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やせるには、どうすればいいのか。科学ジャーナリストの生田哲さんは「運動をすればやせられるとは限らない。アメリカ国立衛生研究所の調査によると、カロリー制限と運動を並行した人はうまくやせられなかった」という――。(第4回)
※本稿は、生田哲『「健康神話」を科学的に検証する』(草思社)の一部を再編集したものです。
運動とカロリー制限を組み合わせればやせられるのか
普段、私たちが何気なくしている行動、たとえば、息をするにも、考えるにも、体を動かすにも、エネルギーを消費している。このエネルギーは、私たちが口にする食べ物を栄養素として体内に取り入れ、酸化することで得られる。この酸化プロセスのことを代謝という。
代謝が順調に進まない、あるいは、エネルギーとして消費されなかった栄養素が体内で脂肪として蓄積する。肥満は健康を脅かし、生活の質の低下を招く。そこで、肥満・代謝についての流行や常識を検証していこう。
【神話】
厳格なカロリー制限+激しい運動で効果的にやせられる
厳格なカロリー制限だけだと、やせるのに失敗することが多いことが知られている。失敗の原因のひとつは、筋肉が落ちて基礎代謝が低下したことにある。それなら、厳格なカロリー制限をしながら激しい運動をすれば、筋肉が維持されるので、体重を落とすことに成功するのではないか。
【科学的に検証】
ウソである。
このダイエット方法は論理的に正しいようなので、成功するように思える。だが、実際にやってみると難しいことが、アメリカで証明済みである。肥満大国アメリカにふさわしいとしかいえないTV番組が、NBC放送のリアリティ番組「ビッゲスト・ルーザー(The Biggest Loser、最大の敗者)」だ。番組の内容は、肥満者が猛烈に努力することで、どれだけの体重を短期間に落とせるかを競うというもの(*1)。
この番組から得られた最大の教訓は、厳格なカロリー制限と激しい運動の組み合わせによって、体重が短期間に、しかも顕著に落ちることである。ここまでは予測通りである。問題はその後、この番組の参加者が、どうなったかである。
(*1)「The Biggest Loser(最大の敗者)」は2004年に始まり10年以上続いたNBC放送の人気番組である。
体重が急激に減少するダイエットはなぜ失敗するのか
数年後、いくつかのメディアが彼らを追跡し、こう報じた。彼らの体重が回復し、代謝が低下したこと、そして長期にわたる体重減少を目指した彼らの努力はムダだった、と。この番組の結果に注目したのはメディアばかりではない。結果は科学者の注意を引き、科学的に分析された結果は、一連の論文として発表された(*2)。
「The Biggest Loser」という番組は、競技者が厳格なカロリー制限と1日数時間に及ぶ激しい運動によって、どれだけ体重を落としたかを競うコンテストである。通常、勝利者は2~3カ月間で体重を40~50kgも落とすことに成功する。この急激な体重減少に興味を抱いたのが、NIH(アメリカ国立衛生研究所)の糖尿病・消化・腎臓病部門の責任者で、食事と運動によって代謝と脳がどのように変化するかを研究し、顕著な実績を挙げているケビン・ホール博士である。
ホール博士は、効果的にやせる方法を思案していた。なぜ、ダイエットに失敗するのか? 厳格なカロリー制限によって体重が急激に減少すると、筋肉を失うため、基礎代謝が著しく低下し、体が燃やすエネルギーが減少するからではないのか?
そんなある日、ホール博士の脳裏に、こんな仮説が浮かんだ。厳格なカロリー制限をするだけでなく、それと同時に激しい運動をすれば、筋肉を保つことができるので、基礎代謝を維持できるのではないか、と。
(*2)Hall KD. Energy compensation and metabolic adaptation: “The Biggest Loser” study reinterpreted. Obesity, 23 November 2021 PMID: 34816627
筋肉量に関わらず基礎代謝は低下していた
この仮説を検証するために、ホール博士と彼の仲間はふたつのグループを比較した(*3)。
ひとつは、胃バイパス手術を受けて摂取カロリーを減らすことによって体重を大幅に落とした男女16人。もうひとつは、激しい運動と厳格なカロリー制限をすることで体重を大幅に落とした「The Biggest Loser」の競技者16人。結果はこうなった。胃バイパス手術のグループは、脂肪だけでなく筋肉量も低下していたが、「The Biggest Loser」の競技者グループは主に脂肪量だけが落ち、筋肉量は維持されていた。ここまでは予測通りである。
しかし意外な発見があった。それは、基礎代謝は筋肉量の多少にかかわらず、全員がほぼ同じだけ低下していたことである。驚くべき結果である。筋肉量が維持される、維持されないに関係なく、基礎代謝はほぼ同じだけ低下していた。
体重が低下したときに基礎代謝が低下することを「代謝適応」と呼んでいる。代謝適応は生物が生き残るためのしくみであるため、必ず起こる。しかも、代謝適応は体重が低下してから数年も続くと考えられている。それなら、「The Biggest Loser」の競技者は、数年後も、基礎代謝が低下した状態のままなのか?
そこで番組の収録が終わって6年後に、競技者の低下した基礎代謝が回復していることを期待して、同じ人たち14人を再調査した(*4)。
(*3)Knuth ND et al. Metabolic adaptation following massive weight loss is related to the degree of energy imbalance and changes in circulating leptin. Obesity, 2014 Dec; 22(12):2563-9. PMID: 25236175
(*4)Fothergill E et al. Persistent metabolic adaptation 6 years after “The Biggest Loser” competition. Obesity, 2016 Aug; 24(8):1612-9. PMID: 27136388
基礎代謝がもっとも低下した人は、もっとも運動した人
結果は、「厳格なカロリー制限+激しい運動」をやめてから、たいていの競技者は、体重が増え、基礎代謝も上昇していた。基礎代謝の上昇した程度は、体重の重い人は軽い人よりも顕著であった。だが、彼らの基礎代謝は、番組に参加する前にくらべ、平均500kcal/日も低かった。
その翌年追跡調査が行われ、こんな結論が得られた。競技者の体重の増加について、運動した人は運動しなかった人にくらべ、やや少なかった。たとえば、ほぼ毎日80分間運動した人は、あまり運動しなかった人にくらべ、体重増加は2~3kg少なかった。要するに、運動は体重にそれほど影響しないという結論になる。しかも、運動しても基礎代謝は上昇しなかった。じつに、基礎代謝が相対的に最も低下したのは、最も運動した人なのである。
この結果に面食らわない人はいないだろう。ホール博士もひどく困惑した。困惑しないはずがない。運動する理由は筋肉をつけて基礎代謝を高めるためとされているが、実際には運動すると基礎代謝が低下するというのだから。運動する意味はどこにあるのか、ということになる。
運動量と消費エネルギーはどう関係しているのか
【神話】
運動によって基礎代謝が上がる
前項で運動すると基礎代謝が低下したという事実を知っても、まだ信じられないあなた。運動によって筋肉量を増やせば、基礎代謝が上がり、体重が減ると信じるからこそ、家の周りを走り、ジムでトレッドミルに乗り、筋トレに励むのではなかったか。運動によって基礎代謝が上がるはずと皆が信じてきたが、これに疑問符がついている。
【科学的検証】
ウソである
ヒトの代謝について、これまでの考え方を抜本的に考え直さねばならなくなったようである。2012年のこと、新しいアイディアが提案された。これは、ニューヨークにあるハンターカレッジの人類学者ハーマン・ポンツァー教授(現在、デューク大学)のグループが発表したもので、体を動かしても動かさなくても、消費エネルギーの総量は変わらない、という。
今、このアイディアは、世界の代謝研究に強い影響を及ぼし始めている(*5)。ポンツァー教授のグループが、どのようにしてこのアイディアに到達したかというと、ハヅァ族の生活様式、基礎代謝量、身体活動、消費エネルギーを調査して得た結果からである(*6)。
(*5)Pontzer H et al. Hunter-Gatherer Energetics and Human Obesity. PLoS ONE 2012. 7 (7): e40503.PMID: 22848382
(*6)Pontzer H et al. Constrained Total Energy Expenditure and Metabolic Adaptation to Physical Activity in Adult Humans. Curr Biol. 2016 February 8; 26(3): 410–417 PMID: 26832439
運動量に関わらず消費エネルギー量は一定だった
ハヅァ族は、東アフリカにあるタンザニア北部のサバンナに住む先住民族で、何千年もの間、基本的な生活様式をほとんど変えることなく生きてきた。彼らは車や銃などの助けを借りず、弓、小さな斧、棒を使い狩りをする。今も活発な狩猟採集生活を営むハヅァ族は、食料を得るため、毎日、ランニングを2時間、ウォーキングを数時間行っている世界でも数少ない民族である。
ポンツァー教授のグループがハヅァ族の生活様式、基礎代謝量、身体活動、消費エネルギーを西欧文明社会に住む人々と比較したところ、基礎代謝と活動代謝による消費エネルギーの総量は、あまり体を動かさずに生活している私たちのそれとほぼ同じであった。
驚きの事実が明らかになった。体を動かしても動かさなくても、長期的には同じだけのエネルギーを消費する。「消費エネルギーの総量は一定」という、この事実をどう説明するのか。そこで、こんな仮説が立てられた(*6)。
ハヅァ族は食べ物を捕獲するために、毎日、野原を走り回って大量のエネルギーを消費するが、彼らの体は、この過剰な分を成長など他の生理的な活動を抑えることによって帳尻を合わせている、と(制限的モデル)。身体活動でエネルギーを大量に消費する分を、背丈を伸ばさないことによって抑えているという説明である。これでハヅァ族の人々が細身で引き締まった体つきであること、とりわけ小柄であることも納得できる。
運動が長期にわたれば消費エネルギーが減少する
彼らがジャガイモや獲物を探してどれだけ野原を駆けめぐろうと、毎日の消費エネルギーの総量は一定に保たれる。この考えを「総エネルギー消費量抑制」理論と呼んでいる。運動(身体活動)と総エネルギー消費量の長期にわたる関係は、現段階では明らかになっていない。これまでは加算的モデルが受け入れられ、運動が増えれば、総エネルギー消費量も増えると考えられてきた。
だが、今回、提案された制限的モデルでは、運動が長期にわたって増えれば、他の生理的活動に消費するエネルギーを減少させることで、総エネルギー消費量を一定に保つのである。
「総エネルギー消費量抑制」を踏まえて「The Biggest Loser」の結果を見ていくと、競技者の代謝は狩猟採集者のそれとよく似ていることがわかる。カギは基礎代謝である。「The Biggest Loser」の収録初期のころから彼らの基礎代謝は落ち込んだ。彼らの摂取カロリーが大幅に削減されたとき、飢餓を避けるために、体は消費エネルギーを減らしたのである。数年後、かつての食事に戻っても、基礎代謝は依然として低いままである。これは、私たちの直感と真逆の結論である。
それにもかかわらず、私たちの多くはいまだに運動を続けている。「The Biggest Loser」のデータを新たに分析したホール博士は、こういう。「頻繁に運動すると基礎代謝が低下し、そのままの状態が続きます。すると1日の総エネルギー消費量は抑制されます。それから「The Biggest Loser」のデータは、「総エネルギー消費量の抑制」理論を説明するための好例になっているのです」
極端にカロリーを落とすと激しい運動は逆効果に
ここまで「The Biggest Loser」の物語を紹介してきた。この物語から体重をコントロールしようと試みる私たちは、何を学ぶのか。最も重要な発見は、体重を急激に(つまり短期間に大幅に)減少させる戦略は、成功するどころか、かえって裏目に出るということ。なぜならば、ハヅァ族の人々の背丈を伸ばさないことによって消費エネルギーを抑える例からわかるように、この戦略は基礎代謝を私たちの予想以上に低下させるからである。
しかし、体重を徐々に低下させると、基礎代謝の低下はより小さくなる。ふたつめの発見は、「厳格なカロリー制限+激しい運動」によって体重を急激に落とすと、激しい運動は基礎代謝を低下させ、落ちた体重をもとに戻す手助けをすることである。カロリーを極端に落とした場合、激しい運動は逆効果になる。
しかし、運動にはプラスの面もある。ホール博士は、長期にわたるランニングによって体重コントロールを試みる人は、基礎代謝は低下するが、脂肪の蓄積を防ぐ効果がある、と述べている。「The Biggest Loser」の競技者のうち、最もたくさん運動した人は、基礎代謝が最も低下したにもかかわらず、体重の回復の程度は最も低かった。運動によって活動代謝が増えたからである。
それでも運動している人は健康になれる
体重を一定に保つために、私たちはどのように運動すべきか?
NIHで重要な役職にあり、肥満にはとくに詳しいホール博士でさえ、この問いに対し「まだわからない」と答えている。運動は短期間では基礎代謝を高めるが、長期になると基礎代謝を低下させる。それなら、私たちは運動をする必要はないのか? Yes.必要だ。
私たち人間にとって運動は欠かせない。その根拠は、私たち人間は動物であって植物ではないというアイデンティティにある。運動の効果を具体的に挙げると、ストレスや不安を解消し、過食を防ぐなど、私たちの食欲に影響を及ぼすばかりか、ブドウ糖の筋肉への取り込みを促進し、炎症を抑え、血糖値を安定化させる、脂肪を燃やし、糖尿病を防ぐ。これらの効果により、心筋梗塞や狭心症、脳梗塞や脳出血などの血管系の病気を防ぐ効果がある。
他にも、夜、熟睡できる、気分がよくなる、自尊心が高まるなど、多くの利点がある。「The Biggest Loser」の競技者は、落とした体重をほぼ取り戻したとはいえ、完全に元に戻ったわけではない。6年後、彼らの体重は番組に参加する前にくらべ、12%低下していた。これは有意な差である。そして最も成功した人は、今も運動している人たちなのである。
---------- 生田 哲(いくた・さとし) 科学ジャーナリスト 1955年、北海道に生まれる。薬学博士。がん、糖尿病、遺伝子研究で有名なシティ・オブ・ホープ研究所、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)などの博士研究員、1986年から91年までイリノイ工科大学助教授を務める。遺伝子の構造やドラッグデザインをテーマに研究生活を送る。現在は日本で、生化学、医学、薬学、教育を中心とする執筆活動や講演活動、脳と栄養に関する研究とコンサルティング活動を行う。著書に、『遺伝子のスイッチ』(東洋経済新報社)、『心と体を健康にする腸内細菌と脳の真実』(育鵬社)、『ビタミンCの大量摂取がカゼを防ぎ、がんに効く』(講談社)、『よみがえる脳』(SBクリエイティブ)、『子どもの脳は食べ物で変わる』(PHP研究所)、『「健康神話」を科学的に検証する』(草思社)など多数。 ----------
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