BANGER2023.02.27

Netflix映画『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』独占配信中
Netflix配信中作品も! 短編ドキュメンタリー賞
今年も力作ぞろいとなったアカデミー賞ドキュメンタリー部門。後編では「短編ドキュメンタリー賞」のノミネート作紹介と、受賞作の予想、そして選考の傾向を考察する。
『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』
監督:Kartiki Gonsalves インド
Netflixで独占配信中。南インドの先住民族として象使いの村に生まれた男女が、親を失い保護された子象を育てる。先例のない孤児の子象を育てるために二人はいろいろな工夫を凝らし、愛情をこめて象の世話をする。
やがて二人のあいだに愛が芽生え、二人は夫婦になる。子象は成長し、二頭目の孤児子象がやって来る。先住子象は子象の面倒を見るようになり、まるで二頭と二人の家族のような関係になるが、先住子象は別の村にもらわれていくことになり、別れが訪れる。
風景の美しさ、象との暮らし、相手に恵まれなかった二人の象使いが結ばれていく様子などが丁寧に捉えられている。自らカメラも回す監督のデビュー作。
https://www.youtube.com/watch?v=a0J0b_OVa9w&t=1s
『ホールアウト』
監督:Evgenia Arbugaeva/Maxim Arbugaev イギリス・ロシア
<The New Yorker>のYouTubeで配信中(日本語字幕なし)。AFI映画祭とパームスプリング国際短編映画祭で受賞した作品。共同監督のひとりEvgenia Arbugaevaは、2018年のサンダンス映画祭でワールドドキュメンタリー部門の特別審査員賞を受賞している。
ロシアの北極圏にある海岸に建てられた小屋で暮らす一人の男。彼は何かを待っている。ある朝、海辺は折り重なるほどの巨大なセイウチの群れに占拠される。小屋を出ることもできず、屋根に上り、セイウチの観察をするしかない。そして突然、セイウチは去る。残されたのは何十頭ものセイウチの死体。男はその状態を調べていく。
男は海洋生物学者。毎年起こるこの現象を調査しているが、地球温暖化による海洋温暖化によってセイウチたちの行動に変化が起きているという。ミニマムな表現で描かれるドキュメンタリーだが、圧倒的な自然現象をとらえた映像が何よりも力強く訴えかけてくる。
https://www.youtube.com/watch?v=8mKBZ9dy5fQ
『ハウ・ドゥ・ユー・メジャー・ア・イヤー?』
監督:Jay Rosenblatt アメリカ
VIS(ウィーン・インディペンデント短編映画祭)で名誉メンションを受賞。監督はトライベッカ映画祭の常連で、昨年もアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞ノミネートを受けている。
監督自身の娘エラが2歳の時から18歳になるまで、監督が質問しエラが答えるところを撮影するという儀式を続けてきた。夢、恐怖の対象、父と娘の関係について……など、定点観測の手法を使って描かれた、娘の成長記録と父と娘の愛についての物語。
https://www.youtube.com/watch?v=aQdIt3lDD6Q
『マーサ・ミッチェル -誰も信じなかった告発』
監督:Anne Alvergue/Debra McClutchy アメリカ
Netflixで独占配信中。サンダンス映画祭に出品されている。
ニクソン大統領政権下、司法長官を務めたジョン・ミッチェルの妻、マーサ・ミッチェルの評伝的ドキュメンタリー。ニクソンの右腕、弁護士時代からの朋友として政権入りしたジョン・ミッチェルの妻として、ファーストレディよりも活躍したマーサ。よくしゃべり、よく笑い、ヘア・メイクもバッチリと流行の服を着こなし、芸能人ばりのセレブとしてテレビ出演などにも引っ張りだこだった。
硬軟のジャーナリストとも親しく、個人的な付き合いのあるジャーナリストも少なくなかったマーサ。ニクソンの選挙には必ず応援団として尽力し、夫の出世にも大きな影響を与える存在だったが、ウォーターゲート事件の時、情報の漏洩をおそれたニクソン側から“拉致・隔離”されたと告発するも無視され、表舞台から消えていった。その顛末を、証言やフッテージから掘り起こしていくドキュメンタリーである。
2022年はウォーターゲート事件から50年。マーサ・ミッチェルの視点から事件を再構築したドラマがジュリア・ロバーツ主演で作られたりと、マーサにスポットライトが当てられた年だった。
https://www.youtube.com/watch?v=0SYWxQ62AUM
『ストレンジャー・アット・ザ・ゲート』
監督:Joshua Seftel アメリカ
<The New Yorker>のYouTubeで配信中(日本語字幕なし)。トライベッカ映画祭で短編ドキュメンタリー部門の審査員特別メンションを受けた作品。エグゼクティブ・プロデューサーに、ノーベル平和賞受賞者の人権活動家マララ・ユスフザイが加わっている。
米インディアナの田舎町で育ち、高校を卒業して軍に入り、海兵隊員としてアフガニスタンとイラクに派兵され帰還した男性。PTSDを負い苦しむが、ある女性と出会い結婚、娘をもうける。
彼はPTSDと共にイスラム教徒への恐怖症も抱えており、自身の住む町にモスクができることに対して強い恐怖心を抱き、娘の安全を守るためにモスクを爆破するという秘密の計画を立てる。しかし、偵察に行ったモスクで出会ったアフガニスタン難民の一家に受け入れられたことで彼の計画は捨てられ、やがて対話を通して彼はムスリムに改宗することになる。
https://www.youtube.com/watch?v=GPbbl1S6foM
――以上、全10作品のうち、現時点で日本で観られるのは4作品(+2作品)。長編も短編も、さすがにたくさんの壁を乗り越えて最後の5本に残っただけあり、力作ぞろいである。
アカデミー賞ノミネート獲得のコツは?
アカデミー賞ノミネートを獲得すべく、既定地域の劇場で1週間の有料上映にこぎつけるためには目立つ映画祭への出品が第一歩だろう。もちろんその映画祭は、賞を獲ればノミネートの規約をクリアできるところであるのが望ましい。賞は獲れなくても、配給会社をつかんで上映にこぎつけられれば、それもいい。コンテンツが欲しい配信会社が配信権を買ってくれれば製作費も助かるし、必ず観客の目に届くことにもなる。うまくすれば劇場への売り込みに力を貸してくれるかもしれない。
Netflixであれば、自前の劇場をロサンジェルスとニューヨークに持っている。短編を長編と抱き合わせに、もしくは短編同士を組み合わせて上映、などということも自前の劇場ならできるだろう。ハリウッドメジャーも配信部門を強化したいと考えているところで、コンテンツとしてドキュメンタリーにも目を向けるようになってきたのではないか。
HBOは、もともとテレビ映画としてドキュメンタリーも製作していたが、親会社ワーナーがディスカバリーと組んだためにドキュメンタリー分野への進出をさらに進めるだろうし、ディズニーもナショナルジオグラフィック系のドキュメンタリーに力を入れてくるのではないだろうか。今回のノミネート作品にNetflixとHBOが関係した作品が多いのは、そんな理由もあるのだと思う。
受賞作予想のヒントは“アメリカ”にあり?
では受賞の予想はというと、ドキュメンタリー映画部門はアメリカ以外の国の作品も上がってくる。映画祭での受賞作がノミネート資格を得るからだ。ショートリストから本選に絞る委員はドキュメンタリーを見慣れているし、海外のドキュメンタリーにも通じているので、ノミネート作品にはバランスよく各国の作品が混ざることになる。しかし、多様化を図っているとはいえ、圧倒的にアメリカ人会員が多いアカデミー全会員による投票で選ばれる受賞作は、どちらかというとアメリカの今抱えている、つまり投票者にとって身近な問題を扱った作品になることが多い。
そう考えて受賞作を予想してみると、長編は『オール・ザ・ビューティ・アンド・ブラッドシェッド』、短編は『マーサ・ミッチェル -誰も信じなかった告発』か『ストレンジャー・アット・ザ・ゲート』だろうか。筆者の個人的な好みとしては『オール・ザット・ブレス』『ホールアウト』がドキュメンタリーとしていい作品だと思う。さて、結果はどうなるのだろう。
日本で劇場公開された作品は『ナワリヌイ』だけだが、ストリーミングという新しいメディアのおかげで日本でも見られる作品が増えたのは喜ばしい。授賞式の前にチェックしてみてはいかがだろう。
文:まつかわゆま
https://www.banger.jp/movie/93121/