【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

黒岩比佐子『明治のお嬢さま』角川書店、2006年

2010-08-31 00:10:03 | ノンフィクション/ルポルタージュ

                

 テーマが異色の作品です。明治時代の華族の令嬢に焦点を絞り、彼女たちを取り巻く当時の家族の構成、彼女たちの人生(生活、結婚)がどのような状況になっていたのかを、当時の資料(新聞、女性誌)の入念な調査をもとに仕上げたノンフィクションです。

 彼女たちは「お嬢様」というカテゴリーでくくられていますが、ここに入るのは1880年代から90年代ごろまでに生まれ、明治末期までに結婚した上流階級の令嬢、とくに「華族」の令嬢です。

 調査の結果、浮かび上がってきたのは、彼女たちの結婚は主として政略婚であり、よく言われるように結婚直前まで相手の顔も知らないことが多く、男子の子を絶やさず、家系を存続させることが重要でした。妻に男子の子がない場合には、妾をもつこと、「畜妾(ちくしょう)」といものがが社会的に認められていたようです。家族は妻妾同居も珍しくなかったとか。

 生まれた子どもは,妻の子であろうが、妾の子であろうが、一般に差別がなかったようです。一家の主としての男性は、妾に美人をもとめました。

 令嬢の子が受けた高等教育の場として学習院女学部があり、その後華族女学校と名称変更しました。

 「お嬢様」は必ずしも幸福な人生をおくったわけではないようです。むしろ、退屈で決まりきった退屈な人生をいきたのです。彼女たちの人生の目標は、「いい結婚」をすることだけだった、とこの本には書かれています。

 当初は公式の場に引き出されることもなかったようですが、西欧の上流階級との交流が深まるようになると、次第に社交ももとめられ、鹿鳴館がその実践の場として位置づけられました。同時に妾を容認することも、対外的交流のなかで憚れるようになり、妾をもつことの世代意識が変化し、表向きは妻妾同居などの風習は後退していったようです。

 本書は、このようなおおまかな状況をおさえた上で、公家家族、大名華族の生活の実態、生活環境(広大な家と付き人)が当時の資料によりながら紹介し、さらに日露戦争あたりから社会奉仕、主として看護活動に貢献する女性が増え始めたこと、上流階級の令嬢がそれにボランティアとして参加したことなど、「お嬢様」の意識が具体的に変化していくさまを追跡しています。

 象徴的なエピソード(美人テストで優勝したために放校処分となった学習院女学部の学生・末弘ヒロ子、鍋島藩の藩主の娘として生まれ皇族の梨本宮守正と結婚した伊都子が書いた膨大な日記、夫が10年間留学で不在だった九条武子、数奇な人生を歩んだ世紀の美人・柳原白連など)を多数盛り込んでいて、読み物としても面白くできています。


ノーマ・フィールド『へんな子じゃないもん』みすず書房、2006年

2010-08-30 00:55:44 | 評論/評伝/自伝
                へんな子じゃないもん

  奇妙な表題の由来は、本書のなかの逸話にあります。病床にあった祖母に、彼女が半世紀以上もむかしに読んだ随筆家の文章を音読してあげたさいに、ふと著者が「おばあちゃま、へんな子をお医者さんのところに連れていくのは、いやじゃなかった?」と質問(著者は子どもの頃、祖母に連れられてしばしば医者に通ったのだった)。
 ふだんもう何もしゃべられない状態にあった祖母が突然こう言ったというのである、「へんな子じゃないもん。自慢の子だもん」(p.183)。表題はここから取ったようです。

 本書は、米兵と日本人の母親との間に生まれ、2つの文化の間を往還しつつ人生を重ねてきた著者が、発作で倒れた祖母の病床につきそいながら、祖母の思い出、祖母と母との関わり、戦争とは何か、平和とは何かを断片的にスケッチした内容のものです。筋があるわけではなく、今風にいえば「ブログ」のように思いついたことを縷々語っていくという手法です。

 小さな見出しはついています。「宝の夢」「カリフォルニア・ワイン」「エスカレーターで」「『ただいま』」「扇風機」「時間」「近所Ⅰ」「花の話」「寝具」・・・。

 たどられる記憶の手触り、祖母の意識下にあった忘れられた記憶。著者は本書に込めたかったことを次のように述べています、「これで過ぎ去る世界への愛着説明しえたとは毛頭思っていない。譲るべくして消えていく制度や慣習はいくらもあるし、愛着自体、一義的に理解できるものではない。とりあえず、というより、まずは愛着の記録を残したかった。それは説明しなくてもよいことなのかもしれない。さらに、その記録をとおし、私が育った一庶民の家庭の戦後史を垣間見ることができると思う。それが他人にとっても関心事でありうると考えるのが奢りだけでないことを切に願う。個々人の生涯を織りなす愛着とそれが生み出す葛藤と、社会と歴史の大きな流れとの関係を追ってみたかった。平行線をたどるように見えながら、後者が前者の振幅のみならずその内実までにも入り込んでいる様子をとらえたかったが、それはかなり難しいことである」と(pp.251-252)。

 文中、写真家・土門拳のことにかなりページを割いて書きこんでいることが印象に残りました(pp.73-88)。筆者はここで土門の作品に強い共感、魅力を感じながらも、作品を「日本民族」のエートスと結び付けようとしていることに違和感をもち、抵抗しています。

野口武彦『江戸の風格』日本経済新聞社、2009年

2010-08-29 00:07:08 | 歴史
             
              
              
 東京の深層には江戸があります。著者はそのことを次のように言っています、「東京の街にはところどころに特異点のような場所があって、日常の皮膜の陰に不思議な空間がぽっかり口を開いているような気がする。時間の古層へ降り立つマンホールの蓋ともいえる。歴史地理の傷跡は消去されたのではない。現在の地形の下に埋もれているだけだ」と(p.12)。

 江戸時代の多くの詩歌随筆を紐解きながら、江戸の「風光」「風姿」「風趣」「風聞」を語っていきます。これらの詩歌随筆は聞いたことがないものばかりです。

 例えば『花壇地錦抄(園芸書)』『江戸砂子(地誌)』『南向茶話』『神代余波』『譚海』『江戸名所記』『白石紳書』『金曾木』『山陽先生行状』『蕉斎筆記』などなど。

 これらの文献にあたって、江戸の生活の様子、伝承の寓話、風俗を案内していく趣向です。すぐれた江戸ガイドブックです。見開き2ページで話が完結しています。

 目次は次のとおり。
・第1章:江戸の風光をめぐる(「大久保のツツジー百人組同心の内職」「中野の桃園ー御犬小屋の名残り」 ほか)
・第2章:江戸の風姿をたずねる(「一番町の「地獄谷」ー死屍累々の谷」「半蔵門ー甲州街道の起点」ほか)
・第3章:江戸の風趣をあじわう(「初夢売りー「オタカラ、オタカラ」の売り声」「悪事発覚ー劣化する日本語」ほか)
・第4章:江戸の風聞をたどる(「王子の狐火ー他界からの光通信」「四谷トンネルーお岩の祟り」 ほか)」

相沢幸悦『恐慌論入門-金融崩壊の深層を読みとく』日本放送協会、2009年

2010-08-28 00:54:17 | 経済/経営
                                
                           


 本書で著者が口を酸っぱくして強調しているのは、2008年の世界金融危機が史上最悪の「金融」危機であり、金融危機が先行して世界市場「恐慌」というプロセスをとった危機であり、1929年恐慌を上回る深刻な「世界恐慌」であり、たんに景気循環の一環として勃発したものではなく、資本主義の構造的大転換を促すもの、地球環境保全システムへの大転換をせまる「世界恐慌」、「人類史上最悪の『恐慌』」(p.81)だ、ということです。換言すれば、それは「アメリカ型資本主義の崩壊」に他なりません。

 以上が著者の結論です。それでは何故このような事態がおきたのでしょうか。切っ掛けとなったサブプライム問題。背景にあったのは、株式バブルと住宅バブルです。

 まず90年代後半の株式バブルは、冷戦下のハイテク産業の成果を「IT革命」という形で演出し、世界から大規模な投資資金を株式市場に投入させたことで実現、アメリカの景気高揚政策に貢献しました。

 他方、住宅バブルは(起点は1977年の「地域再投資法」)、住宅と言う実物資産を「原資産」とする壮大なデリバティブ取引の帰結であり、信用力の低い低所得層にまで住宅ローンを貸し付け、その貸出債権をもとに、リスクが高いサブプライム関連金融商品を金融工学を駆使して組成し、これを格付け会社が高格付けを与えてあおって生み出されたものです。

 今回のアメリカ発の金融危機は、ふたつのバブルが一挙にはじけた信用危機というわけです。

 著者は以上の理解を、恐慌のメカニズムの確認、金本位制から管理通貨制への以降にともなうその基本メカニズムの形態変化、さらに日本の不動産バブルの崩壊不況である平成不況の本質、ヨーロッパにおける2008年世界恐慌の傷跡などを確認しています。

 最後にアメリカをはじめとした世界経済の行方の考察(グリ-ンニューディール政策の疑問、ドル暴落の危険性、金融システムの社会的責任と健全な証券市場の追及)、日本経済の進むべき道についての説得的な提言(本格的な内需拡大型経済システムへの転換、環境保全型経済と健全な金融システムへの舵取り、アジア共同体の構築)を行っています。

  現代資本主義の構造を、身近に存在した(存在している)経済危機と結び付けて本格的に論じた好著です。

マルタン・プロヴォスト監督「セラフィーヌの庭」(フランス/ベルギー/ドイツ) 2009年、126分

2010-08-27 00:22:29 | 映画
         セラフィーヌの庭


  実在した画家、セラフィーヌの半生が映画化されました。岩波ホール(神保町)で、現在上映されている「セラフィーヌの庭」がそれです。
  35ミリ映画で、スクリーンの大きさはやや小さめになります。また、最後の、セラフィーヌがゆっくり大きな木の下に向かってあるいていく場面は音楽もなく、3-4分ほど続き、映像の美しさが印象に残ります。内容的にも最小限、確かな象徴的な映像で物語、流れを示していくという手法をとっていますから、疲れません。

 セラフィーヌ(1864-1942)は、フランスのオワーズ県アルシーで、時計職人の家に生まれましたが、生活が貧しく、家政婦となりました。その後、サンリスの女子修道院で働いていました。

 1912年、パリ郊外。再び、家政婦として貧しく、孤独に働くセラフィーヌ。彼女はそんな生活のなかでも、花に話しかけ、木にのぼったり、木の声をきくかのように耳をすましたり。夜は自分の家にこもって心のおもむくままに画を描きます。画料(絵具)はすべて手作りでした。

 その画がドイツ人画家ヴィルヘルム・ウーデの眼にとまります。ウーデの人柄によって、セラフィーヌの持ち味が開花していきます。しかし、1929年の世界大恐慌で、彼女をケアすることにも限りがみえてきました。

 それとともにセラフィーヌは、精神に異常をきたし、病院でなくなります。

 主演のヨランド・モローの存在感は確かです。

・監督 マルタン・プロヴォスト
・脚本 マルタン・プロヴォスト、マルク・アブデルヌール
・出演 ヨランド・モロー、ウルリッヒ・トゥクール他

司馬遼太郎/井上ひさし『国家・宗教・日本人』講談社、1999年

2010-08-26 00:25:15 | 科学論/哲学/思想/宗教
                 
            
 昨日に引き続き、渋谷の「つまみや」で買った古本です。

 知の巨人・司馬遼太郎さんと偉大な劇作家・井上ひさしさんの対談。おふたりとも既に亡くなられましたが、本書では、日本がいま直面している課題、国家とは何か?、宗教とは何か? 日本人とは何か?について、歯に衣をきせることなく議論しています。

 1995年の『現代』に4号にわたって連載された対談集です。オウム事件の直後であったので、対談にはそのことについても論じられています。

 構成は次のとおり。「宗教と日本人」「『昭和』は何を誤ったか」「よい日本語、悪い日本語」「日本人の器量を問う」。

 司馬さんは日本は今、「煉獄」のなかにあるようであり、日本の発展は終わってしまって、現在の日本は「ほころびだらけの近代史」の延長上の停滞状況にあると語っています。井上さんは今の日本は「なんでもありだがなにひとつ確かなものはない」が、なんとか「美しき成熟」にもっていかなければならないと言っています。

 該博なご両人なので、オウム真理教の独善性を糾弾しながら宗教の真の意味、人類の基本思想を論じ、明治憲法下の「統帥権」という「鬼胎」の指摘から始めて、天皇機関説、京大滝川事件と絡めながら憲法問題を論じています。語りがなくなり、薄っぺらな単語を連発する会話を嘆きつつ、新しい日本語の可能性を展望しています。

 沈没しそうな日本丸、この対談は15年前。事態はいっそう悪くなっていますね。

瀬戸内寂聴『釈迦』新潮社

2010-08-25 00:11:55 | 小説
                
            
   本ブログ8月20日付で紹介した、グルメのお店「つまみや」で買った古書です。古書といっても新品同様ですが・・・。

 釈迦、ゴータマ・シッダータ、世尊の人となり、生き方の小説化です。

 25歳の時から世尊につき従ったアーナンダの視点から物語が綴られています。世尊はマッドーダナ王とマーやーの子として生まれるも(ルンビニーの園で)、母は彼を産んですぐに亡くなり、マーヤー妹マハーパジャーパティに育てられました。

 29歳のときに約束された王位も妻子を捨て、出家します。その後、世尊はマガダ国のビンビサーラ王から寄進された竹林精舎、コーサラ国の富豪スダッタから寄進された祇園精舎を宿泊所として精力的な布教活動を続けます。

 物語の構成は、世尊とかかわりのあった人々、高僧のサープリプッタ、モッガラーナ、アーナンダの兄で、マガダ国のビンビサーラ王の失脚を企んだデーヴァダッタ、尼僧院でマハーパジャーパティに次ぐ地位にあったウッパラヴァンナー、尼僧でアーナンダがかつて恋したプラクリティ、世尊の後継者として指名されているマハーカッサパ、それぞれの人々の想い出、出家の経緯からなっています。

 なかでも、アーナンダの妻であり、出家したアソーダーラーの死後の独白は、痛切です。世尊は既に高齢で身体は極度に弱っていた。死期が近いことを自覚していました。

 80歳になった世尊はアーナンダとともに最後の旅に出ます。マガダ国の王舎城(ラージャガン)からスタートしてナーランダーを経てパンダ村、クシナ―ラー。

 最後の言葉は、「比丘たちよ。私の最後の言葉を告げよう。もろもろの事象は過ぎ去っていく。放逸を戎め、怠ることなく精進せよ。自らを燈明とし、自らを依拠として、法を燈明とし、法を依拠として勤め励めよ」でした。

 世尊はこの言葉を遺して永遠の涅槃に入りました。アーナンダはマハーカッサパに結集(世尊の生前の数々の教えを集めて編集し、それを教団の規範となる教科書)の作成を依頼します。
 躊躇するアーナンダは、瞬間、突然の啓示にうたれ、世尊からの「阿羅漢に達した」の声を聞いたのでした。

 寂聴さんが20年の歳月をかけて完成させた入魂の一作です。

山本薩夫生誕100年記念映画特集(NHK-BS②)

2010-08-24 00:14:37 | 映画

  

 山本薩夫生誕100年記念映画特集(NHK-BS②)

  山本薩夫生誕記念映画特集で観たあと2本の作品「不毛地帯」「白い巨塔」は、こんな映画です。

◆「不毛地帯」(芸苑社、1976年)出演:仲代達矢、小沢栄太郎、大滝秀治、山形勲、丹波鉄郎、八千草薫、秋吉久美子,他多数。
 昭和30年代、FX(次期使用戦闘機)選定をめぐる商社と政治家の利権あさりを描いた山崎豊子さんの同名の小説の映画化です。11年間のシベリア抑留生活から引き揚げてきた元大本営参謀の壱岐正(仲代達矢)は誘われて近畿商事に入社。当初、戦争の禍根が深い壱岐は、当初、防衛関係の仕事を避けていましたが、国防が政治家の利権で決まっていくことを憂慮する、川俣空将補(戦友)[丹波哲郎]の勧告もあって次期戦闘機購入の商戦に参画します。ライバルであったのは東京商事の鮫島(田宮二郎)を相手に、政界を巻き込む売る込み工作が展開されます。壱岐は最終的には商戦に勝つのですが、その代償はあまりにも大きかったのでした。  
 戦闘機の機種選定をめぐる工作にかかわって、アメリカでのロケが行われました。ロケハンを受けてくれたダグラス社が最終的には拒否され、民間の航空機修理工場でのロケーションになったとのことです。(『山本薩夫|私の映画人生』新日本出版社、269-270ページ)

◆「白い巨塔」(大映東京、1966年)出演:田宮二郎、東野英治郎、滝沢修、船越栄一郎、小川真由美、田村高弘、石山健二郎,他多数。
  教授昇進の人事をめぐる腐敗、内輪向きの体質、医学部、ひいては医学界の保守的、金権的体質を描いた山崎豊子さんの小説の映画化です。新進気鋭の浪速大学第一外科の財前五郎助教授(田宮二郎)は東教授(東野英治郎)の退官にともなう教授ポストの後釜をねらって画策します。東教授は財前助教授を嫌っていて、東都大学の船尾教授(滝沢修)の助言をえて菊川教授(船越栄一郎)を対抗馬にたてます。映画の前半は、この2つの派の政治的戦いが描かれ、組織の権力構造、金権選挙の構造が浮き彫りにされます。後半は、教授ポストをえた財前教授が誤診問題で訴えられ、今度は医学部ぐるみで組織を擁護、防衛する様子が描かれます。
 手術の場面は仔豚の内臓を解剖に使ったようですし、あちこちの病院で撮影を断られ、東京女子医大が一部協力してくれたとか。(山本薩夫、上掲書、235-236ページ)。モスクワ映画祭銀賞受賞です。


山本薩夫監督生誕100年記念映画特集(NHK-BS2)①

2010-08-22 22:03:37 | 映画

 NHK-BS2で山本薩夫監督生誕100周年記念で、巨匠が製作した映画を放映していました。「金環食」「華麗なる一族」「不毛地帯」「白い巨塔」を観ました。どれもこれも現実の社会問題でありながら、なかなか表にでてこない部分に切り込む、骨太の映画です。くわえて、映画としての面白さもかねそなえているので、どれも2-3時間の大作ですが、飽きることなく最後まであっというまです。
 いま、このような映画をつくれる監督はいるのでしょうか? 往年の名優、佐分利信、宇野重吉、東野英治郎、小沢栄一郎、加藤嘉、山本学、三國連太郎、西村晃、仲代達矢、丹波哲郎、田宮二郎など懐かしく、また実力派の方々が登場していて、楽しめました。

 今日はそのうちの2本「金環蝕」「華麗なる一族」を紹介します。

◆「金環蝕」(1975年、大映、155分)出演:仲代達矢、宇野重吉、高橋悦史、三國連太郎、西村晃、他多数
 総裁の座を争う政治家(現内閣総理大臣の寺田政巨[久米明]と最大派閥の領袖、酒井和明[神田隆]の権謀術数と九頭竜川ダム建設をめぐる財界の画策、政財界の癒着の構造を描いた、石川達三の同名所説の映画化です。金融王として裏の世界を知りつくした石原参吉を演じた宇野重吉さん、与党議員でありながら国会の委員会で迫真の代表質問をした神谷直吉代議士こと三國連太郎さんの強烈な演説が光っています。また、内閣官房長官の役どころを演じた仲代達矢さんのエリート官僚ぶりも印象に残りました。
 当時の政権政党にとっては、かなりシビアな描写があるのですが、政治家からのクレームはなかったと監督は書いています(『山本薩夫|私の映画人生』新日本出版社、264ページ)

◆「華麗なる一族」(1974年、芸苑社、211分)出演:仲代達矢、京マチ子、佐分利信、田宮二郎、他多数
  関西有数の都市銀行・阪神銀行の万俵家の族を中心に、富と権力をめぐる人間の野望、欲望、愛憎を描いた大作です。山崎豊子さんの同名の小説の映画化です。万俵財閥は阪神銀行を核に、阪神特殊鋼、万俵不動産などからなる一大コンツェルン、その頭取・大介(佐分利信)は自宅では妻・寧子(月丘夢路)と妾の相子(京マチ子)を同居させ、妻妾同衾の生活をしていました。折からの金融再編を背景に、大介は格上の大同銀行との合併を画策、他方息子の鉄平(出生に疑惑があり大介に忌み嫌われている)[仲代達矢]は阪神特殊鋼に高炉を建設しようと、そのための融資獲得のために狂奔しますが・・・。撮影にさいしては銀行の協力が必要であったにも関わらず、なかなかそれがかなわず苦労したようです。また、 原作には万俵大介の妻妾同衾の場面がながながと続くらしいのですが、監督はその部分の撮影をあまり好まず、短くしたと書いています(山本薩夫、上掲書、260ページ)。               

                             

 


『ノーマ・フィールドは語る-戦後・文学・希望-』岩波ブックレット、2010年

2010-08-21 00:15:48 | エッセイ/手記/日記/手紙/対談
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  『天皇の逝く国で』『祖母のくに』『ヘンな子じゃないもん』『源氏物語、<あこがれ>の輝き』(以上、みすず書房)、『小林多喜二-21世紀にどう読むか』(岩波書店)を著したノーマ・フィールドさんのインタビュー、聞き手は岩崎稔さん(東京外国語大学)、成田龍一さん(日本女子大学)。

 このインタビューを読んで、上記の本を読みたくなりました。ノーマさんの発想が非常にしなやかだからです。もの考え方が人生、文化のそれぞれがもつ異質なものを咀嚼しながら、しかしひとつのところに向かっていくということが伝わってくるからです。

 彼女のそういった哲学は、アメリカの軍人と日本人女性の子ということ、日本のアメリカンスクールに通ったこと、そのなかで「世渡り術」を発揮したこと、それゆえの学校生活での表現しがたい違和感、自らが選んだ屈辱的体験、アメリカの大学とフランスの大学で学んだこと、ないまぜにとなり屈折した反日感情と反米感情があたっといこと、そうしたさまざま思想体験に由来するのです。

 溜められた想い、感情が、昭和天皇の死にゆく過程での何人かの日本人との遭遇、知らなかった歴史との出会い、忌避していた沖縄に向き合う決意をしたプロセスのなかで自らの思想、哲学が育つ、そのことがよくわかります。

 民主主義、階級性、ナショナル・アイデンティティ、戦争、差別と貧困といった社会科学の用語が、自らの体験、こなれた哲学の用語として紡ぎだされています。

 彼女は例えば「謝罪(従軍慰安婦問題などの)」を問題化する時に、次のように思うのです、「壊された人生に対して、ひとはなにができるのだろう、と切実に考えだしました」(p.39)、「補償をふくむ法的処置や政策的対応が絶対必要ですが、謝罪はそれと重なりながらもその領域をはみ出るものですね。取り返しのつかないことが起こったとき、どうしたら日常性が回復できるのだろうか。そこで謝罪という儀礼の役割、つまりことばと身体を要する非日常的な行為につて考えようとしたのですが、性的暴力は多面的な悲劇になりがちです。・・・それはまた謝罪の域を超えるものでしょう、というか謝罪とは歴史認識や慣習、伝統的価値観とさまざまに関わる課題なんですね」と(pp.42-43)。

 最後にノーマさんは言っています、「お二人の質問に触発されて、私のなかでモヤモヤしているものを少しは意識化できたような気がします」と(p.63)。お二人の質問の姿勢がよかったのでしょう。

つまみや(渋谷区桜岡町16-7 鈴木ビル1F)

2010-08-20 00:15:51 | グルメ
             $miauler(ミヨレ)のブログ-品書き

      渋谷の桜丘町にあります。他のお店と異なるところは2つあります。ひとつは本がたくさん並んでいることです。ですからお店に入ったとたん、「アレ」と思います。席はカウンターと3つのテーブルだけですから、それほどたくさんの人が入れるわけではありません。そのカウンターの席の上、またテーブルの席の上に本棚があり、そこに割と綺麗な表紙の単行本が肩をよせあって座っています。

 そして、何と。奥にトイレがあるのですが、そのドアがまた本棚になっています。ここは文庫本中心です。

 お店の人にきくと、これらの本は古本です。買うことができるのです。また、本をもってきて買ってもらうことも可とのこと。

 お店のなかをよくみわたすと、「書籍販売商」のプレートが貼ってありました。

 もうひとつのこのお店の特徴は、注文のメニューが上の画像のようになっています。3品、5品、7品、9品だけで、ここから選ぶのです。何がでてくるのかわかりません。5品を注文しました。次々にいいタイミングで、菜がでてきます。どれもこれも口にあうものばかり。何が出てくるのか、お楽しみなので、ここには書きません。おいしい品をおかわりしたいときは、「これをもうひとつ」と言うこともできるそうです。

  お酒は珍しいものがあり、器も綺麗です。

  帰り際に、2冊、本を買いました。瀬戸内寂聴さんの『釈迦』、司馬遼太郎さんと井上ひさしさんとの対談『国家、宗教、日本人』です。後日、本ブログで紹介します、

ぽつらぽつら(渋谷区円山町)

2010-08-19 00:25:20 | グルメ
             ◆◇◆野菜を中心とした一品料理の数々をお楽しみ下さい◆◇◆

   渋谷の神泉にあるお勧めのお店です。(渋谷区円山町22-11 堀内ビル1F tel 03-5456-4512)

 JR渋谷駅南口から徒歩9分、京王井の頭線なら神泉駅で降り南口から徒歩2分です。ガラス張りでなかが透けてみえるつくりですぐにわかります。席はカウンターに10席ほど、椅子席が8つほどです。こじんまりしていますが、垢ぬけした、隠れ家のような感じです。飲み屋さんというよりは、美味しいものを食べたい、それにふさわしいお酒を少し・・・、といった雰囲気なので女性のお客さんが目立ちます。

 椅子席は予約が入っていたので、カウンターに座りました。ここに座ると、料理の包丁さばき、匠の技をみることができます。また、ワイン、日本酒に知識をもった人がいて、いろいろ説明してくれます。

 上記、画像にあるような、新鮮でみためも綺麗な野菜を使ったサラダがまず目に飛び込んできます。早朝に、松沢農園で収穫してくるそうです。黄色いズッキーニ。みたこともないほど大きな茄子。紫いろのじゃがいも・・・。この日は、肉料理、魚料理、アワビの蒸し煮などを注文しました。その美味しさたるや、実際に味わっていただくしかありません。わたしの貧しい文章力では伝えきれません。残念至極。

 それと珍しい日本酒がたくさんあります。小さな蔵元の希少な銘柄が並んでいます。一回では、全部を賞味できません。たとえば・・・
 ・七本槍(滋賀県)
 ・小左衛門(岐阜県)
 ・初孫(山形県)
 ・隆(神奈川県)

              ◆◇◆料理人の手元臨場感とライブ感でお楽しみ下さい◆◇◆

MOZART FRANCK (MATSUFUMI HORI+KAZUNE SHIMIZU)

2010-08-18 00:20:17 | 音楽/CDの紹介

         モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番、フランク:ヴァイオリン・ソナタ

   モーツアルトのヴァイオリン・ソナタ40番とフランクのヴァイオリンソナタが収められているCDです。演奏はヴァイオリンが堀正文さん、ピアノが清水和音さんです。存在感のあるふたりの呼吸が、見事にハーモニーをつくっています。

 曲目解説を書いている寺西基之さんによるとヴァオリンソナタはいまでこそ、ヴァイオリンとピアノが対等にわたりあう曲として構成されていますが、むかしはピアノが主でヴァイオリンが伴奏的役割を果たしていたようです。モーツアルトも最初はそのような曲づくりでしたが、次第にヴァイオリンの役割に重きをもたせ、2つの楽器を同等に扱う新しいソナタを作曲するようになったとか。40番はまさにその完成品のような位置にあります。

 フランクはベルギー出身の音楽家ですが、19世紀後半のフランス音楽の発展にきわめて重要な役割をはたした人として知られています。とくにサン=サーンスらとともに、当時のフランスの器楽音楽の振興に貢献し、管弦楽曲、室内楽、ピアノ曲といったジャンルで優れた作品を残しています。このヴァイオリンソナタは1886年に書かれ、「全4楽章を循環的手法をもって論理的に関連付けながら、地味で内面的な叙情とロマン的情熱に満ちた音楽を展開している点がフランク」らしいと評価されています。 

 ヴァイオリンの堀正文さんは1949年生まれ。京都市立堀川高校の音楽科(現京都市立堀川音楽高校)を経てドイツ南部のフライブルク音楽大学でマルシュナーの薫陶を受け、74年にダルムシュタット歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに就任。79年にNHK交響楽団にコンサートマスターとして就任。現在は、同交響楽団のソロ・コンサートマスターです。

   清水和音さんは1960年生まれ。桐朋学園高校音楽科卒業後、1981年にジュネーヴ音楽院に留学。1981年のロン=ティボー国際コンクールピアノ部門で優勝。繊細な表現と透明な音色、知的な楽曲解釈を特徴とし、美音については定評があるそうです。バロック音楽から国民学派までの作曲家の演奏を得意としています。

<収録曲目>
・Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)
 Violin Sonata No.40 in B-flat major K.454.
  1  Largo-Allegro
  2  Andante
  3  Allegretto

・  Cesar Franck(1822-1890)
 Violin Sonata  in A major 
  1  Allegretto ben moderato
  2  Allegro
  3  Rectotativo-Fantasia
  4 Allegretto poco mosso


CIACCONA [Vitali](ヴィターリ:シャコンヌ~ヴァイオリン作品集~) by 川田知子

2010-08-17 00:22:36 | 音楽/CDの紹介

          

   川田知子さん(ピアノ伴奏:田中麻紀さん)のアルバムです。

 CDの曲の編集は、どのように考えられて最終的にまとまるのでしょうか? このCDの特徴は、最後に.バルトークとファリャによる2つの民族舞曲、民族組曲が入っていることです。クラシックと言っても、このように民族音楽に確信をもった曲が少なくなく、その部分が大切にされていることを忘れてはならないように思います。

  B.バルトーク「ルーマニア民族舞曲」は次の6つの曲からなる。「棒踊り」「腰紐踊り」「足踏み踊り」「ホーンパイプ踊り」「ルーマニアのポルカ」「速い踊り」。 

  M. de ファリャ「スペイン民謡組曲」。ポーランド出身のヴァイオリニスト、ポール・コハンスキがファリャの了解のもとにヴァイオリンとピアノソナタ用に編曲したものです。「モーロの織物(ムルシア地方)」「ナーナ/子守唄(アンダルシア地方)」「カンシオン/唄(地域特定なし)」「ポロ(アンダルシア地方)」「アストゥリアーナ(アストゥリア地方)」「ホタ(アラゴン地方)」。

 4曲目のサラサーテの「序奏とタランテラ 」も、聴けばすぐわかるように民族舞曲の色彩が強く、踊っている楽しそうな表情が伝わってきます。

  関心をそこに置きながら、このCDではヴィターリのシャコンヌ(そういえばこのシャコンヌもスペイン起源の舞曲でした)、タイスの瞑想曲(J.マスネ)、カンタービレ、ラ・カンパネッラ(パガニーニ)などが入っていてヴァイオリン独特の音色を楽しめます。

 川田さんの演奏は先日、「レクチャーコンサート」で初めて聴きましたが、メリハリがあり、心のありようが音色にくもりなくでてくる、達意の演奏家です。今後の一層の飛躍が期待されます。

<収録作品>

1. T.ヴィターリ:シャコンヌ
2. M.ラヴェル:ハバネラ形式の小品
3. J.マスネ:「タイス」の瞑想曲
4. P. de サラサーテ:序奏とタランテラ
5. N.パガニーニ:カンタービレ
6. F.クライスラー:前奏曲とアレグロ
7. N.パガニーニ(クライスラー編):ラ・カンパネッラ
8. A.ドヴォルジャーク:ソナチネよりラルゲット
9. B.バルトーク:ルーマニア民族舞曲
10. M. de ファリャ:スペイン民謡組曲

    MEISTER MUSIC Co.,Ltd.

吉行和子『兄・淳之介とわたし』潮出版社、1995年

2010-08-16 00:20:11 | エッセイ/手記/日記/手紙/対談
表紙と裏表紙にパジャマの上下の絵があります。この本を読むと意味がわかります。

 作家、吉行淳之介はパジャマが似合う人だったというのです。この本の「お兄さんのパジャマ」にそのことが書いてあります。

 人間として照れ屋で普通の人だった、普段着の淳之介が描かれています。そして著者と母のあぐりと妹の理恵にみんなに大切にされていた淳之介。しかし、本書の著者の和子さんの『ひとり語り』にもその記述がありましたが、家族みんなで食卓を囲む、そして「いただきます」と「ごちそうさま」を言うという習慣はなかったとのことです。NHKの朝ドラでそういう場面があって、「あー、そいうものなのか」と感慨深かったらしいです。

 「第一章:兄・淳之介と私」では淳之介の等身大の人柄が、妹でなければならない淳之介が登場しています。「第二章:交友そして私の生き方」では冨士真奈美さん、岸田今日子さんとの仲よし三羽ガラスの行動、俳句が面白いです。

 「第三章:旅行でリフレッシュ」。そう、著者は旅行が趣味なのです。インド、モスクワ、スペイン、香港、ベトナム、ボヘミヤ、「旅は最高のバケーション」というわけです。

 肩の凝らないエッセイ集です。

 1994年7月26日に、病で突然いなくなってしまった兄への想いが伝わってきます。