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知里幸恵記念館の新館長に木原仁美さん 「アイヌ文化に興味持つ人増やしたい」

2022-05-29 | アイヌ民族関連
北海道新聞05/28 18:48 更新

「知里幸恵 銀のしずく記念館」館長に就任した木原仁美さん
 【登別】明治から大正期のアイヌ文化伝承者の知里幸恵が生まれた登別市の「知里幸恵 銀のしずく記念館」の3代目館長に28日、アイヌ文化交流センター(東京)所長代理の木原仁美さん(47)が就任した。木原さんは記者会見で「幸恵さんの活動を通してアイヌ文化に興味を持つ人を増やしたい」と抱負を述べた。
 木原さんは登別市生まれの東京育ちで、「アイヌ神謡集」を著した幸恵のめいで初代館長だった故横山むつみさんの長女。アイヌ文化交流センター所長代理と兼任して千葉県の自宅からリモートワークで業務に当たる。
 今年は幸恵の没後100年にあたる。木原さんは「多くの実物資料が見られるのが記念館の魅力。重責を果たせるよう、前向きな気持ちで頑張りたい」と話した。(渡辺愛梨、高木乃梨子)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/686713

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<平取 二風谷アイヌクラフトの挑戦>下 コシノさんと未来探る

2022-05-29 | アイヌ民族関連
北海道新聞05/28 09:44

日高管内平取町を初めて訪れたコシノジュンコさん。二風谷小児童にデザインの指導をして交流した=2020年10月
 「全て『手』で作っていて機械化されていない作業が、人間そのものを感じさせる」。二風谷アイヌクラフトプロジェクトの総合デザインディレクター、コシノジュンコさんは2020年10月、初めて訪れた日高管内平取町二風谷で、工芸家が木彫やアットゥシ(樹皮の布)織りをする姿を間近で見て感動した。
■熱く語る魅力
 さらに「アイヌ文様は、ものすごく計算された幾何学模様でとても不思議。どこまでも模様が続いていくのがすごい」と熱く語る。
 コシノさんが初めてアイヌ工芸品と出合ったのは40年ほど前。骨董(こっとう)品店で民族衣装を買った。「芸術的で、現代的衣装や洋服とは次元が違い、素朴で民族的。長い歴史と手作りの深い味が残っている。ミシンで縫った跡もなく、人の気持ちが込められた衣装でした」
 その後も何度かアイヌ民族衣装を着る機会があり、「これをそのままにしておくのはもったいない」とアイヌ工芸と現代デザインの融合を考えるようになった。コシノさんは、工芸家とデザイナーらが手を組むプロジェクトについて「異業種と交流する新しい挑戦はとても有効」と強調する。
 息子でコシノさんの会社「JUNKO KOSHINO」の常務、鈴木順之さん(41)は、プロジェクトで工芸家やデザイナーらと連絡を取り合い、デザインや価格設定を話し合った。「購入者の中にはアイヌ民族に興味はあるが詳しくない人もいる。生活に溶け込める物を作り、手の届く値段で売ることが必要だと考えました」と振り返る。
■商品PR強化
 昨年度、エゾシカ革をアットゥシで装飾したベルトを東京芸術大の大学院生と共同開発したアイヌ工芸家の柴田幸宏さん(33)はその後、アットゥシのネクタイやマスク、ギターストラップを試作。「日常で使える物は多くの人の手に取ってもらえる。今後もいろんな商品を作って、木の皮の素材の魅力を伝えたい」と張り切る。工芸家は確実に意識を変え、新たな可能性を模索し始めている。
 3年目となるプロジェクトは本年度も、工芸家と商品開発に挑むデザイナーらを公募する。遠藤桂一町長は2年間で見えた課題を「商品をもっと広く知ってもらう努力が必要」と語り、宣伝を強化する考えだ。
 コシノさんは「アイヌ工芸は伝統であると同時に日本のルーツでもある。世界を相手にいろいろな人の目に触れさせるべきです」と指摘する。「伝統で終わらせるのではなく、新しい違った角度で見せ続けることが重要」と力を込めた。
 こうした新たな挑戦が、100年以上の歴史を誇る二風谷アイヌ工芸の未来を切り開こうとしている。
◆「アットゥシ」のシは小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/686604

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遺骨土砂問題 国連で訴え 具志堅さん、7月スイスへ 「解決へ声上げる」

2022-05-29 | ウチナー・沖縄
琉球新報社5/28(土) 6:44配信

ガマの中から掘り出した沖縄戦戦没者の遺留品とみられるくしなどを示す遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表=4月、糸満市伊敷
 遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表らは今年7月にスイスで開かれる、先住民族の権利保護の状況などを調べる国連の「先住民族の権利に関する専門家機構」(EMRIP)の会議に参加を予定している。辺野古新基地建設に伴う沖縄本島南部での土砂採取計画の問題点を訴える考えで「基地の集中は日本政府による弱い者いじめでもある。他の国や地域の先住民族の人々と問題を共有し、解決に向けて声を上げていきたい」と意気込む。
 EMRIPは2007年、国連での先住民族権利宣言の採択に伴い設置された。国連人権理事会の下部組織で、同理事会が指名した専門家7人で構成する。会議に参加する市民外交センター共同代表の上村英明共同代表によると、年1回の会議には、専門家のほか国際機関や政府の担当者、先住民族団体、国際NGOなどが参加し、国連の宣言履行の状況などについて報告される。問題があれば人権理事会に勧告も出せるという。
 具志堅さんは、過去に同会議に参加経験がある松島泰勝龍谷大学教授に参加の相談をし、市民外交センターの支援で参加が決まった。
 会議は7月4~8日で、具志堅さんは3日の準備会合に参加するほか、発言の日時は調整中だという。期間中に市民外交センターとアジア先住民族連合共催のサイドイベントにも参加を予定する。具志堅さんは、これまで全国の地方議会にも国の土砂採取計画の中止を求める意見書の可決を働き掛けてきた。「機会があれば世界でも発信したいと考えていた」と話し、今後、一層発信力を高めていくという。(中村万里子)
https://news.yahoo.co.jp/articles/6d497c0e2b9af832218505d6baa6a6a728ae89aa

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ゴールデンカムイ」はなぜこんなに人気なのか、開催中の展覧会を見ながら考えてみた

2022-05-29 | アイヌ民族関連
@DIME2022.05.28 エンタメ #マンガ

©野田サトル/集英社
2014年に『週刊ヤングジャンプ』にて連載が始まった、『ゴールデンカムイ』(著・野田サトル/集英社刊)。金塊争奪戦をテーマにしたこの作品は、連載当初から様々な反響を呼び、「第22回手塚治虫文化賞マンガ大賞」など数々の賞を受賞。テレビアニメも今年10月から第四期の放送が控え、実写映画化も決定しました。そして2022年4月28日に連載が完結。コミックスは31巻で完結とアナウンスされています。
そして同じく4月28日より、作品史上初の大規模な展覧会が東京で開催中。京都と福岡への巡回も既に決定しています。
「不死身の杉元」の異名を持つ元兵士の主人公・杉元佐一は、アイヌが隠した金塊の噂を聞きます。その後ヒグマと遭遇。ひょんなことからアイヌの少女・アシ(リ)パと出会います。戦争で失った幼なじみの妻の目を治したい思いで金塊を探し始める杉元。謎を解く鍵となる暗号は、網走監獄に収監されていた24人の囚人に刺青として彫られていました。箱館戦争で死ぬことなく、網走監獄に収監されていた土方歳三一派、そして、鶴見中尉を中心とする第七師団。金塊を狙う人々の対立が始まりますーー。
期間限定で最終回まで全話無料公開という大胆な施策を打ち出し、SNSを中心に非常に盛り上がった『ゴールデンカムイ』。「和風闇鍋ウエスタン」とも称されるこの作品は、なぜこんなにも人々を惹きつけるのでしょうか。原作ファンのライターがプレス内覧会に行ってきました。
※アシ(リ)パのリ、マタンプ(シ)のシは小文字が正式表記。
いきなり現れる、普段は国立科学博物館にいる「ヒグマ」
入場すると、まず第1ゾーン「金塊争奪戦の開幕」が始まります。主人公・杉元佐一とアイヌの少女・アシ(リ)パの紹介からスタート。杉元のかぶっている軍帽やアシ(リ)パの持つマキリ(アイヌの小刀)、といった作中に登場したもののもモデルとなった資料に加え、ヒグマのはく製が鎮座しています。二人が出会うきっかけにもなり、ある意味、作品のひとつの要の存在です。
国立科学博物館の所蔵品であるこのヒグマは、はく製だとわかっていても迫力がすごく、一瞬ビクッとしました。作中で杉元たちは何度もヒグマと遭遇し、時に倒してもいるのですが…この獰猛な動物が目の前にいて立ち向かうことを想像するだけで凄すぎます。その大きをぜひ、会場で感じてみて欲しいです。
作者の所蔵する資料がこんなにもあったとは
『ゴールデンカムイ』は、明治時代の文化、アイヌの人々の生活の様子、狩猟の様子などを綿密に描いた作品です。丹念な取材と徹底した資料収集に裏打ちされていることは、コミックスの巻末にずらりと並ぶ参考資料や言語監修担当者からもわかります。今回の展覧会では作者が所蔵する資料の一部を公開しています。
杉元同様に金塊を探す土方歳三一派、第七師団の人々、それぞれが着ている軍服、アイヌの人々の民族衣装や装飾品、道具などは、作中に登場したもののモデルとなった資料やそれに近い資料を参考に描かれています。
飯盒や軍帽などの持ち物や、銃剣などの武器まで、それぞれのキャラクター紹介に合わせて資料を展示。写植済のイラストと見比べることができます。
作中でどれだけ細かく精緻に描かれているのかが、より一層伝わってきます。
作中に登場するアイヌ刺繍のマタンプ(シ)(額に巻く鉢巻)、アイヌ紋様のマキリなども、資料を見ることができます。とても細やかで丁寧に縫われている刺繍に、不器用な私はびっくり。独自の紋様がとても美しいのです。
金塊の暗号と個性あふれる24人の囚人たち
第2ゾーン「24人の刺青囚人」は、作品の重要なカギである、金塊のありかを示す暗号が彫られた囚人たちの圧倒的な個性にフィーチャー。網走監獄をイメージした入り口をくぐると、強烈なキャラクターたちの、変(変態)で、残虐で、人間臭い、どこか不思議な魅力が展示されています。
モデルになった人物の情報などもあり、作品にどう活かされたかを見るのもまた面白いですよ。
命と文化と生きること
第3ゾーンでは、杉元たちが食べてきた数々のおいしいグルメ(動物の脳みそを含む)、北の大自然の中の暮らしや、日露戦争後の歴史背景、作中に登場した少数民族などの資料展示が「命を繋ぐものたち」という題で展示されています。
アイヌ、そして樺太への旅で登場する「ニヴフ」や「ウイルタ」、少数民族の文化の違いや独自性について、『ゴールデンカムイ』を通じて、初めて触れた読者も多かったのではないでしょうか。
インターネットがなかった時代、漫画は知らない世界への大きな入り口でした。そこから自分で調べることで知恵や知識が身につく、という流れがあったと思います。なぜアイヌが今少数民族となっているのか、立ち止まり考えてみることも大切ではないでしょうか。
この作品はコミカルなギャグやストーリーテリングの巧みさ、そしてぶっ飛んだキャラクターたちが特徴で魅力ともなっています。しかし、そうした「知らない人が多いもの」「忘れ去られる危険性のあるもの」を丁寧に描写している点も、国内外で高い評価を受け、支持されている大きな理由でしょう。
また、我々は命をいただくことで生きながらえている、ということも、改めて感じるこの第3ゾーン。「いただきます」の習慣は忘れてはいけないなと思いました。
美麗カラーイラストも展示!キャラクターと作者、そして読者が歩んだ道のり
後半は、杉元たちが歩んできた道のりが大きなパネルで展示されている第4ゾーン「それぞれの役目」。主人公杉元たち、第七師団、そして、土方歳三を中心とした一派の対立は時に敵味方入り乱れます。それぞれが利益、そして自分の役目や生き方を模索する作品でもあり、その複雑さも、面白さのひとつです。
第5ゾーン「黄金色名画廊」では、コミックス表紙やカラー扉などで描かれた、50点以上の美しいカラーイラストが集結。その迫力は圧巻です。ファンは「これはあの時のだ」とピンと来るのではないでしょうか。
第6ゾーン「そして未来へ」では、物語終盤の疾風怒濤の展開が展示されています。最後の展示には、まさに『ゴールデンカムイ』だ!となりますよ。
グッズも大充実!まだまだ『ゴールデンカムイ』から目が離せない!
展覧会の公式図録をはじめ、グッズも90点以上が展開。「尾形の棒鱈ポーチ」「第七師団のお風呂セット」など、作品の個性を活かした独創性あふれるグッズは、発表されるたびに話題になりました。また、火曜日と木曜日の16時以降に来場した方にはお面をプレゼントする「鶴見中尉ナイト」(火曜日)、「脱獄王 白石由竹ナイト」(木曜日)も開催。(※「鶴見中尉ナイト」は鶴見中尉または鯉登少尉のお面をランダムで配布)
全国巡回、アニメに映画化にと控えている『ゴールデンカムイ』。この展覧会で、リアルに基づいた丁寧な描写や緻密なストーリー、美しいイラストなど、ヒットの秘密がたくさん詰まっていることを改めて感じました。作品が完結しても、まだまだ目が離せません!
ゴールデンカムイ展
開催中~2022年6月26日(日)
東京ドームシティ Gallery AaMo(ギャラリー アーモ)
https://goldenkamuy-ex.com
※本展覧会はコミックス既刊以降の物語も展示します。アニメ化されていないストーリーも含まれますので、あらかじめご了承のうえ、ご来場ください。
取材・文/宇野なおみ
https://dime.jp/genre/1385849/

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アラスカの海岸で発見されたペトログリフ(岩面彫刻)の謎|8000年前の古代人からのメッセージとは?

2022-05-29 | 先住民族関連
サライ5/28(土) 20:03配信

不思議な文様が彫られたペトログリフ(アラスカ州ランゲル)
文・写真/大野絵里佳(アメリカ・アラスカ在住ライター)
アラスカと言えば手つかずの大自然という印象が先行するが、私がより心惹かれるのがそこに暮らしてきた先住民の歴史だ。アラスカ先住民といっても、大きく分けて10以上の民族グループがあり、各々独自の文化と歴史を持っている。なかでも今回は、南東アラスカを中心に住むトリンギット族(Tlingit)に関わるという「ペトログリフ(岩面彫刻)」の謎に迫ってみたい。
謎多きペトログリフ
ペトログリフ(Petroglyph)という名前は、ギリシャ語で石(petro)と彫刻(glyph)を意味する言葉から生まれた。ペトログリフが岩や石に彫刻が施されたものを指す一方、ペトログラフ(Petrograph)と呼ばれるものは岩面に塗料などで描かれたものを指す。両者は先史時代の記録を残すという歴史的価値を持ちつつ、「ロックアート」と呼ばれ芸術的評価も高い。
ペトログリフは世界中で発見されており、最も古いとされているのは現在のウクライナにある「カメンナヤ・モグリャ(Kamyana Mohyla)」で旧石器(約10,000~12,000年前)のもの。多くのペトログリフの用途や目的は、未だ謎に包まれているが、地域差に関わらず人型、人面、渦巻き型など共通の意匠が見られるのは興味深く、世界中の研究者が注目を寄せている。
約40点ものペトログリフが発見された「ペトログリフ・ビーチ」
この先史時代の謎多き遺物は、アラスカ各地でも発見されている。特に多くのペトログリフが発見された場所として有名なのが、南東アラスカに位置するランゲル(Wrangell)にある「ペトログリフ・ビーチ(Petroglyph Beach)」だ。ダウンタウンから歩いて約1kmにあるこの海岸には、動物や人面、幾何学模様などが刻まれた約40点の岩が点在しており、州立の歴史公園に指定されている。
遊歩道を進み海岸へ出ると、どこにどのようなペトログリフがある、というような案内板はなく大小のさまざまな岩石があるのみだ。この中から注意深く観察しペトログリフを探す。点数を「約40点」と先に述べたが、発見されて以来2/3が消えており、現在残存する正確な数は不明。砂や波によって削られ風化しているものも多く、光の反射や水に濡れた時に初めて気付くものもある。ちょっとしたトレジャーハント気分を味わえるのも、この場所の魅力かもしれない。
一度見たら忘れがたい独特の文様
見つけたペトログリフの多くは、渦巻きや重複する丸がほとんどだ。持ち上げることができそうなくらいの岩に彫られたものから、人より大きな巨石に彫られたものなど大きさは様々。直線的な文様はほぼなく、多くがダイナミックかつ柔らかな曲線で彫られている。シンプルなのに一度見たら忘れられないデザインで、なかでも印象的なのが人の顔のように見える文様だ。真ん丸の目、大きく開けた口は実にコミカル。古代人のユーモアというのがあるとすれば、それは現代の私たちとそう変わらないのかもしれない、とつい思ってしまう。また、アイマスクやゴーグルのような文様もある。北極圏に住む人々は氷上の狩猟時に、反射する日光から目を保護するために日本の遮光器土偶のような独特な形のサングラスを使用したというが、その形をも連想させる。
ベーリンジアからやってきた狩猟民の記憶
一体、どのような人々がなぜこのようなバラエティ豊かな文様をわざわざ硬い岩石に彫ったのだろうか。そのヒントは氷河期に起こったと言われる人類の大移動に隠されているようだ。
かつて、アメリカとシベリアの間にあるベーリング海峡は2度地続きとなった歴史がある。うち28,000年前から13,000年前に起こったであろう2度目のベーリング陸橋(ベーリンジア)の時に、シベリアに住んでいた狩猟民がマンモスや大型のシカなどを追ってアメリカ大陸に到着した。最初の“アメリカ人”である。アメリカ全土、そして南米へと進出してゆくグループがいるなか、現在のアラスカに定住するグループもいた。彼らは現在のアラスカ先住民の祖先と考えられている。
ランゲルを含む南東アラスカを中心に暮らすトリンギット族も、このベーリンジアから渡ってきた人々を祖先に持つという。興味深いことに、彼らの口伝に「祖先は“氷の穴”を通ってきた」というものや、「祖先は海からボートでやってきた」というものがある。
ペトログリフは子孫へのマイルストーン?
温帯雨林を保有する南東アラスカは、大きく丈夫な木材とサケ等の海洋資源が豊富だ。トリンギット族はカヌーやトーテムポールを彫り、サケ等を獲って独特の文化を築いてきた。文字を持たなかった彼らだが、口伝やトーテムポールの意匠などを通じ様々なことを子孫に伝えている。
ペトログリフ・ビーチにあるペトログリフは8,000年前にトリンギット族の祖先が彫ったもの、というのが有力視されており、いくつかの意匠はトーテムポールと共通するものもあるという。また、アラスカで発見されるペトログリフが作られた目的にサケの豊漁、記念日、神話、領土の主張、儀式などが考えられており、なんらかの“伝えるべき記録”だったのは間違いなさそうだ。
まだまだ多くの謎が残るペトログリフだが、ベーリンジアを越えやってきたトリンギットの祖先が、資源に富んだこの地を子孫へと受け継ぐために知らせようとした痕跡なのかもしれない。
ペトログリフ・ビーチ(Petroglyph Beach):アメリカ合衆国アラスカ州ランゲル グレイブストリート(Grave Street, Wrangell, Alaska, USA)
ペトログリフ・ビーチのウェブサイト(アメリカ自然資源局より)(英語)
文・写真/大野絵里佳(アメリカ・アラスカ在住ライター)2019年よりアメリカ・アラスカ州在住。猫と犬と一緒に、のんきでワイルドな日々を過ごしています。海外書き人クラブ会
https://news.yahoo.co.jp/articles/478757e97e11d3978b1e32ade9f8a2d1fff0f94c

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