GQ Japan2022年5月15日
地球温暖化が加速するなか、米版『GQ』はわずかな数値の差に運命を左右されてしまう8つの地域にスポットを当てた。ここで取り上げる地域は、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて1.5度までにとどめれば守ることができる。しかし、平均気温が2度上昇した世界では、修復不可能なまでに失われてしまうだろう。
Qikiqtarjuaq, Nunavut, Canada
カナダ、ヌナブト準州キキクタルジュアク
この北極の島付近では海氷が消滅しつつあり、イヌイットが大切にしてきた伝統が脅かされている。

Jonas Bendiksen
キキクタルジュアクがあるクィキクタアルク地域は、おもにグリーンランドとカナダ本土の間に位置する北極海の島々によって構成され、ここに居住する約1万5000人のイヌイットたちは、困難に対する強さで知られている。2019年、カナダ政府は先住民族に対する親子強制隔離政策など、長年続けられた植民地支配的かつ非人道的な政策について正式に謝罪した。しかし現在クィキクタアルク地域の先住民は別の脅威にさらされている。彼らにとって経済的、文化的に重要な役割を果たす狩猟には、海氷が不可欠だからである。バフィン湾全域では海氷が減少しており、人口600人弱のキキクタルジュアクの島周辺もその例外ではない。地元住民は、海氷が減少し安定しなくなったことで、狩りが難しくなったと認めている。
島であるキキクタルジュアクは、押し寄せる波にも弱い。アラスカ大学フェアバンクス校の気候科学者ジョン・ウォルシュは、「海氷が融解すると開放水域が広がり、開放水域が広がればより多くの嵐が発生します」と話す。「そして嵐は波を立て、波は海岸を浸水させ、浸食を引き起こすのです」。ウォルシュによると、キキクタルジュアク島の海氷はまだ守ることができるそうだ。ただし、これには温暖化を速やかに抑制することが不可欠だという。「1.5度の温暖化シナリオは、北極海の海氷面積が安定する唯一のシナリオです」とウォルシュは語る。「これは気候モデルのシミュレーションによって明確に示されています」。また気候モデルは別のシナリオも明らかにしている。「平均気温の上昇が2度から3度に達した場合、将来的には海氷は失われるでしょう」──E.A.
Italian Alps
イタリア、アルプス山脈
雪のないゲレンデ、閉鎖されるスキー場。ヨーロッパを代表するスキーリゾートが崩壊するかもしれない。
イタリアのアルプス地方は、気候変動によって甚大な影響を受けており、すでに閉鎖したスキーリゾートも少なくない。北東イタリアのエクストリームスキーヤーであるマルチェッロ・コミネッティは、彼の故郷の山々が受けている影響を明かしてくれた。
「私はドロミーティの村にある築350年の木の小屋に住んでいます。窓からはこの地域で最大の氷河が見えるのですが、この氷河がかつてどのような姿をしていたかをよく覚えています。私はここに40年住んでいるため、この氷河を見れば、どれほど解けてしまったかはわかります。冬季は毎日スキーをするので、この目で変化を見ているのです。今日も山に登り、素晴らしい滑走を楽しみました。スキーのために登山をするさい、私は以前よりも薄着で出かけるようになりました。昔は、マイナス20度以下の日が、冬の間は毎日のように続いていたように感じましたが、現在そう感じられるのはたったの2、3日です。あと何シーズン滑りつづけられるかわかりません。人工雪は高価なので。また、ここにはスキーを唯一の収入源としている渓谷の街が多く存在します。山で生計を立てている友人もたくさんいます。私は素晴らしい場所で暮らしていますが、不安を感じずにはいられません」
Yakutia, Russia
ロシア連邦、サハ共和国(ヤクーチア)
南アフリカ、ミオンボ林世界有数の寒さで知られる地域では、永久凍土の融解により大量のメタン(だけではないかも)が放出されている。
日常的に気温が氷点下40度に達するシベリア東部のヤクーツクは、世界で最も寒い都市として知られている。この街は周辺地域と同じく、永久凍土(一年中解けない凍った土の層)の上に立っているが、温暖化によって永久凍土は解けはじめ、壊滅的な地盤沈下のリスクが高まっている。アラスカ大学フェアバンクス校の地球物理学者であり、サハ共和国の永久凍土の研究に携わるヴラディミール・ロマノフスキーは「このような永久凍土にとって、1.5度と2度のシナリオの差は、生きるか死ぬかを左右する差です」と話す。とくに憂慮すべき問題は、この地域の永久凍土が、ほかと比べてもはるかに大量の氷を含んでいることだとロマノフスキーは語る。「氷が多い分、この地域一帯の地盤はすべて湖と化すでしょう。もし傾斜地だったら? 考えたらゾッとするでしょう」
凍土の融解がもたらす影響は、首都であるヤクーツクよりもむしろ郊外で顕著にあらわれている。地盤が崩れて深い裂け目が生じているのだ。この事例として、バタガイカ・クレーター(写真)がある。地球の表面に現れた裂け目からは、気候変動を加速させる大量のメタンや、長年凍っていた細菌やウイルスなどが放出され、さらなる危険をもたらしている。天然痘の遺伝物質の断片は何百年もの間、永久凍土の中で生存できるため、「これは大変危険な事態です」とロマノフスキーは警鐘を鳴らす。
いずれにせよサハ共和国には支援が必要だとロマノフスキーは言う。「1.5度の温暖化でも永久凍土の安定を崩しかねません」。平均気温1.5度上昇の温暖化であれば、表土の再凍結が成功する可能性が高くなる。しかし2度上昇のシナリオの場合、「費用がずっと高くなり、実現可能性が低くなるでしょう」とロマノフスキーは話している。──E.A.
Miombo Woodlands, Southern Africa
南アフリカ、ミオンボ林
気候変動は、この生物多様性のゆりかごの生態系を根本から破壊し、絶滅危惧種の生息地を奪うおそれがある。
傘のような形のミオンボの木にちなんで名づけられたミオンボ林は、アフリカ南部に広がっており、ゾウ、ライオン、ヒョウ、ブチハイエナ、バッファロー、アンテロープ、キリンなどの生息地である。しかしこれらの動物の生息環境は悪化しつつある。気候の変化により、降雨は散発的になり激しさを増した一方、山火事が増加し、絶滅寸前のクロサイなどのすでに密猟によって長年絶滅が危惧されてきた大型動物相が脅威にさらされている。
イーストアングリア大学の気候科学者で、この地域を研究してきたジェフ・プライスによると、1.5度目標を実現したシナリオでさえもミオンボ林に生息する最大半数の種にとって適したものではなく、2度目標のシナリオでは最大で4分の3の種にとって生息不可能な場所になってしまう。プライスがさらに危惧するのは、生態系全体を支える昆虫の存在だ。送粉者が死滅すれば、この地域の生き物の食糧供給は不安定になるだろう。動植物よりも温暖化に敏感であると考えられている昆虫にとって、平均気温の上昇を1.5度までに抑えることがどれほど重要であるかわかるだろう。
ミオンボ林を有する国々ではもうひとつの変化、つまり人口急増が起きており、林の喪失を助長させている。1980年代以降、林の面積は推定30%縮小している。この地域の研究を数十年間行ってきた科学者のナターシャ・リベイロによると、ミオンボ林特有の生物多様性はこの地域に住む80%の人々の生活を支えており、人口増加は天然資源の供給に大きな負荷をかけているという。「気候変動はさらにもうひとつの困難をもたらしました」とリベイロは表現している。──C.L.
Antigua and Barbuda
アンティグア・バーブーダ
ハリケーン被害を被ったこの島国は、環境を汚染している工業大国に対して訴訟を起こして反撃する。
世界中の島々は海面上昇の危機に加え、気候変動によって悪化したハリケーン、台風、サイクロンを含む熱帯低気圧の異常発達による危険にさらされている。そしてこれは、2017年に衝撃的な現実として私たちに突き付けられた。イルマとマリアという名の2つのハリケーンが、9月、アンティグア・バーブーダを襲ったのだ。とくにイルマはバーブーダ島の建物を81%も破壊した。「われわれの地域はイルマとマリアによって破壊されました」と同国首相のガストン・ブラウンはGQに語った。そこで10月に、アンティグア・バーブーダは太平洋の島嶼国であるツバルとともに、気候変動による被害に対して、環境破壊を多くしてきた国々に法的責任を負わせることを目指す小島嶼国委員会を設立した。「国際法の基本原則として、汚染を引き起こした国が賠償すべきです」と同委員会の法律顧問であるパヤム・アカバンは話す。「汚染した者が支払う。自らの領地を、ほかの国土に危害を加えるような使い方をすることは許されません」。アカバンはこの国々にほかの選択肢はないと主張する。パリ協定は、締結国による国内排出量抑制の取り決めを強制する仕組みを有していない。「工業国は、私たちが気候変動に順応するための支援や、気候変動の影響を緩和することを、慈善活動のように捉えていますが、これは法的賠償であるべきです」とブラウンは話す。アカバンによると、委員会の設立以来、パラオ共和国を筆頭にほかの島嶼国の加入が続き、共同で法的な戦略を準備しているそうだ。しかし、彼らには経済的な補償以上のものをもたらしたいとアカバンは考えている。「小さな島嶼国に今起きていることが、明日はわが身に起こると彼らは教えてくれています」と話す。「彼らの声に耳を傾ければ、せめて私たちはこの集団的大惨事を回避できるでしょう」──E.A
WORDS BY EMILY ATKIN AND CAITLIN LOOBY
TRANSLATION BY FRAZE CRAZ
https://www.gqjapan.jp/lifestyle/article/20220515-216-the-razors-edge