仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

死をめぐる有縁と無縁 (1):人間の死

2006-11-16 10:59:28 | 書物の文韜
『比較日本文化研究』第10号

同会, 2006-10

通勤・帰宅の電車のなかで、土居浩さんからご恵賜いただいた「〈墓地の無縁化〉をめぐる構想力―掃苔道・霊園行政・柳田民俗学の場合―」(『比較日本文化研究』10号)を読みました。

土居さんの論考は、昭和初期に社会問題化する無縁墓の増加について、遺骸・碑石構造物・埋葬地の3点セットを不可分として改葬移転に反対する掃苔道、景観整備において移転の際はセット解体もやむなしとする霊園行政、歴史的構築物であるセット自体が死者の忘却を妨げ、逆に無縁墓地問題を引き起こしているのだという柳田民俗学の立場を詳述。「〈墓地の無縁化〉をめぐる言説は、このままだと将来的に国土が墓地で埋め尽くされる可能性を懸念する具体的な土地問題であるとともに、死者についての記憶の問題である。つまり、いかにして対処すべきかとの将来的展望と、いかにして無縁化に至ったのかとの過去の来歴と、その両者についての構想を含みこんで言説化されるのである。それは柳田の同時代に限らず、おそらくはわれわれの同時代でも同様なのである。……柳田の同時代を顧みることは、じつはわれわれの同時代の足下を照らすことでもあるのだ」(p.85)と結びます。

このブログの「死者の書」に関する分析でも触れ、〈言語論的転回〉に直面した歴史学が抵抗した〈死者の忘却〉の問題について、その成り立ち自体が〈構築的であること〉を気づかせてくれる重要な指摘です。そういえば、前期J大の特講「祟りと卜占の古代文化論」も、「なぜ人は、神が祟ると考えるようになったのか」を漢字の起源から論じたものでした。生命の誕生以来、この地球上では確かに無数の個体が死亡し、分解され消え去っています。そういう意味では、私たちの立つこの大地自体が、死体の集積であるわけですね。現代に生きる我々はその事実をまったく顧慮せず、またそれゆえに静かな生活を営んでいられる。いわば、〈死者の無縁〉状態による平穏。忘却された死者は祟ることがない。とすると、生者によって想起された死者だけが祟るのでしょうか。主観的なレベルでの無縁が、実際は有縁であることを自覚した時点で、生者の存立基盤が揺さぶられるということはいえそうです。しかし、想起されることそれ自体によって死者は苦しむことになるのか、忘却は死者自身にとって幸福なのか、という問いは残り続けます。いったい死者は、生きている私たちに何といいたいのか(あるいは何もいいたくないのか?)。

死者の声を聞こうとすることは、確かに生者の恣意にほかならないでしょう。幾多の無縁の死者たちを前にすれば、墓標を立てて記憶化しようということ自体、生命の峻別、死者の差別という問題を抱え込むことになります。ここ5~6年の間、大衆文学や映画・ドラマの世界で拡大してきた〈死者による癒し〉の流行は、〈個と個の結びつきだから赦される〉ことを無意識の前提としていますが、この点を充分顧慮してはいません。以前、『ケガレの文化史』のコラムで肯定的に捉えたとおり、葛藤の末の癒しであれば意味があります(それこそ無縁を有縁にしてゆく効果がある。〈鬼子母神効果〉とでも呼ぶべきか)。しかし、(私たち宗教者がよくしてしまうように)癒しをふりまきすぎると、それは正当化のツールに変貌してしまう。恐怖のもとに死者を排除するのは論外ですが、畏れを抱き続けながら接してゆくことは必要です。
残念なことに、自分自身を批判する何か、脅かす何かを持たなければ、人間の無軌道な欲望は抑えることができない。神霊の祟りに怯える心性も、死者の忘却を冒涜と捉える態度も、本当は自分自身への根源的な恐怖から発しているのかも分かりません(それ自体もツール化なのだから、本当に人間とは厄介な存在であり、また他者表象論は難しい)。

そうそう、今日民衆史研究会から関連するシンポの案内が来ていました。
○民衆史研究会2006年度大会シンポジウム「近世社会における民衆と『死』―死生観と墓標をめぐって―」
 ・日時 :2006年12月2日(土)13:00~17:00
 ・会場 :早稲田大学文学部36号館682教室
 ・報告 :木下光生氏「近世畿内近国民衆の葬送文化と死生観」
      田中藤司氏「死を記念する―『由緒の時代』仮説と祖先表象の歴史人類学―」
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