島原半島博物日誌

島原にある某施設のスタッフが綴る非公認・非公式の個人ブログです。

ボントクタデ

2010-10-31 13:37:34 | 植物
「ボントクタデ」は、水辺や湿地に生えるタデ科の1年草です。
茎に上向きの毛があり、葉にまったく辛みがありません。
和名の「ボントク」とはポンツク=愚か者のことで、辛みのないこの蓼を間が抜けていることに例えたものです。
似た意味をもつものに「イヌタデ」があります。
イヌタデも葉に辛みがないので、イヌ=役に立たないの名前が付けられています。(2007年10月3日記事参照)
花期は9~10月で、長さ5~10センチの花穂にポツポツとまばらに花をつけます。
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実色々

2010-10-30 13:35:23 | 植物
久しぶりに、本当に久しぶりに自然情報をお届けします。
まずは見出しの写真、「フユイチゴの実」です。
急に寒くなったことも関係しているのか、赤く色づきました。

次に「ヤブランの実」です。
熟すとテカりのある黒色になるので私は勝手に“陸(おか)の黒真珠”と呼んでいます。
気のせいか、私が働き始めた頃に比べると花期も実も時期が遅くなっているような気がします。

最後に「シロダモの実」です。
冬の寒い時期に赤く熟すので、以前クリスマス向けのイベントを行った時には飾りの一つとして使いました。
今季の花と一緒に見れるのが特徴です。
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加津佐の活版印刷機(復元)

2010-10-29 14:40:18 | 歴史・史跡
今から約400年前、天正少年使節が持ち帰った印刷機の復元です。
本来の印刷機は、ドイツのグーテンベルグが1450年に発明したものです。
鋳造金属活字を原稿によって組み立て、油性の印刷インクを用いて、ブドウのしぼり器の要領でプレスするという、近代印刷術の要素を備えたものでした。
この印刷機によってキリスト教の布教に必要な本が印刷され、後には天草や長崎に移されて利用されました。
南島原市加津佐町の加津佐図書館に展示してあります。
が、場所が分かり難い。
見に行きたい方は、よくよく調べて行く必要があります。
それでもダメな場合は、近くに南島原市加津佐庁舎がありますので、そこで聞いてみましょう。
ちなみに月曜日休館です。
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御用御清水

2010-10-28 13:23:18 | 歴史・史跡
島原市指定史跡「御用御清水(ごよう おしみず)」です。
寛文9年(1669年)丹波(現京都府)福知山から入府した藩主 松平忠房は、武家屋敷一帯の生活用水として水道の設置を行いました。
この「御用御清水」も城主の居館があった三の丸の用水として建設されたことが松平文庫に残された絵図などによって明らかです。
建設以来300年余りどのような干ばつにも涸れることなく豊かな清水が湧き出ています。
場所は島原市立第一中学校のすぐ隣です。
武家屋敷にも近い場所にありますので、観光の際に是非お立ち寄り下さい。
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守山大塚古墳

2010-10-27 13:20:09 | 歴史・史跡
雲仙市吾妻町にある「大塚古墳」です。
守山(もりやま)大塚古墳は、島原半島唯一の「前方後円墳」で、全長約70mあります。
県下では離島を除けば最大級の古墳です。
で、何処に古墳があるのか分かり難いと思います。
先生やジオツアー参加者の皆さんが立っているあたりが、「前方後円墳」の“前方”部分で、私が立って撮影しているあたりが“後円”部分です。
横から見ると、

なんとなく円、丸く縁取りされているのが分かると思います。
上空からの写真が分かり易いようです。
Google earthなどを使える方は探してみて下さい。
内部には竪穴式石室があると思われますが、ご覧のように現在は守山地区の共同墓地となっているため、発掘調査ができません。(墓荒らしになっちゃいます。)
大昔の大王のお墓の上に現在は庶民のお墓が建っている、とても不思議な場所です。
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神代小路歴史文化公園 鍋島邸

2010-10-24 13:49:17 | 歴史・史跡
あまり良い写真を撮っていませんでした。
10月10日にアップしたイベントの記念写真の場所と同じ場所です。
昨日アップした神代城址の東側一帯が江戸時代に埋め立てられ、神代鍋島氏の陣屋と屋敷が置かれました。
その周辺を小路(くうじ)といい、家臣団の屋敷街が形成されました。(いわゆる武家屋敷です。)
鍋島邸は、元禄期の建築と伝えられる長屋門の北側に主屋が建っています。
旧領主の邸宅に相応しい威厳をはなっており、国の重要文化財に指定されています。
鍋島邸自体は入場料を払って見学できますが、神代小路地区は一般の方がお住いになっている居住区です。
個人の屋敷や庭は、公開施設ではないので見学できません。
住民の方にご迷惑をおかけしないように散策しましょう。
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神代城址(神代神社)

2010-10-23 13:27:49 | 歴史・史跡
雲仙市国見町にある「神代(こうじろ)城址」です。
かつて神代城は三方を海に囲まれた台地の上に築かれた海城でした。
現在は埋め立てられ、台地状の地形を残して周りは田畑になっています。
写真に写っている神代神社のある辺りに、城の本丸がありました。
鎌倉時代後半に築城され、南北朝時代以降、代々神代氏の居城でした。
今回の歴史ジオツアーのメインテーマである「沖田畷の戦い」では、龍造寺隆信はこの神代城に本陣を置きました。
ですが、沖田畷古戦場跡や二本木神社で書いたように龍造寺隆信は、この戦で敗れてしまいました。
この時城主だった神代貴茂は、城に籠り有馬勢を迎え撃っていましたが、多比良城で謀殺され、神代氏は滅亡しました。
別名「鶴亀城」といい、空には鶴が舞い、潮が満ちる城の下には亀が泳いでいたことに由来します。
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大野原遺跡展示館 縄文の里

2010-10-22 13:11:53 | 観光・施設
島原市有明町にある「縄文の里」です。
あまり馴染がない施設名ですが、有明総合文化会館といえば地元の方は「ああ~あそこか!」と分かる場所です。
その文化会館の地下部分にこの展示館はあります。
文化会館建設に先立つ発掘調査で、縄文時代後期(約3000年~4000年前)の土器製作にかかわる遺構などが発見され、その出土品を中心に展示しています。
海にも山にも近く、粘土分を適度に含んだ肥沃な土地に暮らしていた人々の生活が偲ばれます。
この遺跡の特徴は、土器を作っていたと思われる点です。
土器作りに適した粘土の貯蔵穴や作業小屋と思われる柱穴跡、土器を焼いたと思われる焼土跡などが発見されています。
土器以外にも土偶や石器などを見ることが出来ます。
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二本木神社

2010-10-21 13:27:04 | 歴史・史跡
イベント中の写真ですみません。
こちら向きで笑顔で解説してくださっているのが、松尾卓次先生です。
場所は先日アップした「沖田畷古戦場跡」近くにある「二本木神社」です。
二本木神社は、沖田畷で討ち死にした龍造寺隆信の家臣のうち島原に住み着いた人たちが、その霊を慰めようと小さな祠を建て、二本木さまと仰ぎ病除けの神として讚えてきたのが始まりです。
敷地内には昭和4年(1929年)に鍋島直映・川上直之助 両氏がともに参拝して寄進した石灯籠があります。
鍋島氏は、元は龍造寺の家老で、隆信の死後に徳川幕府より佐賀藩主として認められた氏族です。
また、川上直之助は隆信を討ち取った川上左京亮の子孫です。
なんとも面白い時代の曲折が見て取れる場所です。
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島原半島にステゴドン象がいた時代

2010-10-20 13:30:28 | ジオパーク
やっぱりこのアングルの写真が一番良いなあ。
お休みが続いてしまいましたが、ブログ更新です。
17日(日)雲仙岳災害記念館主催の「親子バスハイキング~島原半島にステゴドン象がいた時代~」にスタッフとして参加してきました。
加津佐の公民館、女島、向小屋、原城跡、龍石海岸(見出し写真)を回ってきました。
ステゴドン象は古代の象で、マンモスの祖先と言われています。
島原半島には約100万年~500万年前の期間に生息したと言われています。
人間が誕生したのは約500万年前といわれ、人間とステゴドン象は共存していたかも知れません。
残念ながら島原半島に人間の痕跡が現れるのは約3万年前からなので、島原半島での共存はありえませんが。

加津佐公民館に展示されていた「ステゴドン象の左牙の化石」を覗き込む子供たちです。
場所が分かり難い上にバスは入っていけません。
う~ん、こういう良いものをもっと活かせる方法を考えなければ。
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