マグミクス5/23(月) 20:10配信
素顔が見えない鶴見中尉……あなたは何者?

独特のポージングもさすが!な鶴見中尉が表紙の『ゴールデンカムイ』4巻(集英社)
完結を迎えた人気マンガ『ゴールデンカムイ』にはキャラの濃い登場人物が目白押しで、読者の「推し」も分かれるところですが、敵ポジジョンながら主役に負けないほどの人気を誇るのが、鶴見中尉こと鶴見篤志郎です。作品の世界観を体感できる「ゴールデンカムイ展」でも、火曜日に特別な「鶴見中尉ナイト」なるイベント(鶴見中尉or鯉登少尉のお面がもらえて、かぶって鑑賞できる)が設けられ、行列ができる大盛況ぶり。部下たちばかりか、読者をも熱狂させる鶴見中尉の「人たらし」っぷりを振り返ります。
鶴見中尉は、陸軍最強と謳われた北海道の第七師団に属し、本作の主人公である杉元佐一とアシリパ(リは小文字)とは、刺青人皮をめぐって敵対する人物です。
初めての顔見せは単行本第1巻のラストページで、ドアップで登場したとたん「以下、次巻」となり大物感満載でした。ビジュアルも印象的で、額から目の真上までを琺瑯(ほうろう)製の額当てで覆っているという、謎っぷり。その後額当ては、かつて日露戦争で砲弾の破片に前頭部の頭蓋骨を吹き飛ばされたため(その際、脳みそも少し飛ばされたんだとか)のケアだとわかるのですが、時折その下から「変な汁」も漏れ出すという不気味さです。
上官である和田大尉に指を突きつけられれば噛みちぎる、杉元の頬を団子の串で突き刺して歯を鳴らす、さらに刺青人皮をシャツのように着こんでいるなど、序盤からクレイジーさが爆発で、敵対する悪としてはとてもわかりやすい存在でした。けれども……物語が進み、細かいエピソードや過去の姿などが描かれ始めると、その印象は少しずつ変化していきます。
たとえば、ボニー&クライドのような夫婦強盗の「稲妻強盗と蝮のお銀」が亡くなった後、赤ん坊が残されたと知ると、鶴見中尉は「あの夫婦は凶悪だったが…愛があった」とつぶやきます。そしてその子を抱きながら、「どこか信頼のできる人間に託さないと」と言うのです。赤ん坊は行李に入れられ、お金を添えてアシリパのフチ(おばあさん)の家の前に置かれました。異常な行動をして当たり前と思っていた人物の心ある行いに触れると、「真実とはいったい何だろう」と、世界が反転したような気さえしてきます。
また、回想で出てくる頭部を吹き飛ばされる以前の姿は、「これがあの鶴見中尉?」と目を疑うような、ダンディでイケメンなジェントルマン。奇抜で残忍な行いをする人と同一人物とは、とても思えません。さらに若い頃はロシアのウラジオストクで市井に溶け込み、長谷川幸一として写真館を経営しながら日本のスパイとして活動していた過去も明かされます。その地で妻子を失うという悲しい出来事も描かれ、アシリパの父・ウイルクやキロランケたちとの因縁もわかり、衝撃の展開となりました。
※ここから先は『ゴールデンカムイ』のまだアニメ化されていない範囲のストーリーに触れていないので、原作未読の方はご了承の上お読みください。
みんな中尉にゾッコンLOVE
さまざまな顔を持ちすぎて、いったいどれが本当の彼なのか把握しかねる鶴見中尉ですが、彼に心酔する部下たちもまた、それぞれ違う中尉の姿を見ているのではないでしょうか。
たとえば月島基軍曹は父殺しで死刑囚として投獄されていたところを、鶴見中尉の尽力で釈放され、部下となりました。その際鶴見中尉が利用したのが、月島と恋仲だった幼なじみの娘「いご草」ちゃん。そもそも月島は彼女を自殺に追い込んだという理由で父を殺したのに、「彼女は生きて東京の名家に嫁いで暮らしている」と、鶴見中尉は告げるのです。しかし、後に日露戦争で同郷の兵士から、やはり彼女は亡くなっていると聞かされた月島は激怒。けれども鶴見中尉は、自分の工作が功を奏しているだけで彼女はやはり生きていると言い……話は二転三転して混乱します。
しかし、鶴見中尉が力説したように、すべては優秀な部下・月島を死刑から救うためについた嘘だということです。読者にも何が真実かはわかりませんが、鶴見中尉が月島を手中にするために策略を練ったことだけは確かなよう。その後、杉元と菊田特務曹長の出会いの過去編で「いご草ちゃん」が本当に生きていて、良家に嫁いでいることが示唆され、より「鶴見中尉の真意がわからなくなった」という声も出ています。
その他、鶴見中尉を敬愛するあまり、鶴見関連の行動がいちいち度を超えているのは鯉登音之進少尉です。鶴見中尉と月島軍曹のツーショット写真の、月島の顔部分を自分の顔に張り替えては悦に入るなど「鶴見中尉ラブ」すぎる鯉登少尉。中尉の前では冷静でいられず、声をかけられただけでも「キエエエッ!」と猿叫を発するほど取り乱してしまいます。
さらに鯉登は鶴見中尉と話すときは興奮のあまり早口の薩摩弁になってしまうため、まったく意味が伝わらず、月島軍曹を通訳に使う始末です。鶴見中尉に気に入られたいがため、彼と同じく刺青人皮を肌着のように身につけるも、せん(なめし)が甘いと言われてショックを受けるなど、とにかく鶴見中尉の前の鯉登少尉のあたふたぶりは、ずーっと見ていられます。
また、宇佐美時重上等兵も鶴見中尉に心酔しきっています。宇佐美は網走監獄に看守として潜入していたものの正体がバレてしまい、その罰として鶴見中尉に両頬のホクロにいたずら書きをされてしまいます。それをなんと入れ墨にして永久保存するほど、鶴見中尉のやることはすべてOKという人物なのです。
鯉登少尉も宇佐美も、実はそれぞれに鶴見中尉の衝撃的策謀の人心掌握術で心を捕まれているのですが、そこはまだ未アニメ化のため、ぜひ作品を見て確かめてみてください。それぞれ全然キャラの違う男たちを、しっかり調べ上げて的確な作戦で手中にした手腕は恐ろしくも惚れ惚れします。
鶴見中尉が虜にしたのは部下だけではありません。剥製職人の江渡貝弥作も、その手中に落ちたひとりです。剥製職人という表の顔に隠れ、密かに人間の皮で衣装を作っていた江渡貝は、秘密を知られた鶴見中尉を殺そうとします。けれども思いがけず才能を絶賛され、「僕の仕事をあんなに理解してくれる人は初めてかもしれない」と感動してしまうのです。
そこから、独特すぎるセンスで作った人皮服の「ファッションショー」へとなだれ込むのですが、その際の鶴見中尉の持ち上げ方は見事と言えるでしょう。「い~ね~!!時代の最先端だよ、江渡貝くぅん」「猫ちゃんのようにッ 猫ちゃんのように歩くんだ!!」「カワイイ カワイイ!!」と絶賛の嵐。
それまで決して公にできなかった秘密を手放しで褒めちぎってくれるのですから、江渡貝くんも、鶴見LOVEまで一直線。ついには鶴見中尉のために、偽の刺青人皮を作ることになります。ただしこれは単なる策略というより、普段から刺青人皮シャツを来ている鶴見中尉にとっても、同好の士を得た喜びのひとときだったのではないでしょうか。
あくまで日本の国防と未来のために「アイヌの金塊」を求め、大義のために動きつつも、その裏には妻子を失った悲しみもあった鶴見中尉。鶴見中尉を熱愛する人の数だけ異なる顔があり、本心は誰にもわからない人物だったのですが、実はファンの間では、完結直前の313話で見せたある表情が大きな話題となりました。その表情の理由は……ぜひその目で確かめてください。
古屋啓子
https://news.yahoo.co.jp/articles/d32c50210ee89143a613fe2be72dc014b9031669