現代ビジネス9/18(日) 16:33配信
漫画に親しんだ幼少期
好きな本は無数にありますが、幼少期から現在まで私に影響を与えてきたのは、同時代を彩った数々の漫画作品です。
小学校時代には、最初は少女漫画を読んでいたのですが、当時は貧乏な女の子が家族を失い、やがて救われるといった内容の作品が多く、幅が感じられませんでした。
一方、たまに読む同時代の少年漫画には、そのつど心を躍らせていました。当初はなかなか自分で買えず、親戚の家や学校で回し読みをする感じでしたが、読めば読むほど、冒険活劇物の世界に夢中になったんです。
特に影響が大きかったのは、ちばてつやさんや石ノ森章太郎さんの作品です。当時は今と比較して、漫画の社会的な地位は決して高いとは言えませんでした。でも、その内容自体は決して低俗なものではありません。
『紫電改のタカ』であれば太平洋戦争末期の海軍の状況、『サイボーグ009』であれば'60年代当時の人種問題やベトナム戦争など、実際の社会と関連したテーマが扱われ、それぞれ作者が綿密に調査を行ったことが感じられました。
また、「漫画には作者がいる」ことを実感するようになったのはこの頃です。『紫電改のタカ』は主人公の青年兵の内面にすっと入っていく感じでしたが、『サイボーグ009』は戦いのシーンなど、明らかに描き手である石ノ森さんが力を入れている画が随所に感じられ、子ども心にも「これを見せたいんだな」と思えました。
大友克洋さんに魅了され
それから大学を卒業するまでは、漫画をそこまで集中的に読んではいなかったのですが、'80年代になって再びその世界に夢中になりました。
当時の漫画界の流れを変革した存在として知られているのは、大友克洋さんです。『童夢』をはじめ、大友さんの画はとにかく写実的です。それまでの漫画における風景は、基本的には物語の説明という側面が大きく、そこまで立体的ではなかったと思います。ですが大友さんは、直接物語に寄与することはなくても、ひとつひとつの風景を綿密に描き出しました。
ここから始まる漫画のイメージの変革は大きく、漫画史には「大友以前/以後」という区分が生まれたとも言われます。
逆に、画の生み出す想像性を駆使して、独自の世界を編み出す漫画家も少なくありません。楳図かずおさんはその筆頭で、『赤んぼ少女』はとにかくその絵柄が怖かった。
『漂流教室』はある程度、楳図さんの画風に慣れた後だったので、そこまで恐怖心を覚えずに読めました。また、少年たちが荒れ果てた未来の世界に学校の校舎ごと送られ、どうにか生き延びようとする姿を描く物語の面白さに熱中しました。
勝負の持つ残酷さを感じた2作品
『SLAM DUNK』は文字通り、高校生たちが持てる力のすべてをバスケに注ぎ込む姿に魅了されました。印象に残ったのは、負けて競技場を去る人たちの物語を詳細に描いていることですね。バスケには当然勝ち負けはありますが、試合に臨む人たちにどのような思いや背景があるのかを丹念に描くことで、スポーツの持つ真剣さや残酷さが伝わってくる。
「残酷さ」で言えば、剣に生き、命を懸けて斬り合いに臨む男たちを描いた『バガボンド』はよりそれが際立っています。
漫画以外で好きな本を挙げるなら、「般若心経」になります。読んだきっかけは、両親が病気になったことです。心の平安を得てほしいと思い、仏教の存在が思い浮かびました。そこで、まず自分が勉強しようと思い、色々な関連書を手に取りましたが、その中でも「般若心経」は面白かった。
というのは、仏教の本というよりも、「自分たちがどう生きるか」の心構えを教えてくれる本だということに気づいたからです。世の中のすべてのものは「空」であり実体がないこと、そして、すべてが「空」であると理解することで、生きる上での煩悩がなくなると説く。わずかな字数ながら、書かれている内容はとても豊かでした。
その後、「般若心経」の解読本を書き、仏教の説話集を新訳するなど、仏教の言葉を自分の「詩」の言葉に昇華させることが私の中で大きなテーマになりました。
このような影響関係はどの世界にもありますし、漫画の世界もまたさまざまな作家の相互作用によって成り立っています。たとえば最近、『ゴールデンカムイ』に、同じくアイヌ民族が登場するちばてつやさんの『ユキの太陽』の影響を感じたこともありました。
漫画を読み、一見ばらばらに見える世界のつながりを感じられた時はとても幸せな気持ちになります。
伊藤比呂美(いとう・ひろみ)/1955年東京都生まれ。『草木の空』でデビュー。1980年代の女性詩ブームを牽引する。著書に『良いおっぱい 悪いおっぱい』『ラニーニャ』(野間文芸新人賞)『河原荒草』(高見順賞)等多数
(取材・文/若林良)
https://news.yahoo.co.jp/articles/68912830eda534f819645f725c057e1adca13e1d?page=1