千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「フランドルの冬」加賀乙彦著

2008-07-06 10:13:10 | Book
フランスの北部、ベルギーに近いフランドル地方の精神病院に留学中の日本人コバヤシは、医師として勤務しているうちに、異邦人としての孤独に陥り、この地を包む閉ざされた霧のなかで、狂気と正気の淵に落ちていくのだったが。。。

本書が出版されたのは昭和42年(図書館でかろうじて平成2年14版を発掘)、40歳を目前にひかえた加賀乙彦氏の処女作である。処女作でありながら、これほど人間の孤独な内省と根源を怜悧にえぐりだした作品は、国内の小説にはあまりないだろう。小さな活字が、行間もせまくびっしりと並んでいる480ページもの長編は、ページをめくるうちに読者までも緻密で深い彼らの心の動きとともにフランドル地方独特の空気の匂いすら感じさせて、非のうちどころのない完璧さである。

「さあおいで。子供たち(メ・ザンファン)」
クリスマスをひかえた朝、医長資格試験を突破して医長になったばかりの勤勉だが世俗的なかんしゃくもちの医師、エニヨンのこんなかけ声で物語ははじまる。やがて「広き空に雲のなき空はなし」という家庭夫人として充実している妻のスザンヌによる長男の発熱の心配、今夜のクリスマスの準備や招待客の選別を通して、登場人物たちがそれとなく紹介される形式となっている。この導入部分が、やがて登場人物の相関関係をひきだしながら彼ら、彼女らの孤独な魂と、きっちり最後の終焉に結びついていく。主人公のコバヤシがこの寂しい地にやってくるきっかけとなった唯我独善として世辞を超越している貴族出身の独身医師ドロマール、彼と同様、非現実的で形而上的な存在であり、行動しか信じず誰も愛さないミッシェル、利己主義的な欺瞞の仮面をつけているような同僚のブノワや、わがままで刹那的な美しい看護婦の恋人ニコル。
彼らや患者との交流を通して、コバヤシの内面は躁と鬱状態がくりかえし、何が正常で異常なのか、その乖離があいまいとしていくのだが、この小説で秀逸なのが、きっかけがひとり「外国人」であるという彼の異邦人としての立場からはじまるものの、現代に生きる者すべてが「異邦人」であるという永遠の普遍性につながるところである。圧巻なのが、ヨーロッパそのものの怪物のようなドロマールが、知恵の遅れた美少年を治療と称してひそかに抱いていて罪を問われた時の言葉である。

「この世界は、愚劣で無意味、退屈である。この世は巨大な牢獄で、わたしたちすべては無期徒刑囚なのだから。死という予測不能な終末までの時間を牢獄の陰鬱な壁の中に拘禁されている存在だ」

ドロマールは、長広舌を夢見るような微笑で語りながら、わずかながらも科学を愛し、少年を愛した事実を認め、愛の裏側にあるのは憎悪ではなく、ただ不安、永劫に癒されぬ人間の不安だと一気にまくしたて、また静かに研究のために顕微鏡を無表情にのぞきはじめた。精神科医として権威があり学識の深いドロマール、アルジェリア戦争で傷つき深淵に黒い炎をかかえるミッシェル、恋人のニコルすら、自己のアイデンテティを確立すればするほど、自己と他者の知性と魂は離れていく。これは、近代国家に生きる者の宿命なのだろうか。
この小説にあかるさや救いはない。あるのは、精神病院、家庭という収容所を何事も無事に運営していく知恵ばかりである。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
読まねば (ペトロニウス)
2008-07-12 22:04:22
この人の作品はやまねばならないようですね、、、なんか記事読んでいて、ぞくぞくします。これなんてまさに、傑作『モンスター』の浦沢直樹を思わせますし、、、日本人医師のドイツへの・・という設定は、非常にありがちなもののようですね。
返信する
暑中お見舞い申し上げます (樹衣子)
2008-07-13 11:25:30
>ペトロニウスさまへ

加賀さんの一番のお薦めは、やっぱり「宣告」になるかと思いますが、何しろぶあついので、最初に「フランドルの冬」をお読みになった方がよいかもしれません。
この本は、時代性もありますが、実存主義の影響を感じます。

>日本人医師のドイツへ

おっと、ごめんなさい、加賀さんがいかれたのはフランスなんですよ。私も「モンスター」は、すごく好きな漫画です。^^
返信する

コメントを投稿