうちに、叔父さんどころかもっと年上の私ですら、いつのまにかコペル君の立場でコペル君たちにすっかり同化して読んでいることに気がつく。本書のすごさはここである。あの天下の丸山真男ですら、出版された年に大学を卒業して法学部の助手となり、研究者としてスタートしたまさに”叔父さん”世代なのだが、
哲学者として歴史に名を残したシモーヌ・ド・ボーヴォワール。
ロシア人のエンマ(ティルダ・スウィントン)は、イタリア・ミラノ在住のマダム。時々、奥様向けファッション雑誌で欧米のハイソなマダムが紹介されているが、エンマの場合はこうしたクラスによくある上流社会の子息と令嬢同志の結びつきではなく、故郷のロシアでたまたま仕事に来ていた繊維業界で隆盛を誇る一族の後継者、タンクレディに見初められて上流階級のマダムになったのだった。二人の息子と娘に恵まれ、夫とも円満、勿論、舅や姑との関係も良好にこなし、パーティの準備も完璧。重厚な邸宅では、厳かに、そして華やかにレッキ家のパーティが繰り広げられているところを、ひとりの青年が訪問してくる。戸外の薄暗い雪景色にとけこみそうな彼は、長男エドの友人で料理人のアントニオ(エドアルド・ガブリエリーニ)だった。ボートレースで、エドに完勝してしまったおわびのタルトを届けにきたとのこと。女性として円熟の美しさが匂うようなエンマと若く野生的なアントニオの出会いだったのだが・・・。
2012年、新年最初のブログを更新するにあたり、何よりも私がとりあげたいのはミェチスワフ・ホルショフスキ(Mieczysław Horszowski)のことだ。









