JF4CADの運用日誌2.5

アマチュア無線局JF4CADの活動内容紹介ブログです。

福岡移動運用報告①

2019-01-21 | 移動運用結果報告
計画編
今年最初の福岡移動です。今年は福岡から日帰りで行くことができる唐津市の離島などを予定しています。

例年1月はイチゴの「あまおう」を買いに行くため荷物を減らす目的でワイヤーアンテナのみに絞っています。このため移動地は展望台があるところなどに限られます。福岡市西区の能古島としました。西区なので一応アメダスアワード対象ですhi

アンテナはZA-721とし、7/21MHzにQRVします。


この冬は暖冬で福岡はまだ雪が積もったことがないみたいです。移動運用にとってはその方が有り難いです。
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福岡から帰ってきました

2019-01-20 | シャック便り
先ほど福岡から帰ってきました。

能古島移動に行った土曜はお天気が良く風が穏やかで、気温も上がって快適な移動でした。今日は一転して風の冷たい日になりました。

レポートは明日以降アップします。


画像は能古渡船場で見かけた西鉄110周年記念の復刻ラッピングバスです。1950年頃のバスを再現したそうで側面には「西テツ」という独特な表記とライオンのエンブレムが見られます。現在の西武ライオンズの前身・西鉄ライオンズは1951年に成立していますからエンブレムは何らかの関係があったのでしょうね。

この復刻ラッピング車、福岡市内では能古渡船場にある愛宕浜営業所と那珂川営業所に1台ずつあり、昨年12/25までのはずだったようですが今も稼働中みたいです。
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1/19 福岡市西区[能古島]移動

2019-01-17 | 移動運用予定
以下の日程で福岡県から移動運用に行ってきますのでご案内させて頂きます。
以下にて最終のご案内とさせていただきます。



(1)福岡市西区[能古島]移動(AJA:400105 JIA:40-104)
 日時:1/19(土)11:00頃~13:30頃
 場所:西区 能古島からQRVの予定です。アメダスアワード対応です。
 バンド:7/21MHz帯(SSB)
   
 
[※お願い事項]
・移動運用の詳細についてはこちら、QSLについてはこちらをご覧下さい。
 すべて担ぎ上げで電鍵を持って行けないためCWの運用はありません。

・雨天や船が欠航の場合等は中止もしくは一部時間帯やバンドの運用を
 取りやめることがあります。

・現地からのご連絡はTwitterで行います。Twitterは[@JF4CAD4]です。
 2016年12月よりIDを変更しておりますのでご注意ください。
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「第53回京の冬の旅」に行ってきました④

2019-01-15 | 御朱印めぐり
第53回京の冬の旅」の非公開寺院巡りの続きです。

ここまでは以下をご覧ください。

「第53回京の冬の旅」に行ってきました①
「第53回京の冬の旅」に行ってきました②
「第53回京の冬の旅」に行ってきました③


日体寺をあとに京の冬の旅に戻ります。東山安井の交差点で再び東大路を渡り、建仁寺に突き当たり北に折れれば近いです。

正伝永源院は建仁寺の敷地の北隣にあります。

明治時代に「正伝院」と「永源庵」が合併したお寺で、織田信長の弟・織田有楽斎と熊本藩主細川家の菩提所です。

障壁画は狩野山楽が描いた「蓮鷺図」と細川家の末裔である細川護煕元首相が描いたものとがあります。山楽の障壁画は撮影禁止ですが細川元首相の方は撮影可能とのこと。

細川氏は政界を引退し絵画や陶芸に没頭しているとされますが、週刊誌の記事などでは今も野党系議員の相談を受けるなどしているみたいですね。首相時代にリーダーシップに疑問を持たれ散々に評価を落としましたので、熊本県知事から直接芸術家に転身した方が名声を得ることができたかも知れませんね。

大名家のうち熊本の細川家や鹿児島の島津家、秋田の佐竹家や彦根の井伊家のように今なお健在の家系がある一方で前回触れた岡山の池田家はまさに断絶の危機にあります。鳥取の池田家も当代の池田百合子さんが自分の代で終わらせることを宣言していますのでいずれ断絶となります。名門でさえ家系を守ることは大変みたいです。

また山楽の鍾馗図、有楽斎の茶室「如庵」なども公開しています。

正伝永源院も書き置きのようです。今回回らなかった両足院も含め建仁寺の塔頭は全て書き置きですね。

建仁寺の塔頭はこれでおしまい。


北に数分歩くと四条通になります。

界隈は外国人観光客の人通りも多く常に混雑していますが、賑やかな四条通に面してひっそりと仲源寺があります。

この中に仲源寺の入り口があるのですが分かりますか?

仲源寺は「目やみ地蔵」と呼ばれることが多い浄土宗のお寺です。その名の通り眼病に御利益があるとされます。

平安時代中期の創建とされ、こちらのお地蔵さんに大雨がやむよう祈ったところ雨がやんだことから「雨やみ地蔵」→「めやみ地蔵」となりいつしか「目やみ地蔵」になったとのこと。1585年に現在の場所に移転しています。洛陽三十三カ所の札所になっていますので御朱印を頂けます。

仲源寺の御朱印です。


次は相国寺の慈照院です。地下鉄今出川駅が最寄りになります。四条通をそのまま烏丸まで突っ切れば地下鉄に乗れますが河原町丸太町でお昼を食べたいので四条駅から京阪電車に乗りましょう(京阪は旧駅名でないとしっくりきませんので以下の写真は「五条→四条→三条」と頭の中で勝手に変換されています)。

2つ先の丸太町で下車。

丸太町橋を渡って河原町丸太町です。

前回東山御朱印巡りの際はタイ屋台料理の「パクチー」でしたので今回は台湾屋台料理の「微風台南」に決定。定番の魯肉飯などが食べられます。日本人向けに八角の香りを抑えていますが味は上々。

今日は「排骨便當」です。豚肉を使った台湾の駅弁として代表的なものです。確か昔「自強号」に乗ってこんなのを食べた記憶があります。テイクアウト可能ですが店内で頼むとワンプレートで出してくれます。ここも美味しいです。タイ料理にするか台湾料理にするか悩ましいです(汗)


河原町丸太町からは市バスの59番に乗れば烏丸今出川まで乗り換えなしです。

烏丸中学の北に慈照院があります。

慈照院に到着。元は「大徳院」という名前でしたが1490年に足利義政の菩提所となり「慈照院」に改めています。1629年には桂宮が学問所の棲碧軒を建てています。京の冬の旅では2013年以来の公開となります。

「銀閣寺」の通称で知られる慈照寺も同じく相国寺の塔頭で、慈照寺と慈照院という別々のお寺が相国寺の塔頭として存在しています。どちらも足利義政の法号に因んでいるためです。

朝鮮通信使にまつわる資料や狩野派の「帝鑑図屏風」などを展示しています。こちらの御朱印は拝観コースの最後で手に入れることができます。

慈照院の御朱印です。


行きたい寺院を全部見て回りました。

近くには「京の冬の旅」のスタンプラリーで一服サービスを受けられる俵屋吉富があります。スタンプが埋まっていますので今年も行ってみましょう。

吉富さんの代表的なお菓子「雲龍」とお茶を頂くことができます。


まだ少し時間がありますので地下鉄で京都市役所前駅まで。木屋町通を南に下がると「月餅家」があります。

吉富さんに「雲龍」があるように月餅家には京都一とも言われる名物「わらび餅」があります。香ばしいきなこの香りとほどよい餡とのバランスが絶妙です。この時期なら予約なしでも買えるのが有り難いです。

本能寺を通ってみましたがどの塔頭も「御朱印所」の掲示がないので断念です。何度か回ってみないと難しいみたいですね。イノダコーヒでコーヒーを、井上さんでお総菜を買って帰りましょう。


今年の「京の冬の旅」はこれにて一区切りとしたいと思います。3月限定で東福寺の光明宝殿が公開されるため、都合がつけば行きたいと思います。30年ぶりの公開なので行く価値があると思います。

回った中でのベスト3(順不同)は龍泉庵・転法輪寺・霊源院でした。また既に行ったことがあるので今回は回っていませんが建仁寺両足院、本法寺あたりも回ってみる価値があると思います。

今回は伏見や山科のお寺がないので回りやすいですが、毎年候補になる寺院が限られるためどうしても似たようなカラーになりがちです。このレポートのようにぜひ回遊ルート近くの寺院も合わせて拝観してみることをオススメします。

今年は天球院以外の対象寺院は全て書き置きの御朱印でした。第51回(2017年)に妙心寺の塔頭・養徳院が直書き4種の御朱印を出して御朱印目当ての拝観客が殺到、ほとんどの人が4種全部を頼むためご住職が腱鞘炎になってしまい、しばらく1種のみに制限された件が引き金になったのか年々直書き対応の寺院が少なくなっており、もはや期待できない状態になってきました。一方で比較的高価なオリジナル御朱印帳を複数出しているお寺もいくつか見受けられます。商売としては分かるんだけどなぁ・・・と複雑な気持ちになります。


来年も対象寺院を見て目につくところがあれば回ってみたいと思います。


今回回った寺院の御朱印情報です。(御朱印料は特記ない限り300円)
・六道珍皇寺  7種を本堂内で授与。2種は直書き、残りは縁日限定の書き置き。オリジナル御朱印帳あり。
・霊源院    8種を拝観受付で授与。書き置きのみ。
・八坂の塔   1種を拝観受付で授与。直書き。
・日体寺    2種を朱印所で授与、うち御首題は直書き。洛陽十二支妙見御首題帳あり。
・正伝永源院  2種を拝観受付で授与。書き置きのみで片方は500円。オリジナル御朱印帳あり。
・仲源寺    1種を朱印所で授与。直書き。
・慈照院    4種を堂内で授与。書き置きのみ。オリジナル御朱印帳あり。
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「第53回京の冬の旅」に行ってきました③

2019-01-14 | 御朱印めぐり
第53回京の冬の旅」の非公開寺院巡りの続きです。


ここまでは以下をご覧ください。

「第53回京の冬の旅」に行ってきました①
「第53回京の冬の旅」に行ってきました②

①②で西半分を見て回りましたので残る洛東のお寺、建仁寺の塔頭や相国寺の慈照院を回ります。特別公開で行ってみたいのは3カ所しかないので周辺の寺院を合わせて回ってみます。

[1/14(祝)]
六道珍皇寺→霊源院→八坂の塔→日体寺→正伝永源院→仲源寺→慈照院

早速建仁寺方面に行ってみましょう。両足院は一昨年拝観しましたので霊源院と正伝永源院を回る予定です。建仁寺に行くにはJR京都駅から市バスの206番か100番で清水道下車が便利です。清水寺へのアクセスと同じですので外国人観光客を含め通年混み合うのが悩ましいです。早めに行くしかありません。

ちなみに100番は一部のバス停を通過しますが、清水道までの間で先に発車した206番を追い抜くことはほぼないので100番を選んで乗る必要はありません。次に来るバスに乗るのが正解です。


今日は回るお寺が少ないため建仁寺の南にある六道珍皇寺も回ってみます。奈良時代末期の創建とされ、鎌倉時代に臨済宗建仁寺派に属しています。本尊は薬師如来で、朝9時からお参りできます。

京都では現世とあの世の境とされる六道の辻にあり、京都ではお盆の精霊迎えにお参りすることで知られています。

1/12~16まで「初ゑんま詣」で特別公開中です。合わせて限定御朱印2種を出しています。金屏風仕立なのですが2種セット+新年厄除け御札で2,500円だそうです。さらに紺紙金泥御朱印が3種+通常の御朱印あわせ7種あるそうです。さすがに多すぎますので通常の御朱印のみとします。最近どの宗派でも限定御朱印をたくさん出してくるお寺が見られるようになりましたね。

特別公開では本堂内で寺宝の地獄絵図や小野篁が冥界へ行く際に利用したと伝えられる井戸などを公開しています。

この井戸、ブラタモリでも紹介されましたが当時のアシスタントだった近江アナが興味なさげな表情で一番後ろにいたのを覚えています。今の林田アナは恐らく興味がないと思われる内容でもニコニコしながら聞いていて好印象だな、と思っています。

地獄絵図の中には「こんなことしたら地獄に行きますよ」という説明の絵があり、よく見ると「子供を産めなかった女性」というのがあります。描かれた当時はそういう考えだったのでしょうが、今時こう発言したら人権問題になるのでしょうね。

また境内には日新電機の創業記念碑があります。電力機器メーカーの日新電機は現在右京区梅津に本社兼工場を構えていますが、1917年に六道珍皇寺のお隣で創業したのだそうです。日新電機のほか京都で創業し各々の分野で最先端の技術を誇る企業としては島津製作所・京セラ・日本電産・オムロンなど錚々たる会社が並びますが、その多くが京都に本社を構え続けています。

六道珍皇寺の御朱印です。


六道珍皇寺のすぐ北が建仁寺です。臨済宗の開祖・栄西が創建しています。栄西は中国で禅宗を学び、あわせてお茶を伝えたとされます。浄土宗の開祖・法然とは同じ時代(栄西が1141-1215、法然が1133-1212)に生きており、どちらも都から離れた岡山県出身というのが興味深いです。ちなみにやや後の世代である道元(曹洞宗開祖)、親鸞(浄土真宗開祖)は都の近くで生まれています。

まずは霊源院から。またしてもちょうど10時です。いい感じですね。

鎌倉時代の応永年間に一庵一麟によって創建、今川義元も学んだお寺だそうです。

今年は今川義元の生誕500年にあたるそうです。五男だった義元は家督の継承が難しいと考えられ出家し建仁寺で学んでいましたが、兄たちが相次いで亡くなり還俗して当主となっています。従来「貴族趣味で和歌にふける無能」とのイメージでしたが近年の研究では逆に戦国大名として巧みな領国経営をしてきたと再評価されています。

その義元の書状に加え義元を討った織田信長の書状などが展示されています。加えて昨年4月に収蔵庫整理を行った際に発見された狩野山楽の「布袋図」などが初公開されています。「布袋図」は京都の豪商から寄進を受け、200年ほど前の寛政年間に修復作業が行われたらしいのですが、以降のことは分かっていないそうです。

長年日の目を見なかった布袋図は一部虫食いがあります。大切な文化財ですので今後修復されることを期待したいです。

霊源院の御朱印です。こちらは以前から御朱印は書き置きのみです。


両足院は2017年に行っていますので今回はパスです。若冲の絵などが鑑賞できますのでまだの方は一度どうぞ。


一旦建仁寺を外れて八坂の塔へ。昨年末に御朱印帳の残りが少なく断念していますので再挑戦です。南側の門にある通りを東に歩いて5分ほどになります。

途中に今日の冬の旅スタンプラリーで「ちょっと一服サービス」が受けられる本家八ッ橋八坂店がありますが、こちらのサービスはソフトクリーム。この寒さでは・・・と断念しました。本家八ッ橋五条坂のお店でのサービスはお茶にお菓子ですが、わざわざ行くのも時間の無駄ですよね。

正式には法観寺といい、こちらも建仁寺派に属しています。589年に聖徳太子が創建したとされますが伝説の域を出ず、678年頃に渡来系の豪族・八坂氏が創建したという説が有力です。1440年に再建された重要文化財の五重塔が「八坂の塔」と呼ばれています。境内には「八坂の塔」以外には薬師堂など小さなお堂しかなく、いつしか法観寺自体を「八坂の塔」と呼ぶようになりました。

五重塔は2層目まで上ることができます。この太い心柱が塔を支えています。階段は激しく急です。2層目からは四方が見えるよう窓がありますが、それくらいしかないので足の弱い方は無理しなくてもいいと思います。

八坂の塔の御朱印です。


八坂の塔から南に下り、清水道沿いに日体寺があります。

1721年に日體上人が開創した日蓮宗のお寺です。洛陽十二支妙見のうち巳の北辰妙見大菩薩が祀られており、災いを除き家を守る守護神だそうです。能勢の妙見山もそうですが、北極星の化身である妙見菩薩を日蓮宗は守り神として祀っています。観音霊場などの霊場になることがない日蓮宗のお寺でほぼ唯一の霊場巡りとなるのが妙見巡りです。大本山クラス以外は入りづらい日蓮宗のお寺の中では洛陽十二支妙見のお寺は御首題を頂きやすいと思います(霊鑑寺のみ臨済宗南禅寺派なのでご注意を)。

ちなみに日蓮宗での本尊は三宝(仏は釈迦如来・経典は法華経・僧は日蓮)となっています。

妙見巡りの札所なのでもちろん御朱印・御首題に対応してもらえます。こちらの上人(日蓮宗での住職)は話し好きなのかいろいろ話しながら書いて頂けますのでちょっと時間がかかります。私の時は御首題帳を書くために広げた際に「これどこのお寺なの?」「東京の池上本門寺の塔頭です」と話すると「そうなの、向こうの方にも行ったの」と話しかけてくれました。

日体寺の御首題です。

このほか近くの大漸寺でも御首題が頂けますが、ちょうど上人が外出されるところで断念しました。


京の冬の旅に戻りましょう。続きます。
③で回ったお寺の御朱印情報は④の最後にまとめてご紹介します。
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「第53回京の冬の旅」に行ってきました②

2019-01-13 | 御朱印めぐり
「第53回京の冬の旅」の続きです。ここまでは以下をご覧ください。


「第53回京の冬の旅」に行ってきました①

仁和寺と蓮華寺は以前お参りし御朱印を頂いていますから今回はパスです。仁和寺は「京の冬の旅」の特別公開対象ですのでまだの方は立ち寄ってもいいと思います。仁和寺の東脇の道を北に上がって転法輪寺に向かいましょう。

転法輪寺は浄土宗のお寺で1758年に関通上人が北野に創建、1929年に現在地に移転しています。

長らく檀那寺として一般公開されてきませんでしたが、仏像などの修復を行い近年は時折特別公開されるようになっています。

ご住職の方針で「全て撮影OK」となっています。浄土宗は近年お寺離れ(檀家離れや僧侶の減少)に危機感を持っているようで、まずはお寺に興味を持ってもらおうとしています。転法輪寺も宗派の方針に沿っているのでしょうね。

本尊の阿弥陀如来像は「御室大仏」とも呼ばれ高さ7.5mある大きな仏様です。

お寺が北野から御室に引っ越した際にもちろん他の仏像と一緒に引っ越しています。その際問題になったのが市内に路線網が張り巡らされていた市電だったそうです。阿弥陀様の頭が架線に引っかかることが分かり、一時は頭を切り離すことも考えられたそうですが、市電が架線を切断する粋な計らいで無事引っ越すことができたそうです。市電は祇園祭でも山鉾が引っかからないよう架線を切断していましたのでこういう対応ができたのでしょうね。

このほか釈迦大涅槃図を公開しています。18世紀の作とみられていますが作者は分からないそうです。近年修復が行われ公開に至ったとのこと。昨年10月の浄土宗京都教区による特別公開でも公開されています。

客殿ではお寺の煎餅や甘茶を出す喫茶コーナーを設けています。

転法輪寺の御朱印です。書き置きのみ5種ですが大小2つのサイズを準備しており、申し出ると好きなサイズで出してくれます。また用紙に自分で浄土宗の宗紋をエンボスできます。見えにくいですが「平成三十一年」の「年」のあたりにエンボスしてみました。


残るは善想寺。みぶ車庫が最寄りでJR二条駅や嵐電四条大宮駅が近いです。

御室はどん詰まりの地ですから善想寺に行くにはどうしようか悩ましいところです。市バスの御室妙心寺前から四条大宮までは市バスの26番なら乗り換えなしですが20分毎と本数は少なめ。少ないバスが目の前で行ってしまいましたので嵐電の妙心寺駅まで歩き、帷子ノ辻乗り換えで四条大宮駅に向かいます。

帷子ノ辻で四条大宮行きに乗り換えます。

四条大宮に到着。到着前に「壬生寺は当駅でお降りください」とアナウンスがありましたので壬生寺に行ってみましょう。

四条通を西に戻り、壬生寺道(四条坊城)のバス停から南に下がると壬生寺です。そうそう、四条坊城の角に元祇園梛神社があります。

ここも御朱印をいただけますのでお参りしてからにしましょう。

869年に京で疫病が流行し、姫路の広峰神社から素戔嗚尊を勧請したのが創建としており、さらに八坂の地に移されたのが八坂神社だとしています。遷座の際に住民が鉾や傘を振って見送ったのが祇園祭の始まりとしています。

1918年に隼神社が敷地内に遷座し、梛神社と隼神社の社殿がお隣同士で並んでいます(左の社殿が梛神社、右の社殿が隼神社)。隼神社は創建年がはっきりしないそうですが、少なくとも9世紀の貞観年間の文書には出てくるため平安時代には存在したことが分かっています。

限定御朱印4種類を出していましたが、通常の御朱印2種類(梛神社と隼神社)で頂いています。


それでは壬生寺へ。

991年に園城寺(三井寺)の快賢僧都によって創建された律宗のお寺です。本尊は延命地蔵菩薩です。境内の壬生塚には新選組隊士の墓があります。

本堂は1962年に焼失し、本尊もその際に焼失してしまいました。現在の本堂は1970年に再建されたものです。

御朱印は寺務所にある朱印所でいただけます。

壬生寺の御朱印です。列の真後ろが「3種類全部ください 5人分」というとんでもないリクエストだったので危なかったです。


四条大宮に戻り、大宮通を北に上がります。

四条以南ではバスが走る大宮通ですが、以北はこのように生活道になります。逆に千本通がメインの通りとなります。市電が通るか通らなかったかで道幅が違っています。

タックメイトという珍しいコンビニがあります。ファミリーマートに営業譲渡されなかったココストアが改名したもので京都市内に5店舗あるようです。

道が狭いので「飛び出し坊や」も平面的。この坊やの角を西に入ります。

善想寺に到着。想阿善悦によって1542年に創建された浄土宗のお寺で、秀吉の京都改造により1582年に現在地に移転しています。最澄が彫ったとされる泥足地蔵尊や平安後期の石仏阿弥陀如来があります。

「京の冬の旅」初公開となります。京の冬の旅は善想寺のように街中の比較的小さなお寺が公開対象に含まれることがあります。昨年ですと出町柳の常林寺がそうでしたね。

浄土宗ですので本尊は阿弥陀如来です。善光寺と同じタイプの阿弥陀三尊というユニークな仏像です。

善想寺の御朱印です。

ただ善想寺も属する浄土宗の京都教区が10月に行っている大公開の方が規模が大きく、洛中の小さな檀那寺も見せてくれますので京都通の方にはそちらの方が向きかも知れません。浄土宗は若手のお坊さんの企画で知恩院で様々なイベントを行うなど「お寺に興味を持ってもらおう」と頑張っており、他の宗派にもチャレンジして欲しいなぁと思っています。

203番のバスで四条高倉へ。いつも通り錦の井上さんでおばんざいを買って帰宅したいと思います。


今回回った寺院の御朱印情報です。(御朱印料は特記ない限り300円)
・法金剛院   1種を拝観受付で授与。直書き。
・妙心寺龍泉庵 1種を拝観受付で授与。書き置きのみでサイズは大判のみ。
・妙心寺麟祥院 1種を拝観受付で授与。書き置きのみ。
・妙心寺天球院 1種を本堂内で授与。直書き。オリジナル御朱印帳3種あり。
・転法輪寺   5種を客殿で授与。書き置きのみ。サイズは大小両方あり指定を。
・元祇園梛神社 2種を社務所で授与。直書き。書き置きの限定御朱印もあり。
・壬生寺    3種を朱印所で授与。直書き。オリジナル御朱印帳3種あり。
・善想寺    1種を本堂内で授与。書き置きのみ。

これから回られる方のためのアドバイス。
・冬の京都はいつ時雨になるか分かりません。晴れの予報でも必ず折りたたみの傘を。
・靴を脱ぐため靴下は厚手のものを。二重に履くのもいいでしょう。
・カイロもお忘れなく。

1/20は都道府県対抗女子駅伝のため市内の交通に規制がかかるので残る東半分は21日に回る予定です。
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「第53回京の冬の旅」に行ってきました①

2019-01-12 | 御朱印めぐり
毎年恒例の「第53回京の冬の旅」の非公開寺院特別公開が始まりました。

観光客の少なくなる冬場の京都で普段非公開の寺院を見せてもらえるイベントで今年も1/10(木)~3/18(月)まで行われます(一部公開期間の異なる寺院あり)。中には他の機会も含め初公開だったり、ほとんど公開されたことのない寺院が含まれる場合もあり、貴重なチャンスとして知られています。

今年は「京都にみる日本の絵画~近世から現代まで~」がテーマで計15カ所が公開されます。なぜか長谷川等伯と狩野山楽推しとなっており、この2人による画の公開が多いです。目玉は「京の冬の旅」初公開の善想寺、公開チャンスの少ない妙心寺の3つの塔頭(龍泉庵・麟祥院・天球院)や相国寺慈照院あたりだと思います。


毎回のことですが周辺寺院も合わせて回っていると1日では到底回りきれませんから2日に分けた方が良さそうです。

今回は烏丸通で東西に分けて
・妙心寺の塔頭+転法輪寺+善想寺(西)
・建仁寺の塔頭+相国寺慈照院(東)
という形で回ってみることにします。


せっかくですのでルート上にある寺院も合わせて回ることにして以下の通りとします。

[1/12(土)]
法金剛院→龍泉庵→麟祥院→天球院→転法輪寺→元祇園社→壬生寺→善想寺


[京の冬の旅のルール] ※いずれも一部例外がありますので公式サイトで確認を。
・拝観時間は10~16時(最終受付) 
・拝観料は1カ所600円 
・スタンプラリーを行っており達成するとお茶などのサービスが受けられます


12日は妙心寺の3つの塔頭をメインにします。妙心寺はJR京都駅からですと嵯峨野線で花園駅が最寄りです。妙心寺の北に仁和寺があり、その東側の道を北に上がると転法輪寺があります。

昼特がなくなりましたのでICカードの利用ですが、一旦京都駅の改札を出ないと運賃が安くなりません。大阪-花園は840円、大阪-京都が560円で京都-花園は200円ですから合計760円となり80円安くなります。改札を出るだけでここまで違うのですが以前なら昼特を使えば精算機で自動計算されていましたから意外面倒くさくなりました。

JR花園駅に到着。1898年に開業した古い駅ですが、民営化後に両隣に太秦と円町が開業しお客を取られる形になっています。特に円町駅が快速停車駅に昇格してからは乗客を奪われ、今では乗客数でダブルスコアをつけられています。


駅前は丸太町通で、すぐ近くに法金剛院があります。法金剛院は9時から拝観できますから先に立ち寄ってみましょう。

1130年に待賢門院が創建した律宗のお寺です。本尊は重要文化財に指定されている阿弥陀如来坐像で平安後期のものと言われています。

こちらの本堂の裏に安置されている高さ2.27mの大作です。

夏の蓮でも知られ、現存する最古の人工の滝と言われる「青女の滝」もあります。ただ花のない時期なので貸しきりでした。

こちらが法金剛院の御朱印です。


それでは本題の妙心寺へ。

妙心寺の境内は広く塔頭も40以上を数えます。回る順番を間違えるとかなり歩くことになりますから必ず事前に順番を考えて回ってください。今回は龍泉庵-麟祥院-天球院が良さそうです。

まずは南側の門を通ってすぐの龍泉庵へ。妙心寺創建当初からある塔頭の一つで、1481年に景川宗隆が創建しました。2014年の「京の冬の旅」以来の公開となります。ちょうど拝観開始の時刻でした。

ふすま絵が自慢で重要文化財になっている長谷川等伯の「枯木猿猴図」などを所蔵しています。枯木猿猴図の実物は京都国立博物館に寄託されていますので複製画となります。

こちらは現役で活躍する日本画家・由里本出さんの障壁画です。撮影OKとのことでした。1999年に開祖の没後500年を記念し描かれたもので、左手は四国の石鎚山、正面は阿蘇山だそうです。他にも羅臼岳や釧路湿原を描いた障壁画もあります。北海道の風景が描かれるのは現代ならではですね。

庭も手入れが良く、妙心寺でも有数の規模を誇る塔頭だけに所蔵品も圧倒されます。

龍泉庵の御朱印は書き置きになります。大判サイズしかないので頂くことは諦めました。


妙心寺の本堂を西から回り込んで裏手にあるのが麟祥院です。

1634年に碧翁愚完を開祖として創建、徳川家光の乳母であった春日局の菩提所です。麟祥院は東京の湯島にもあり、同じく春日局の菩提所となっています。家光が江戸と京都の2カ所に創建したためだそうです。

京都の麟祥院は通常非公開ですが過去何度か特別公開があったようです。

庭にこのような瓦が置かれています。両脇の「三」が麟祥院の寺紋です。この寺紋、どっかで見たことあるなぁと思ったら「三島神社」「三嶋大社」などで用いられる「角切三」です。春日局の嫁ぎ先であった稲葉氏の家紋でもあるそうです。

本堂は撮影禁止です。海北友雪のふすま絵雲龍図が自慢です。また霊屋には春日局像が安置されています。

麟祥院の御朱印です。


3つめの天球院へ。歩いてすぐです。

1631年に姫路城主池田輝政の妹・天球院が開いた塔頭です。実際のところ費用を出したのは天球院の甥に当たる岡山藩主の池田光政のようです。こちらも普段非公開ですが時折特別公開があります。

池田家は元々織田家の家臣で、その後秀吉→家康と主君を変えて活躍、兄弟あわせると合計92万石の有力大名となりました。その後池田家は大きく分けると岡山藩と鳥取藩の2つの系統に分かれますが、いずれも外様大名としては最高格である「本国持(1つの国を全て領有し、薩摩島津氏・加賀前田氏など10家のみ)」の地位を保ち明治維新を迎えています。

岡山の池田家は戦後に十六代の隆政さんが天皇陛下の姉君にあたる厚子さまを迎えていますが、お子様がおられないまま2012年に亡くなられています。このままでは光政以来の家系は断絶することになってしまいます。池田家は池田動物園という私立の動物園を経営しており、隆政さんは長年園長をお務めでした。

天球院は狩野山楽・山雪によって描かれた重要文化財のふすま絵が自慢で、NHKが8Kカメラで収録したふすま絵が8K試験放送の際に使われました。またこのうちの「梅に遊禽図」は記念切手の題材にもなったそうです。ちなみに公開されているふすま絵はキヤノンが手がけた超高精細複製画に取り替えられています。じっくり見ても複製とはまず分かりません。

ロウバイが咲いており、いい香りです。

天球院の御朱印です。今回の公開にあたりオリジナル御朱印帳3種を用意しています。


天球院は妙心寺の北の端にありますから北側の門から出ることにします。

出口から少し歩くと嵐電妙心寺駅です。


今回はここまで。御朱印情報は後半の最後にまとめてご紹介します。
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【予告】1/19 福岡市西区[能古島]移動

2019-01-11 | 移動運用予定
以下の日程で福岡県から移動運用に行ってきますのでご案内させて頂きます。
この日程は現時点での予告であり変更される場合があります。出発前に改めて最終のご案内をさせていただきます。



(1)福岡市西区[能古島]移動(AJA:400105)
 日時:1/19(土)11:00頃~13:30頃
 場所:西区 能古島からQRVの予定です。アメダスアワード対応です。
 バンド:7/21MHz帯(SSB)
   
 
[※お願い事項]
・移動運用の詳細についてはこちら、QSLについてはこちらをご覧下さい。
 すべて担ぎ上げで電鍵を持って行けないためCWの運用はありません。

・雨天や船が欠航の場合等は中止もしくは一部時間帯やバンドの運用を
 取りやめることがあります。

・現地からのご連絡はTwitterで行います。Twitterは[@JF4CAD4]です。
 2016年12月よりIDを変更しておりますのでご注意ください。
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移動耳より情報

2019-01-10 | シャック便り
[フェリーはてるまが故障のため運休]
石垣-波照間を結ぶ「フェリーはてるま」の操舵機が故障し昨年末から運休しています。運航する安栄観光は復帰は早くて1/15としています。食料品などは高速船で運び込んでいますが島ではガソリンや灯油が品切れしており、黒糖工場も出荷できずに倉庫が一杯になっているとのことです。

1/11に貨客船「ぱいかじ」を臨時運航する予定ですが、元々竹富島など石西礁湖内を航行する船のため外洋に出る波照間に行けるかは当日の波次第とのことです。

「フェリーはてるま」は旧波照間海運が1990年に建造した船で、既に30年近く経過し老朽化が目立っています。安栄観光では同規模の中古フェリーを調達するとしていますが、現時点では候補の目処が立っていない模様です。波照間航路では波照間海運が運航停止となって以来船のトラブルが繰り返されており不本意な形で廃業に追い込まれた「波照間海運の呪い」が続いている形です。

なお宮古地区でも宮古島島尻-大神島を結ぶ大神海運の「スマヌかりゆす」が年末に機関故障を起こし長期間欠航となっていました。再開が報じられていませんのでご利用の方は大神海運への電話での問い合わせをお勧めします(大神海運のWebサイトはありません)。


[エア・リージョナル・ジャパンが破産]
2020年に成田・関西から秋田空港や庄内空港への就航を目指していたLCCのエア・リージョナル・ジャパンが就航を断念し12/26に破産しました。就航前に断念したLCCはリンク・エア奄美に続く3例目とみられます。

エア・リージョナル・ジャパンは「地方創成型LCC」としてLCCの就航が遅れていた日本海側に目を付けて資金集めを行っていましたが、調整に行き詰まった模様です。特に庄内空港の位置する酒田や鶴岡はJRでのアクセスが非常に不便なため全日空の羽田-庄内便は利用率が高く運賃も高止まりしていただけに目を付けたところは悪くなかったと思われます。しかしながら既に大手2社がLCCをがっちり押さえており、機体整備の委託などの協力を仰ぐことが難しくなっており国内での新規設立が事実上困難になっているのも現実です。


[神戸市が北神急行電鉄を買い取りか]
新神戸-谷上間の鉄道を運営している阪急系の北神急行電鉄を神戸市が買い取り市営地下鉄に組み込む意向を明らかにしました。具体的な金額などは今後詰めるとのことです。

北神急行電鉄は神戸市営地下鉄と相互直通しており、途中駅がなく事実上六甲山を貫く北神トンネルのみが路線という変わった会社です。新開地にしか行くことができない神戸電鉄の沿線と三宮を直結していますが、新神戸-谷上間の運賃は市が補助金を出しても360円と高いため利用が伸びず、沿線人口が減少に転じるなど厳しい環境にあります。

神戸市が路線を買い取り市営地下鉄に組み込むことで運賃が270円前後に下がるとのこと。阪急としてもグループに入れておく特段の理由がなく、神戸線の市営地下鉄乗り入れ計画もあることから神戸市に路線と恩を売っておく方がベターと判断するものと考えられます。


[東陽バスが91番を廃止]
沖縄本島の路線バス業者である東陽バスが「91番 城間(南風原)線」を廃止しました。廃止分は全て「191番 城間(一日橋)線」に振り替えられます。なお毎月数日191番として走っている「730バス」については変更はないそうです。

91番と191番は元々91番が本線で、南城市の馬天営業所から与那原を経由し、兼城十字路から北上し育成園前・新川を経由し儀保・経塚から城間に至る路線でした。191番は91番の派生路線で兼城十字路から一日橋までさらに西に進み、ここから北上し真和志高校前を経由し91番のルートに合流しています。

次第に本線と派生路線の地位が逆転し、末期は91番が1日2往復となっていました。
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兵庫・播磨御朱印巡り②

2019-01-09 | 御朱印めぐり
兵庫県播磨地方の御朱印巡りの続きです。


花岳寺をあとに赤穂城に行ってみましょう。

城内の大石邸跡に大石神社があります。

大石内蔵助ら47人の義士に加え実家と忠義の板挟みになり討ち入り前に自害した萱野三平を祭神としており、のち浅野家・森家を祀った赤穂神社を合祀しています。主君の仇討ちを果たした大石らに因み「大願成就の神社」として赤穂の人たちの信仰を集めています。

門は同じく忠臣として知られる楠木正成を祀る神戸の湊川神社から譲り受けたものだそうです。

義士の討ち入り以降大石邸に小さな祠がありましたが、1900年にこれを神社とすることが許され1912年に本殿が完成しています。明治になり江戸幕府に遠慮することがなくなったこと、明治天皇が泉岳寺に勅使を送り義士たちを弔ったことが背景にあるそうです。

大石神社の御朱印です。

ちなみに大石内蔵助が潜伏生活を送った京都の山科にも大石神社があり、そちらでも御朱印を頂けるそうです。


姫路に戻りましょう。

お昼は赤心本店にしました。とんかつと豚汁が名物で、かつては姫路市内にいくつか支店がありましたが今はおみぞ通りの本店のみです。以前本店では店頭に揚げたカツや海老フライを並べて持ち帰り客にも対応していましたが、代が変わったのか注文を受けてから揚げているみたいです。

今回はオムライスと海老フライを頼みました。海老フライは1匹単位で頼めます。

オムライスも人気で結構出ています。オムライスの中身はとんかつに使う豚肉を細く刻んだものを使っています。洋食屋さんのオムライスとは違った庶民的なものですが美味しいんですよね。


姫路は今回ご紹介した「たこやき」「赤心の豚汁」の他にも「えきそば」「御座候」「担々麺」「ぶどうパン」「ワンタン麺」などB級グルメの宝庫で、1日では食べきれないほど様々なB級グルメが味わえます。戦時中に新日鉄広畑製鉄所ができ、戦後になると高炉が4つに増やされるなど拡張されて大きく人口が増えました。工員たちのため安くておいしい店が求められたことが姫路にB級グルメのお店が多い理由だと言われています。

西にある岡山市を追い抜きそうな勢いで「播磨に百万都市を」と鼻息の荒い時代もありましたが、オイルショック以降の鉄冷えや国際的な競争で高炉は全て火を落とし、省人化も進んだことから岡山を追い抜くことも百万都市も夢と終わりました。姫路に勢いがあった時代のB級グルメが地元で愛され続けているだけでも嬉しいことですよね。


姫路城のほうに向かいます。姫路護国神社があります。1938年に創建され、播磨地方の戦没者を祀っています。兵庫県では神戸にも護国神社があります。

数え切れないほどの提灯で埋め尽くされています。夜になると明かりがともるそうで幻想的でしょうね。

姫路護国神社の御朱印です。


このほか姫路城周辺では射楯兵主神社姫路神社でも御朱印が頂けるはずですが射楯兵主神社は混雑で朱印所の場所を聞くことすらできず、逆に姫路神社は神社の方が誰もおらずで頂けませんでした。新快速で引き上げましょう。


今回の御朱印情報です(御朱印料は特記ない限り300円)。
鶴林寺    6種を本堂内で授与。オリジナル御朱印帳あり。
花岳寺    3種を拝観受付で授与。新西国・瀬戸内観音の御朱印帳あり。
大石神社   1種を授与所で授与。オリジナル御朱印帳あり。
姫路護国神社 1種を授与所で授与。御朱印帳あり(デザイン等不明)。
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