なかなか書けません。日曜日のことを書こうと思っていたんですが思いのほか別のことに時間を割くことになっています。かなり「許せない」と感じることがありました。「大人」として「間違っている」ことを「間違っている」と教える場面は必要。これがどうとらえれえるか。私自身の中で「許せない」と思うことはあります。これを譲ると自分自身が自分ではなくなる感覚があります。どうなるかわかりませんが。
日曜日。この日は一日練習を予定していたのですが「疲労度」を考慮して午前中だけとしました。最大で2時間半という設定で。ほとんど走り込みができていないので必要な部分を走っておきたいなと。前の日に「思っているような走りができない」と申し出がありました。客観的に見ればかなり良くなっています。話を聞いてみると「100%の時の走りと比べて物足りない」ということ。こ子に関しては話をしました。疲労度がある中で毎回100%の走りはできない。その条件下においての「最高の走り」でいいと思っています。それ以上の走りを求めるのは難しい。
補強系はほぼなくして。ドリルもほぼ省略。必要なことだけ入れましたが二次加速スティックなどの準備段階を。普段同じことを何セットか繰り返すという形は取りません。が、この日は「中間マーク」を3本を2セット。1セット目で出てきた課題を2セット目でしっかりと修正するという感じです。かなり暑いので連続して実施するのは難しいというのもありました。課題意識を持って取り組む。
最後に走練習を。1セット目が150-120-60。2セット目が120-120ー60。3セット目が120-90-60です。セット間で12分。これはうちにとってはかなりの走り込みです。やっても1セットしかやらないので。選手もしんどかったと思います。しかし、ここ数日間でいろいろなことが変わってきていました。しんどくても「前向き」に取り組んでいました。
気分を害するようなこともありましたが、選手は冷静さを失わずに自分たちのやるべきことをしっかりとやっている感じがありました。「120行きまーす」という声も大きくなっていました。オンとオフの切替もできる。行動も早くなる。選手たちは「自分たちがなんのためにここに立っているのか」をやっと考え始めたかなという印象を受けました。
色々なことを経験します。自分たちがやりたいようにすべてができるわけではない。ここも陸上競技を通じて学ぶべきことだと思っています。強くなればそれでいい。楽しければそれでいい。それが社会に出て本当の意味で通用するのか。周囲を見て行動する。誰かに任せて「やってもらう」のではなく「分担してやる」ことで負担が減る。グランドが使えるのが当たり前ではない。「環境」に感謝してやっていくことができるかどうか。
それさえわからずに「練習だけする」という生徒を育てる気は一切ありません。これは自分自身に言い聞かせるという意味もあります。他意もあります。かなり。
本当に色々ありすぎて・・・。小説を見るよりも私の生活を文字にするほうが本当に「まじで?!」と驚くと思います。が、ここに全てを書けない。もうね、ストレスが蓄積するしかない生活です。信じられないことが現実に起きる。対応策を考えながらやっていこうと思っています。