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この夏の好著~今井判事の力作

2010年08月02日 | 瑞祥
 先月半ば,毎日新聞の「ひと」欄で,大阪地方裁判所の今井輝幸判事が紹介されました(http://mainichi.jp/select/opinion/hito/news/20100713ddm008070057000c.html)。最高裁判事や高裁長官は別として,下級審の裁判官が全国紙の「ひと」欄に紹介されることはあまり記憶にありません。それほど珍しいことだと思います。
 今井判事が紹介されたのは,当ブログ(平成21年2月10日,5月17日,同月20日各欄)や日本裁判官ネットワークのホームぺージ(http://www.j-j-n.com/,オピニオンjudgeの目その23)で何回か紹介したことのある韓国の国民参与裁判についての論文と,同裁判についての新たな書き下ろし論文を1冊の本にまとめて,出版されたからです。その本の名は,「韓国の国民参与裁判-裁判員裁判に与える示唆-」(イウス出版/発売 成文堂)といいます。この本がとても力作で,ブログ読者の皆さんにも,この夏の読書の1冊に是非加えて頂きたいと考え,紹介させて頂きます。専門家の論文集なのですが,とても読みやすい本です。

 今井判事は,独学で韓国語を勉強し,日本の裁判員裁判より約1年5か月前に実施された韓国の国民参与裁判に,日本の誰よりも早く関心をもち,同裁判を日本に紹介してこられました。しかも,私が感心するのは,今井判事が文献やインターネットで情報を集めて勉強されただけでなく,多忙な中,休暇を使って,実際に韓国に渡り,事前に調べておいた裁判所に出かけ,目指す事件が傍聴券配布事件になるのではないかと心配しながら,どうにか傍聴席に座り,実際の国民参与裁判を最初から最後まで傍聴した上で,レポートされていることです。その行動力には敬服します。本の中の「第7章 初の本格的否認事件を傍聴して」がそのレポートなのですが,とてもリアルな内容で,これを読むと,国民参与裁判の具体例がよく理解できます。また,他の紹介論文も,データを駆使し,国民参与裁判の全体像を多角的に紹介しています。今回書き下ろしをされた「第4章 国民参与裁判の動向」「第5章 裁判員裁判に与える示唆」は,国民参与裁判を研究し,日本でも自ら刑事裁判を担当されている今井判事ならではの整理だと思います。

 このように,国民参与裁判を取り上げる理由として,今井判事は,本のはしがきに「ほぼ同時期に市民の刑事裁判への参加の制度を導入した我が国と韓国が,この分野において緊密に情報や意見を交換していくことは,両国の法の発展のために有益なことであり,一層の交流を図る必要があるという点です。」「我が国の研究者,実務家は,比較法的にはこれまで,欧米諸国に目を向けがちであったと思います。しかし,東アジアの中で特にお隣の韓国の法の発展には,率直に言って目を見張る部分もあり,我が国にとって示唆を与える点が見受けられるようになってきています」と書かれています。そういえば,自分の過去を振り返ってみても,大学や司法試験の勉強の中で,アジア諸国の法律制度や法律実務を学ぶことは皆無に等しかったといえます。法律の体系書に、そうした諸国の法律制度等の紹介が記載されていることもほとんど記憶にありません。しかしながら,成長が著しい国ですから,法律実務の面でも,研究者,法曹がもっと交流しあえるようになれると,日韓の新しい関係を築く一助になるのではないかと思ったりもします。

 なお,冒頭で述べたとおり,私はこの本を読んでみて皆さんに紹介したと思ったのですが,さらに期待を膨らませたのは,今井判事の本の韓国版,すなわち,韓国の判事又は研究者による「日本の裁判員裁判-国民参与裁判に与える示唆-」が出版されないのか,ということです。今井判事の本には,76頁の注(11)に,韓国の大法院が全国の判事836名を対象として行った内部アンケート調査において,国民の刑事裁判参加の制度導入に賛成する者に対し,具体的に導入すべき制度を質問した結果,裁判員裁判は24.2パーセントの支持を集めていたとのデータや,国民参与裁判にとって我が国の裁判員裁判の実施状況が参考になると指摘する韓国の研究者は少なくないとのとの実情が紹介されています。本の出版が実現すれば,先ほど述べた交流はより進むのでしょうね。実は,知らない間に,日本の法廷を見に来られ,もう出版の準備をされている韓国の判事又は研究者がおられるかもしれませんね。

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