
「トーマの心臓」といえば懐かしい萩尾望都さんの元祖ギムナジウム漫画でありました。
少女jesterも胸をときめかして毎週楽しみに読んでいたものです。
が、これを舞台化したStudio Lifeさんの『トーマの心臓』が再演されます。
(詳しくはこちら)

今日、紀伊国屋ホールのところでこのチラシを見つけました。
萩尾望都さんのコメント入り。
「再び幸福な時間がよみがえるのを待っています」ですって。
どうなんでしょうねえ・・・・

実はjesterは見たことないのですが、日本人が日本語で演じる「トーマの心臓」、って・・・・
チラシを見る限り、かなりトウがたってる少年たちですけど、見てみたい様な、怖いような・・・・でございます。
その時はキャストにほんとにピッタリな子がいたので、思ったほどは(実はものすごく心配してビビりつつ見た・・)変じゃなかったです。
今回はさすがに年月たっているのでキャストが随分変わってるみたいですね。ちょっと怖い・・・
当時びっくりしたのは、開演前のロビーにギムナジウムの制服を着た劇団員たちが居て「いらっしゃいませ、ようこそ」って迎えてくれるんです~・・!
今で言うなら「執事カフェ」って、こんな感じかしら?って雰囲気で・・・とっても照れくさかった事を覚えています。
私は2度見たのですが、1回目は東京の小さな劇場で、2回目は福岡公演のホールでした。
つまり地方公演が出来るほど劇団が大きくなっていて、セットなども変わりいろいろグレードアップしていました。
萩尾先生のコメント
>スタジオライフの成長と共に、舞台という有機体も変化していくでしょう。
そのままです。
女性の役も男性がするのですが、一度め見たときはあまり心の準備が出来てなくて(というより女性役は出さずにすませるのかもと思っていて)、 中央3列目といういい席で、女性役が出てきたときにショックを抑えるのが大変でした。
でも、うーー「こんなの絶対いや」というのではなかったです。 脚本演出が女性ですが、萩尾ファンではなかったそうで、私はあんがいそれがよかったのかなと思ったり・・思い入れが強すぎるのがキケンなときってありますでしょ。
ただちょっとなにかえーと濃厚な感じが。。観客席ですすり泣く声が聞こえてくるのですが、私はそこまでは入らなかったです。
ただうけとめ方はいろいろですから、とにかく「見てみる!」というのもおすすめしますけれど。 NHKで放送したのは録画してます。
よく考えてみると私はこの劇が上演されていたときは、ず~っと日本にいなかったみたいです。
だから今回初めて知ったんですよ。
う~~ん、それほど違和感はなかったのですね~
さすがでございます!!
それも2回もご覧になったのですね~
>思い入れが強すぎるのがキケンなときってありますでしょ。
うんうん、分かります。わたしも「ポーの一族」が舞台っていったらのけぞるかも。
幸い「トーマの心臓」はそれほど強い思い入れがないんですよね。
雑誌掲載中は読んでましたけれど、台詞を覚えるほど読み込んだほかの萩尾望都さんの作品と比べると、何回も読み返すほどじゃなかった気がします。
テレビでも放映されたのですね。
いつか機会があったら見てみたいです。
あの・・↑これって、ほんとに人それぞれみたいです~。
同行した知人のうち一人は「○○くん可愛い!素敵~♪」と、そのままズブズブとスタジオ・ライフにはまっていきましたが・・・
もう一人は「・・だめ!!・・許せない・・!!」とヨロヨロと帰りました~~
あの萩尾望都ワールド、原作にはまっていればいるほど、劇にははまれないかも・・・
そういえば宝塚の「ベルバラ」にも激怒してる友人もいたなあ・・・・(大ファンになった人もいたけど・・・)
みたいようなみたくないような、複雑な気分のjesterですだ。
>思い入れが強すぎるのがキケンなときってありますでしょ。
これは脚本演出家さんのことなのです。
>萩尾ファンではなかったそうで(中略)思い入れが強すぎるのがキケンなときってありますでしょ。
どんな原作でも、脚本家がなまじ大ファンだったりすると、思い入れが強すぎて 「客観視して原作を読んだ上で脚本かけてない」 最悪「原作知らない人にはわけわからん」だったりということもあると思いますが、
萩尾ファンではなかったために、「さまざまなキケン」を回避できているのではないかしらと・・
いやー、私は結構トーマには思い入れあるのです。 はじめて「萩尾作品として」読んだのがトーマでしたから。(あとで萩尾作品と意識せずに読んでいたものが数点あったことに気づきました)
>雑誌掲載中は読んでましたけれど、
く~っ!! うらやましいっ。
>よく考えてみると私はこの劇が上演されていたときは、ず~っと日本にいなかったみたいです。
では「アメリカン・パイ」の宝塚による舞台化は見てらっしゃいませんか?
>萩尾ファンではなかったために、「さまざまなキケン」を回避できているのではないかしらと・・
なるほど~
指輪ではPJがトールキンファンでしたが、原作大好きな人からはいろいろ反論が出ていましたものね。
脚本を書く方がある程度客観的なほうが、危険が回避できるというのも分かります・・・。
>「アメリカン・パイ」の宝塚による舞台化
え~~、そんなのも全然知りませんでした。
夢の遊民社のぐらいまでしか日本にいなかったんですよ。
そのあとはしりませんでした~
ふふふ・・見ましたよ~~♪
グラン.パはちょっと若過ぎてイメージが違いましたけど
リューは良かったですね~。
宝塚にも萩尾さんのファンはたくさんいて、中でも小池修一郎氏は「ポーの一族」を舞台化するのが夢らしいけど・・・あれだけは上演して欲しくない~~!
エドガーやアランをやれる現実の子がいるとは思えませんデス。
(あ、小池氏って「エリザベート」上演の演出家です>jesterさん)
演出家が思い入れが強過ぎると、確かに作品を「舞台化」するという思い切りの必要な特殊な作業が、うまくいかないことありますよね。
原作の流れやセリフに縛られ過ぎて舞台上では無理が出たり・・
もちろん『アメリカン・パイ』も見られたのですね~
>エドガーやアランをやれる現実の子がいるとは思えませんデス。
う~ん、ポーの一族はjesterは思い込み強すぎなんで、かなり原作にイメージ近くないと満足できないかも。
大体、エドガーもアランもメリーベルも「年取ってる少年少女」ですもんね。そんな複雑な演技ができる役者っているかしら・・・
アニメでも嫌ですだ。
やっぱり漫画は漫画にしておいて欲しいような気が・・・