【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

マルガレーテ・フォン・トロッタ監督「ハンナ・アーレント」(2012年、114分)

2015-04-26 19:37:37 | 映画

                     
  話題だった映画「ハンナ・アーレント」を観ました。


  何百人ものユダヤ人を収容所に移送した、ナチ戦犯アイヒマン。その彼は、1960年代初頭、逃亡先で逮捕された。その歴史的裁判がイスラエルで行われた。ユダヤ人の女性哲学者ハンナ・アーレントはその裁判に立ち合い、ザ・ニューヨーク誌にレポートを執筆。

 「考えることで人間は強くなる」という信念のもとに、彼女は、考えることをせず粛々と事務的に行為したのがアイヒマンだったと主張する。このレポートが多くの人々によって糾弾される。糾弾された理由は、ハンナの主張がアイヒマンの想像を絶する悪行を容認することになるのではないかというもであった。

  ハンナの主張したかったことは、映画のなかで何回も出てくる「悪の凡庸さ」であった。

  哲学者ハイデッガーとの交際、などを含め、ハンナの人生と思想が、つづられていく。 

■ 配役
  ハンナ・アーレント(バルバラ・スコヴァ)
  ハイリンヒ・ブリュッヒヤー(アクセル・ミルベルク)
  メアリー・マッカーシー(ジャネット・マクティア)


「クライムス・オブザハート」(地人会新社第4回公演)[於:赤坂レッドシアター]

2015-04-19 21:37:49 | 演劇/バレエ/ミュージカル

                    

   地人会新社の公演は、毎回観ています。今回は4回目で、「クライムス・オブザハート」でした。ベス・ヘンリー作、田中壮太郎訳・脚色です。

  アメリカ・ミシシッピ州のヘンゼルハーストにあるマグラス家のキッチンという設定です。ときは1974年の秋、カミール台風の上陸した5年後です。

  この家は今ではマグラス家の長女レニーが住んでいます。彼女は祖父の介護で婚期を逃してひとりぐらし。三女のベイブが夫を銃で撃った(胃にあたり死は免れた)ことで捕まるが、弁護士の計らいで一時的に釈放されたことで、次女のメグとともに、べつべつの地でべつべつの生活をしていた三人姉妹が集まることになるというお話です。

  三人はそれぞれ訳アリの人生をかかえ、今にいたっています。メグは歌手になる夢をもって都会に飛び出しましたが、どうやら夢は実現しなかったよう。ベイブは早くに地元の有力者と結婚したのですが、結婚生活は結局うまくいきませんでした。

  みな魅力的な人間です。しかし、身の立ち位置は不安定そのものです。メグにしても、夫が必ずしも悪いわけではなく、実は黒人の少年との不倫が発覚していたのです。メグは実現しなかった夢をあきらめ、半分自暴自棄に身勝手さが態度に出ています。

  こんな三人があつまって、過去が穿り出され、それぞれの我も出て、大喧嘩になる始末です。

  人生の機微、不条理、姉妹の確執が凝縮して、燃焼し、不幸のどん底があらわになりますが、最後は不思議な展開で、レニーの誕生日のケーキをみなで囲んでお祝いです。

  それにしても姉妹の大喧嘩はすさまじかったです。

・レニー・マグラス[マグラス家の長女](広岡由里子)
・チック・ボイル[マグラス姉妹の従姉妹](小飯塚貴世江)
・ドック・ポーター[メグのモト彼](綱島郷太郎)
・メグ・マグラス[マグラス家の二女](栗田桃子)
・ベイブ・ボツレル[マグラス家の三女](趣里)
・バーネット・ロイド[ベイブの弁護士](亀田佳明)


赤川次郎『三毛猫ホームズの遠眼鏡』岩波書店、2015年

2015-04-13 21:27:00 | エッセイ/手記/日記/手紙/対談

                                

   岩波書店の広報誌『図書』に2012年7月から2014年12月までに都合30回にわたって掲載された同名のエッセイを一冊の文庫本にまとめた本。下記の目次をみるだけで、面白そうだったので読み始め、読み終えた。
  赤川次郎さんの名前は知っているが、小説は読んだことがない。が、このエッセイ集を読むと気骨のある人であることがわかる。そして、クラッシック、オペラ、映画が大好きで、それらについての語りがはずんでいる。
  日本の現状を憂えている。東京オリンピック、北陸新幹線と浮かかれているが、次々と民主主義と逆行する事態の進行。安倍首相、麻生副首相の政策に対しては、心底から怒りをぶつけている。

・ベートーヴェンを聴く夜
・吉田秀和さんの言葉
・ネット社会の暗闇
・フクシマの壁
・愛国の旗
・少数者はどこにいる
・正義の味方
・フィクションと現実
・灯台はどこを照らすのか
・戦う演劇
・二十代の墓標
・西部劇における人生の汚点
・星に願いを
・人生の誤植
・失われた瞬間を求めて
・禁じられた大人の遊び
・非情の町、非情の国
・踊れる平和が今
・スリッパはどこへ行った
・今、鼠小僧が盗むもの
・二十一世紀の孤独
・知性が人を人間にする
・希望の灯を絶やさずに
・孤独な狩人の嘆き
・9・11から遠く離れて
・傷を背負って前向きに
・失われたプライドを求めて
・今に活きる言葉
・楽しく、くたびれた日
・夜明け前


「鈴木大拙館」(金沢市本田町3-4-20)

2015-04-06 22:40:51 | イベント(祭り・展示会・催事)

                     

  昨日までの金沢小旅行記で、食べて、飲んでばかりいたかのように思われてしまうかもしれませんが、鈴木大拙館に行きました。


 鈴木大拙(1870-1966)のことは、ほとんど知りませんでした。知っていたのは、名前と仏教学者ということだけです。金沢で生まれたことも知りませんでした。

  この鈴木大拙館に行ってわかったことは、禅の研究で世界的に知られた学者であること、金沢で生まれ、第四高等学校に入って、哲学者の西田幾多郎と一緒だったことです。

  館内は静謐そのもの。「展示空間」「学習空間」「思索空間」に分かれ、鈴木大拙の思想を体験できるようになっていました。


「菊一」(金沢市片町2-1-23,tel076-221-4676)

2015-04-05 14:23:03 | グルメ

           

 金沢と言えば、おでんが有名です。今回は「高砂」というお店に行こうと旅立ち前から考えていましたが、「菊一」となりました。


 ここは老舗です。昭和9年創業。一説によると金沢で一番古いおでんやさんとのこと。香林坊の喧噪のなかにありますが、ここに入ると「昭和」のレトロ感が横溢しています。お客さんは入れ替わり、立ち代わりひきもきらない状態でした。
  一時代前の置物があり、壁には古い写真がべたべたとあり、そこでアツアツのおでんです。わたしはこういうところが好きなので違和感なく過ごしました。


 ふとみると隣に若い男性が。しかし、彼は若くはなく、42歳とか。若作りでした。このお店のこととか、金沢のこととか、どの球団がすきとか、そうそう大相撲の遠藤、輪島の話もでました。遠藤、輪島は郷土(石川県)出身の力士です。

 おでんは、クルマ麩、しらたき、牛スジ、バイガイ、大根などなど。それにウドの酢味噌あえ。地元のお酒ですぐにほろ酔い加減。昭和の異次元空間のなかでの2時間でした。


「いちず」(金沢市片町1-1-21;tel076-221-5215)

2015-04-04 17:50:56 | グルメ

                    

  金沢二日目の夕食は、ふたたび香林坊へ。お目当てのお店は、おでんの「高砂」でしたが、近くに天ぷら屋があり、おいしそうに見えたので、飛び込みました。屋号は「いちず(一途)」。メッセージのある屋号です。

  入れ違いに外国人のカップルが出ていきました。お店には、さらに外国人の家族がいました。「JAPAN」という表題の分厚いガイドブックがそばにあり、小さな男の子がひとり。天ぷら屋は外国人に人気があるのでしょうか。


 ふたり用の椅子席とあとはカウンター席、ここには8人ほどしか座れません。カウンター席に座りました。マスターは元気のいい板さん。大阪で16年ほど修行して戻ってきた金沢人。愛想がいいです。

 コースで注文。目の前であげて、順番に出てきます。うまい、うまい。旬の野菜が中心ですが、ほたるいか、そいなども。ただ、具が小さいです。そしてそれなりのお値段。天ぷらは意外と高いですね。

  外国人の家族のひとには、マスターはふきのとうの天ぷらを「マウンテン・ヴェジタブル」と説明したしていました。わかりやすいですが、ちょっと違うように思いました。

 金沢の地酒でのてんぷらは格別でした。


「猩々(しょうじょう)」(金沢市香林坊2-12-15 割烹むら井ビル1F;tel.076-222-2246)

2015-04-02 17:48:16 | 居酒屋&BAR/お酒

                       

   金沢訪問の初日の夕食は、「猩々(しょうじょう)」というお店へ。すぐに見つからず、てこづりました。香林坊の北國新聞ビルの近く、せせらぎ通りにそってありました。

  予約をしておいたのでスムースに店内へ。6時だったのでまだ誰もいず、静かでした。ここは「ふらり旅いい酒いい肴」というBS11の番組で紹介されていたところ。確かにお刺身は新鮮でおいしいかったです。「のどぐろ」も一枚焼いてもらいました。そして、アスパラの天ぷらなども少々。

   地方で地元の方々があつまって生業をとげてきたお店のようで、マスターは人見知り、話しかけてもあまりのってきませんでした。愛想を言うのが苦手のようです。

  時間がたつと後方の(わたしはカウンターにすわっていました)4人の客が元気よく会話をしていました。なかでも県議会議員のような(実際には違いました)、コミュニケーション能力が達者な男性と意気投合、帰り際に「また、あいましょう」と握手でわかれました。