japan-indepth2023/2/27
山崎真二(時事通信社元外信部長)
【まとめ】
・昨年暮れ、カスティジョ大統領(当時)罷免後にペルー全土で吹き荒れた抗議デモは沈静化しているが再発の可能性がある。
・国民の間には政治不信、とりわけ国会に対する信頼感の欠如が著しい。
・ボルアルテ現政権は事態打開のため、今年10月の総選挙実施を提案するも国会で否決。
■既存の政治体制打破への動きも
昨年12月7日、カスティジョ大統領(当時)が議会で罷免され、身柄を拘束されたことをきっかけに発生した大規模な反政府抗議デモは本稿執筆現在(2月末)、表面的には沈静化している。
カステイジョ氏失脚後に就任したボルアルテ大統領が軍・警察を動員し、ひとまず力で抑え込んだ格好だ。とはいえ、首都リマには依然として非常事態事態宣言が出されているほか、死者60人以上を出した騒乱の中心舞台となった南部7州も同宣言下に置かれたまま。
ペルーの多くのメディア報道によれば、カスティジョ前大統領の解放、ボルアルテ大統領の辞任などを叫ぶ労働者、先住民系市民、地方の農民らの声が収まる気配はない。治安当局のデモ鎮圧作戦で多数の犠牲者が出たことへの政府の責任を追及する動きも強まっている。いつまた、大規模な騒乱が起きても不思議ではない状況である。当初のカスティジョ大統領罷免への直接的抗議行動から既存の政治体制の打破を目指す動きもみられる。
■国民の間に根強い政治不信
この背景には国民の間に根強い政治不信があることが挙げられる。ペルー政界にはびこる汚職や不正への憤りと失望は大きい。2000年初めから現在までに6人の大統領経験者が汚職事件などに絡み、訴追あるいは、捜査対象になるという異常事態。しかも、数多くの有力政治家の不正や収賄疑惑が浮上した。
2020年に当時のビスカラ大統領が州知事時代の収賄容疑で議会で罷免された際、「自分が罷免されるというなら、130人の国会議員のうち、検察当局の汚職容疑の対象になっている68人も辞任すべきだ」と語ったのは同国政界では有名な話。政治家への不信もさることながら、ここ数年は国会に対する国民の信頼感が著しく欠如している点が目立つ。一昨年来、リマの有力世論調査機関が実施している国会への信頼度を問う調査では「信頼している」がおおむね10%前後に対し90%が「信頼していない」と答えている。「多くの国民が政治混迷の責任の大半は国会にあるとみている」(リマの政治アナリスト)という指摘は説得力を持つ。
■高まる新憲法制定要求の声
デモ参加者の多くが、カスティジョ前大統領の解放とボルアルテ現大統領の辞任のほか、現在の国会の解散と総選挙の早期実施を要求しているのはこのような事情があるからだ。1993年のフジモリ元大統領時代に制定された現行憲法に代わる新憲法制定のための制憲議会設置を求める声も高まっている。
「政治や社会制度を根本から変えなければペルーの政治腐敗や混乱はいつまでも続くのだから、新たな憲法が不可欠」(ペルー・カトリカ大政治学者)という主張がそうした声を後押しする。
リマの有力メディアによれば、ボルアルテ大統領も、総選挙の早期実現や現行憲法の全面改定が政情混迷の打開のカギと認識している。ペルー国会では昨年12月の“政変”後、大統領選を含む次期総選挙を本来の2026年ではなく、24年4月に前倒しする憲法改正案を可決したが、同大統領はさらに選挙を早め今年10月に実施することを提案した。
しかし、今月初め議会で否決されてしまった。カステジョ前大統領のかつての出身母体「ペルー・リブレ」(PL)が総選挙の前倒しと制憲議会設置の国民投票実施を組み合わせた案を提出したが、これも議会で不成立に終わった。総選挙の早期実現をめぐる大統領と国会の動きが当面のペルー政治の行方を左右することになるだろう。
(了)
トップ写真:アレハンドロ・ベラスコ・アステテ国際空港への道を封鎖するデモ参加者に立ち向かう警察(2023年1月11日 ペルー、クスコ)出典: Photo by Michael Bednar/Getty Images
https://japan-indepth.jp/?p=73652
山崎真二(時事通信社元外信部長)
【まとめ】
・昨年暮れ、カスティジョ大統領(当時)罷免後にペルー全土で吹き荒れた抗議デモは沈静化しているが再発の可能性がある。
・国民の間には政治不信、とりわけ国会に対する信頼感の欠如が著しい。
・ボルアルテ現政権は事態打開のため、今年10月の総選挙実施を提案するも国会で否決。
■既存の政治体制打破への動きも
昨年12月7日、カスティジョ大統領(当時)が議会で罷免され、身柄を拘束されたことをきっかけに発生した大規模な反政府抗議デモは本稿執筆現在(2月末)、表面的には沈静化している。
カステイジョ氏失脚後に就任したボルアルテ大統領が軍・警察を動員し、ひとまず力で抑え込んだ格好だ。とはいえ、首都リマには依然として非常事態事態宣言が出されているほか、死者60人以上を出した騒乱の中心舞台となった南部7州も同宣言下に置かれたまま。
ペルーの多くのメディア報道によれば、カスティジョ前大統領の解放、ボルアルテ大統領の辞任などを叫ぶ労働者、先住民系市民、地方の農民らの声が収まる気配はない。治安当局のデモ鎮圧作戦で多数の犠牲者が出たことへの政府の責任を追及する動きも強まっている。いつまた、大規模な騒乱が起きても不思議ではない状況である。当初のカスティジョ大統領罷免への直接的抗議行動から既存の政治体制の打破を目指す動きもみられる。
■国民の間に根強い政治不信
この背景には国民の間に根強い政治不信があることが挙げられる。ペルー政界にはびこる汚職や不正への憤りと失望は大きい。2000年初めから現在までに6人の大統領経験者が汚職事件などに絡み、訴追あるいは、捜査対象になるという異常事態。しかも、数多くの有力政治家の不正や収賄疑惑が浮上した。
2020年に当時のビスカラ大統領が州知事時代の収賄容疑で議会で罷免された際、「自分が罷免されるというなら、130人の国会議員のうち、検察当局の汚職容疑の対象になっている68人も辞任すべきだ」と語ったのは同国政界では有名な話。政治家への不信もさることながら、ここ数年は国会に対する国民の信頼感が著しく欠如している点が目立つ。一昨年来、リマの有力世論調査機関が実施している国会への信頼度を問う調査では「信頼している」がおおむね10%前後に対し90%が「信頼していない」と答えている。「多くの国民が政治混迷の責任の大半は国会にあるとみている」(リマの政治アナリスト)という指摘は説得力を持つ。
■高まる新憲法制定要求の声
デモ参加者の多くが、カスティジョ前大統領の解放とボルアルテ現大統領の辞任のほか、現在の国会の解散と総選挙の早期実施を要求しているのはこのような事情があるからだ。1993年のフジモリ元大統領時代に制定された現行憲法に代わる新憲法制定のための制憲議会設置を求める声も高まっている。
「政治や社会制度を根本から変えなければペルーの政治腐敗や混乱はいつまでも続くのだから、新たな憲法が不可欠」(ペルー・カトリカ大政治学者)という主張がそうした声を後押しする。
リマの有力メディアによれば、ボルアルテ大統領も、総選挙の早期実現や現行憲法の全面改定が政情混迷の打開のカギと認識している。ペルー国会では昨年12月の“政変”後、大統領選を含む次期総選挙を本来の2026年ではなく、24年4月に前倒しする憲法改正案を可決したが、同大統領はさらに選挙を早め今年10月に実施することを提案した。
しかし、今月初め議会で否決されてしまった。カステジョ前大統領のかつての出身母体「ペルー・リブレ」(PL)が総選挙の前倒しと制憲議会設置の国民投票実施を組み合わせた案を提出したが、これも議会で不成立に終わった。総選挙の早期実現をめぐる大統領と国会の動きが当面のペルー政治の行方を左右することになるだろう。
(了)
トップ写真:アレハンドロ・ベラスコ・アステテ国際空港への道を封鎖するデモ参加者に立ち向かう警察(2023年1月11日 ペルー、クスコ)出典: Photo by Michael Bednar/Getty Images
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