kazuフォトローグ

「徒然なる日常」を写真で語ります。

3・10・11 祈りの日

2015年03月10日 | データ
70年前の、3月10日、東京大空襲で10万人の命が奪われたという。
その時、私はまだ母の胎内にいた。
父とまだ幼い兄二人は、母の実家に疎開したと聞いている。
終戦直前、私は、この世に生を得た。

そんなことを、4年前の今日、ブログに書いた。
そして、翌日、午後2時46分、あの地震と津波、原発事故の東日本大震災が起きた。

テレビで、被災地のニュースを見ると、復興というには程遠い。
あと何年かかるのか。

震災の翌年、同日の東京新聞トップに、
故郷仙台の荒浜で祈りをささげる僧侶の写真(上記・嶋邦夫撮影)が掲載されていた。
「涙の3・11祈りの日」とある。

いまなお、当時と同様、復興を祈らなければならないのが切ない。


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3 コメント

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おはようございます (LYNX☆)
2015-03-11 09:12:38
☆Kazuさんへ
4年の月日は早いのか遅いのか、それぞれの感じ方が有る事でしょうね・・・
アレだけの広範囲で想像を絶する被害に加え、原発の事故も重なりなすすべもない状態からの復興は、まだまだ時間がかかるでしょう・・・
でも確実に一歩一歩前に進んでいる事は間違いありません・・それだけ自然の力の前には人間は無力である事を知らされた出来事でしたね・・・
Unknown (豆タンク)
2015-03-11 21:29:31
この同じ新聞の写真、私もずっと持っています。波と僧侶、そして祈り・・・。
こんな句を詠みました。「鶴帰る 除染の証し 無きままに」。
切ない! (kazu)
2015-03-12 00:03:58
LYNXさん、豆タンクさんへ

コメントありがとうございます。

今夜、震災時の映像とその当事者を取材した「NHKスペシャル」を見ました。
「もう、いい」と思う反面、目をそむけてはならないという葛藤がありました。でも、見てよかった。

生きのびた人が、自分は生きてていいのか、と自問し、それを乗り越えるのではなく、体験と共に生きていこうとする意志。
涙を流しつつも、今を生きる人々の強さに、心を動かされました。

今回のブログに、「あえてコメントすることを控えました」と言ってくれた6944さん、その気持ちだけでも、感謝です。

豆タンクさんへ。
いつだったか思い出せないのですが、避難地域に咲く桜を詠んだ「悲しきは 誰も見に来ぬ 桜花」
返句になりましたか。

人間の業が作った甚大な環境汚染。動植物はそのことに気付かず生きている姿に心が痛みます。

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