【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

遠藤周作「生き方上手 死に方上手」文芸春秋社、1994年

2010-05-31 07:51:45 | エッセイ/手記/日記/手紙/対談
             
  寝転がって読んでいました。この本はいろいろなところで書いた記事をまとめたらしいのですがどのようなコンセプトで編集されたのか、それを知りたいと思い「あとがき」を読むと、たった4行、「家族が茶の間に集まって、そのなかで、父親が息子や娘に自分の人生経験をふくめてポツリポツリ無駄話をする」とあり、さらに「読者も寝転っころがって、気楽な気持ちで読んでください」と書かれていました(p.297)。見透かされてしまったようです。

 著者は幼いころ満州の大連に住んでいたそうです(「幼き日の大連」[pp.285-286])。このごろ、わたしは満州に関心があるので、このことにまず驚きでした。遠藤さんもそうでしたか、と。

 また、若いころ長期入院していたこともあったせいか、病(やまい)、生と死についての想いが淡々と書かれています。一茶の俳句、「死に支度いたせいたせと桜かな」「美しや障子の穴の天の川」や良寛の「死ぬ時は死ぬがよし」などをひきながら、死を受容することの意味、宇宙のリズムに従う心、死に上手になる手立てについて説いています。首肯することばかりでした。

 関連して治療における心のケアの話(心療内科)、ユングなどの深層心理学者の「同時性」、マイナスをプラスに転じて考えることの重要性、など幅広い哲学的考察、人生観、世界観の開陳が嬉しいです。

 そして、「沈黙」はそこから音が聞こえないのではなく、ナッシングではなく、もうひとつの世界からの語りかけが前提になっての「沈黙」なのだということ(p.265)、「小説とはこの世界のさまざまな出来事のなかから、宇宙のひそかな声を聞き取ることだ」(p.95)という名言は、この作家ならではの真実の言葉だと思いました。

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