サライ2022/9/6
文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)

モニュメント・バレー
アリゾナ州とユタ州の境目あたりにあるモニュメント・バレーは西部劇映画の歴史的傑作『駅馬車』(1939年、原題: Stagecoach)の撮影が行われた場所である。ジョン・フォード監督は当時無名だったジョン・ウェインをこの作品で初めて主役に抜擢し、以後このコンビによる数多くの西部劇映画が作られるきっかけとなった。
そんな古い映画なんて知らないよ、という人でも、1994年公開の『フォレスト・ガンプ』(原題: Forrest Gump)なら覚えているかもしれない。北米大陸を何往復も走り続けたフォレストが、「疲れた。家に帰りたい」と、いつの間にか増えていた追随者たちに言い残して立ち去るシーンの背景にあるのがモニュメント・バレーである。
展望台がひとつあるだけの部族公園
映画ファンでなくても、モニュメント・バレーはアメリカ西部を象徴する景観だと言えるだろう。まるで大海原のように広がった砂漠に聳え立つ3つの巨大な岩はピュートと呼ばれている。大昔からの浸食によってできたものだ。はるか遠くから見えていた岩は、近づくにつれて巨大さが明らかになってくる。岩というよりは、それぞれが山のような印象を受ける。
赤茶けた色の岩石がつくる眺望は夜明けと日没時に最も美しい時を迎える。夕陽に照らされて刻々と色を変えていく岩、日の出とともに輪郭が金色に染まる岩、神秘的としか表現しようがない光景なのだ。
自然の景観を比較することは無意味かもしれない。しかし、あえてそれをするならば、モニュメント・バレーはアメリカのみならず世界的にも有名なグランド・キャニオンやヨセミテより、はるかに雄大であり、そして美しい。私はそう思っている。
ところが、である。そのモニュメント・バレーには観光スポットとしての利便性はまったくない。近くには大きな町がなく、公園までは国道が一本通じているだけだ。なぜなら、そこはナバホ・ネイションと呼ばれる北米大陸先住民族の保留地にあり、米国の国立公園ではないからである。
正式名称「モニュメント・バレー・ナバホ部族公園」(Monument Valley Navajo Tribal Park)はその名の通り、ナバホ族の運営によるものである。公園内にはホテルと土産物屋が1軒ずつ、他には展望台しかない。2022年6月時点での入場料は8ドル(約1,000円)だった。園内にはアトラクションのようなものは一切ない。ただ展望台から岩々を眺めることができるだけだ。
周辺を車で回ることはできるが(1周約27キロ)、すべて未舗装の道である。SUVやジープではない普通の乗用車で行けなくもないが、かなり厳しいドライブになるだろう。
観光地化が進まないことで残る絶景
ナバホ・ネイションは米国の南西部(アリゾナ、ユタ、ニューメキシコ)にまたがる、この国最大の先住民保留地である。北海道ほどの広さに、人口は約17万人であるといわれている。米国連邦政府の下に部族政府が存在する、ナバホ族の準自治領だ。
ナバホ・ネイション内にはモニュメント・バレーの他にもホースシュー・ベンドやアンテロープ・キャニオンといった絶景スポットがいくつか点在している。やはりナバホ族の運営によるものだ。最近は所謂「インスタ映え」のする風景として知名度が高まってきてはいるものの、観光地化は必要最低限なレベルに留まっている。
例えば、ホースシュー・ベンドを眺めるスポットへは駐車場から未舗装の砂利道を1キロほど歩かなくてはいけないし、周りには売店やレストランはおろか、自販機すらない。柵やベンチがあるところも限られていて、訪れる人の多くは岩の上に立つか座るかして、この絶景を眺める。
このことがナバホ族の自然観によるものか、あるいは経済基盤が弱いためか、筆者には判断することはできない。数千年前から北米大陸に居住していたナバホ族は米国合衆国との長い戦いの末、1868年に和平条約を結んだ。ナバホ族が保留地内に留まるという条件において、合衆国政府による経済支援とナバホ族による一定の自治権を定めた条約は現在も生きている。
今年3月に亡くなった野田知佑さんはカヌーイストとして有名だが、フリーライターとしての初仕事はナバホ族保留地に数か月滞在することだった。そのときの体験は野田さんの著書『ゆらゆらとユーコン』にある「ナバホの話」という一章に詳しい。川をとりまくウェットな自然をこよなく愛した野田さんが乾燥しきった荒野で当惑する姿が生き生きと描かれているうえ、ナバホ族への深い共感と考察を垣間見ることができる興味深い文章だ。野田さんのご冥福をお祈りするとともに、一読をお奨めする。
「モニュメント・バレー・ナバホ部族公園」(Monument Valley Navajo Tribal Park)
住所:P.O. Box 360289, Monument Valley, UT 84536
電話:+1 435 727 5874
公式ホームページ: https://navajonationparks.org/navajo-tribal-parks/monument-valley/
文・角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。
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