島原半島博物日誌

島原にある某施設のスタッフが綴る非公認・非公式の個人ブログです。

断念・紅葉情報

2016-10-31 12:25:30 | Weblog
今日は紅葉情報収集に山を登ろうかと思っていたのですが、昼前に館内案内の依頼が入ってきました。
それならお昼を食べて、午後からとも思ったのですが、どうやら15時くらいから雨が降りそうです。
天気予報が正確ならば、今から出掛けてもずぶ濡れになって帰ってくるのがオチです。
観察会前に風邪を引くのはカンベンなので、紅葉情報収集は断念です。
情報館の駐車場にサザンカが咲いています。(表紙写真)
そして近くにはムベの実が熟しています。

完熟したものはすでに落果し始めています。
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高城回廊(諫早市)

2016-10-30 13:00:42 | 観光・施設
諌早高校の下村博士の銅像を発見する前に表紙写真の案内板を見つけた。
車を上山公園に置いてきたので、帰りに寄る事にしてアーケードまで行ってきた。

アーケード近くを流れる本明川。
以前にも訪問したが、諌早大水害の時はこの川に架かる眼鏡橋に流木がひっかかり、ダムのような格好になって氾濫を引き起こした。
今は穏やかな流れだ。

飛び石の上をコサギが歩いて渡っている。
画になる景色だ。
その他に興味をそそるような物もみつからず、アーケードをあとにし「高城回廊」に向った。
歩き始めてすぐに驚いたのが、

「ウッドチップや!」
柔らかく、ふわっとした歩き心地が快適なのだが、なかなかお目にかかれない。
昔、千本木展望所がウッドチップだったのだが、管理が大変なのかコンクリートに変えられてしまった。
コンクリートやアスファルトが手間がかからないのは分かるが、手間がかかっても足や足首に優しいウッドチップの舗装が主流にならないものかな。
散策路の脇には清水が流れ、自然を感じさせる。

こんな所には必ず生き物が生息する。
ハグロトンボかな。

「高城回廊は、諌早公園、高城公園、諌早図書館、御書院などを水と緑で結ぶ、一周1.3kmの情緒豊かな散策路です。
 平成16年には諌早図書館と諌早公園芝生広場をつなぐ新しいルート「オシドリの散歩道」も完成し、さらに御書院(庭園内)も自由に散策できるように開放され、諌早の歴史と豊かな自然をより深く感じることができるようになっています。」(諫早市HPより)
上山公園の駐車場まで帰る道に利用したので、今回は一周していません。
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おしどりの池にカモが渡ってきました。

2016-10-29 14:45:08 | 野鳥
午前中、何故か紅葉の状況を確認に、山を登らされた。
私は今日は登る気が全然なかったので、“登らされた”だ。
進捗状況としては紅葉は進んでいるものの『一部見頃』で変わっていない。※見頃とまでは言えない。
温泉街まで戻ってくる道すがら、おしどりの池に寄ってみた。
先日、諏訪の池にカモが渡ってきたそうだから、おしどりの池にも渡ってきていないか確認に行ったのだ。
表紙写真は遠くて分かり難いのですが、木陰に見える無数の白い点はオシドリの白いお腹です。
他にコガモ

ヒドリガモ

が渡ってきていました。
他にもカモではありませんが、オオバン。
渡り鳥でもありませんが、アオサギとハクセキレイを観察する事が出来ました。
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下村脩博士の像

2016-10-28 12:42:33 | 人物
まだ、諫早市内をウロついています。(笑)
と言っても「愛宕山の肥前鳥居」の撮影ミスに気付いて、2回目の訪問です。
市内をウロついていると、学校の前に銅像を見つけました。
「もしや」と思い近づいてみると、案の定「下村脩博士の像」でした。
2008年にノーベル化学賞を受賞された研究者です。
学校は下村博士の母校・諌早高等学校でした。
「ー生物発光研究の先駆者ー
 下村博士は1928年に雲仙市出身の軍人であった父と諫早市出身の母の間に生まれる。少年期は父親の仕事の都合で転居を重ねるが、16歳のとき母の実家がある諫早市長野町に疎開のため移り住み、旧制諌早中学校(現在の諌早高校)に転入。1945年3月同校を卒業する。
 その後、当時諌早にあった長崎医科大学附属薬学専門部(現在の長崎大学薬学部)に入学、青春期の最も多感で夢と希望に満ちた大切な時期を、自然豊かなここ諌早の地で学ぶ。
 卒業後は長崎大学、名古屋大学を経て、さらなる研究のためアメリカへ渡り、発光生物のひとつオワンクラゲから緑色蛍光タンパク質(GFP)を発見し、現代医療などへの多大なる貢献により、ノーベル化学賞を受賞する。
 博士の偉大な功績を称え、市民の誇りとして未来の子供たちに受け継がれていくよう、多くの方々の善意によって受賞記念の像を建立する。」2010年4月 下村脩博士銅像建立委員会
これだけの偉業を成し遂げないと人は銅像を作ってもらえないんですね。(私にゃ〜無理だなw)
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中古品購入

2016-10-26 13:37:06 | 雑談・その他
昨日、休みだったので前日から実家に帰っており、島原半島に戻ってくる道すがら寄り道してきました。
とりあえずSATA用のHDDを外付けとして認識されるための筐体を手に入れ、今朝Win機のHDDを繋いでみましたが死んでいました。
仕方ないので昨日買ってきた中古機の出番です。w
諌早の中古店で見つけたのですが、価格は1万円ちょっと。
メーカーは三菱です。
OSはWin7が入っていますが、ソフトは何にも入っていないので色々とインストール作業中です。
まあ、その辺はさしたる支障もないのですが、一番のお気に入り点はモニター付属じゃなかった事とFDDが使える事。w
FDDは付録みたいなものですが、モニターなしの本体のみは有り難い!
モニターばっかり数が増えてもしょうがないですからね。
ジャンク品扱いの物も検討したのですが、マザーやCPUに問題があった場合は私の手に負えないので、3ヶ月保証の付いた中古品にしました。
新品が購入できるまでの間、頑張って仕事してくれる事を願います。
ちなみに表紙の写真は第2展望所から撮影した平成新山です。
このアングルの写真はあまり掲載していなかったなと思って載せました。
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紅葉情報(第2号)

2016-10-24 16:19:55 | 雲仙
国立公園雲仙の紅葉情報(第2号)をお届けします。

普賢岳・鬼人谷;一部見頃(見頃予想;10月末から11月中旬)
妙見岳・仁田峠;一部見頃(見頃予想;10月末から11月中旬)
雲仙温泉街周辺;色づき始め(見頃予想;11月中旬から11月下旬)

※普賢岳・鬼人谷では少し色づきが進み、一部見頃を迎えました。
 全体的に冷え込みがゆるく、日照も少ないため色づきがあまり進んでいません。
 よって見頃予想も1週間から10日ほど遅らせています。

仁田峠;一部見頃
妙見岳山頂付近はドウダンの紅葉で赤く見えます。

妙見岳;一部見頃
雲仙ロープウェイさんより撮影。
妙見岳斜面のドウダンが赤く色づいています。

国見岳;一部見頃
あまり紅葉は進んでいません。

国見分かれ;普賢岳の下方、鬼人谷周辺に色づきが見られます。

その鬼人谷;一部見頃
画像では全然紅葉が見えませんが、肉眼ではもう少し赤く見えます。
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祝!8474位(週間ランキング)

2016-10-23 12:33:48 | Weblog
2010年1月24日に初めて単日集計のランキングで1万位以内に入ることが出来ました。(祝 6595位!記事)
それから稀にではありますが、日集計でのランキングでは度々1万位以内に入ることが出来ていました。
ところがランキングには週間で集計を行うランキングもあり、週間では1度も1万位以内に入ることが出来ませんでした。
それが今週、ようやく1万位以内の8474位を頂きました!
おめでとうー!> <ありがとうー!
w
これもひとえに閲覧して下さっている皆様方のお陰です。
一時期碌な情報を上げれずに申し訳ない日々もありましたが、続けて良かったと本当に思えます。
つまらない情報や拙い文章を上げるかも知れませんが、これからも宜しくお願い致します。

ちなみに表紙の写真は、以前遠くの枝に止まった鳥の正体を知りたくて撮影したものです。
正体はスズメでした。w
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独立の掲額

2016-10-22 14:02:33 | 歴史・史跡
天佑寺の境内にはもう一つ「天佑寺の六地蔵石幢」なる諫早市指定の有形民俗文化財があるのだが、諌早家墓所内に三基、書院内に一基あるらしい。
しかし、諌早家墓所内には昨日書いたように入らなかったし、書院内は奥の方にありすぎて入る気がしなかった。w
んで、帰り際に撮影したのが表紙の写真です。ww
文化財に指定はされていないようだが、歴史あるもののようです。
「黄檗宗の僧侶 独立性易(どくりゅう しょうえき)が書いた額で、『鎮海勝境(ちんかいしょうきょう)』と書かれています。」
また出たな、黄檗宗。w
確か最近の記事に書いたぞ、そうそう上山公園の愛宕山の肥前鳥居だ。
鳥居の額束が黄檗宗の三筆の一人だった。
諌早では黄檗宗の僧侶の書が流行った時代があったのだろうか。
この辺の時代背景がよく分かっていないから、歴史の楽しみも半減だ。
もうちょっと勉強が必要だと反省しました。
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諌早家墓所

2016-10-21 13:21:14 | 歴史・史跡
天佑寺の境内にあります。
写真のように場所は見つけたのですが、扉が閉められており、恐れ多くて中まで入りませんでした。(施錠の有無も確認していません。)
「諌早家初代龍造寺家晴から十八代家興(いえおき)までの歴代領主の墓碑十八基、正・側室や子息の墓25基、家臣の墓30基、一族の墓4基、雑塔56基、石碑5基、六地蔵石幢4基、石室2基、住職の墓42基、石燈籠177基、弥勒四十九院形式の石柵27基があります。(よく数えたなあ〜。)
 1613年から1913年までに作られた墓碑群です。
 墓石は異形五輪塔とも称すべきもので、火輪の四隅が突出し宝篋印塔との折衷的様相を示すような形をしています。
 初代から3代までの墓碑後方の小さな墓は、領主に殉死した家臣達のものです。領主の墓碑を囲む石棚は、「弥勒四十九院」造りと呼ばれる形式で、弥勒菩薩の住む兜率天(とそつてん)にある内院では中央は弥勒菩薩の宝殿、その四方に各十二院あると言われています。この宝殿を墓石としたのは、死後兜率天に生まれることを願って造られたものであろうと考えられます。
 幕藩時代の墓地形式をよく残しており、昭和五十二年に県文化財に指定されました。」(諫早市教育委員会)
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天祐寺(曹洞宗)

2016-10-20 10:02:42 | 寺社・仏閣
諫早市内、上山公園の近くにある「坤松山(こんしょうざん)天佑寺(曹洞宗)」です。
「戦国時代、百年以上この地を治めた西郷氏の菩提寺で、天文期(1532〜1554年)に建てられました。
 西郷氏は天正十五年(1587年)に龍造寺家晴(いえはる)との戦いに敗れましたが、その後この地を治めた龍造寺氏も天佑寺に帰依し、同氏の菩提寺としました。」
境内には前日の「島原の乱戦没者追悼碑」などの文化財他、様々な歴史的価値のあるものが存在します。

内容とはまったく関係しませんが、十年近く私の仕事をサポートしてくれたWin機がついにあの世に旅立ちました。
最初はシステムファイルのエラーメッセージが出ていたのですが、WinOSのCDを使っても回復できず、致し方なく再インストールを試みたのですが、あえなく失敗。
おそらくHDDの破損か、アクセスできなくなっている模様です。
データ自体はバックアップしてある(近日中のはしていませんでしたが)ので支障はありませんが、Win機がなくなるのはツライ。
新しく買うにも今年は出費が重なり、無い袖は振れない。
中古屋でジャンクみたいな保証のないPCを買ってくるか!?
さあ〜悩みどころだ。
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