【渡邉晃著、太田記念美術館監修、青幻舎発行】
正義の味方や英雄が輝きを放つのも、存在感を発揮する悪役がいてこそ。それは江戸時代の歌舞伎や人形浄瑠璃でも、現代の映画やテレビドラマでも相通じる。浮世絵は江戸時代の有力な情報媒体。三代歌川豊国(国貞国芳)、月岡芳年ら浮世絵師も競って悪役たちを描いた。「当時の人たちは現実、虚構を問わず、『悪』の持つ魅力に好奇心を抱き、時に酔いしれた」(本書「はじめに」から)。
本書の原型は1年前に太田記念美術館で開かれた「江戸の悪」展。出品作に図版を追加し、解説を加筆してまとめ上げた。取り上げた悪人は〝多士済々〟。大盗賊の石川五右衛門や鼠小僧次郎吉から、忠臣蔵の敵役吉良上野介、四谷怪談の民谷伊右衛門、放火犯の八百屋お七、飛鳥時代の豪族蘇我入鹿まで、実に多彩な人物が登場する。ユニークなのは〝悪人度〟を星一つから極悪の星五つまで5段階で評価していること。
悪人度最高ランクの1人に民谷伊右衛門。三代歌川豊国の浮世絵「東海道四谷怪談」が添えられている。戸板の両側に括り付け川に流したお岩と小平の死骸が早変わりする〝戸板返し〟の仕掛け絵。解説でも「多く登場人物を躊躇(ためら)いもなく殺す、悪人中の悪人と言える」と断じる。その他の星五つには蘇我入鹿、菅原道真を讒言で大宰府に左遷させた藤原時平、極悪非道の町医者村井長庵、歌舞伎の伊達騒動物に登場する仁木弾正、お家乗っ取りのため後家をはじめ大勢を手に掛けた立場の太平次ら。
ちなみに石川五右衛門や「仮名手本忠臣蔵」の高師直(吉良上野介)、「播州皿屋敷」で知られる浅山鉄山は星四つになっている。石川五右衛門の釜茹で場面を描いた歌川国芳の「木下曽我恵砂路」は燃え盛る炎と煮えたぎる熱湯の描写が迫力満点。その釜の中で五右衛門が倅の五郎市を頭上高く掲げる。暴君のイメージが強い平清盛や放火の罪で火炙りとなった八百屋お七は星三つ。本能寺の変の明智光秀、義賊的に描かれることが多い鼠小僧、国定忠治、雁金五人男、毒婦高橋お伝、「安珍・清姫伝説」の清姫は星二つ、侠客の元祖ともいわれる幡隋院長兵衛や「清玄桜姫物」の清玄は星一つになっている。
悪人度の判定基準となったのは殺した人数や反省の有無など。昨年の展覧会でも悪人度を表示したが、盗んだ金額の多さから星5つを付けた鼠小僧について「義賊だから、そんなに悪くない」という意見が来場者から多く寄せられた。また星2つの「安珍・清姫」の清姫については逆に「これは五つだ」という声があったそうだ。著者も本書の「おわりに」で、悪人に対する見方は「個人の体験や価値観によっても大きく左右される」と認める。悪人の評価は時代によっても変化する。結局、悪の程度を測る尺度は人それぞれで構わないということだろう。それでも悪人度として数値化する試みはユニークであり痛快でもある。本書に登場した悪人の一部からは「俺が星五つでなく、なぜ三つだけ」といった不満の声が聞こえてくるようだ。
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