お寺のオバサンのひとりごと

心のマッサージにお寺へ行こう!

歎異抄講話

2008年01月13日 | 仏教
法専寺の御正忌報恩講2日目、昨日に続いて、きょうも40~50名の方にお参りいただきました。40~50代の方も多数お参りいただき、うれしかった
 
 昨日は叔父が法話。きょうは私の当番で、拙い法話を聞いていただきありがとうございました。

 前座(前半のお話)は、「巡番報恩講を より楽しむための 本堂のお荘厳(しょうごん:お仏壇のお飾り)や 作法 などの説明。

 後座(休憩をはさんで後のお話)では、浄土真宗の「信心」とはどういうことなのか  如来(仏) とは 何なのか  ということについて、私なりにお話させていただきました。

 その中でご紹介したのが、藤田徹文先生の歎異抄講話の3冊 

 「歎異抄講話Ⅱ いのちの出遇い」法蔵館 p121

 仏教は「今ここに居る、この身」の問題なのです。(略)

 この身を問題にしないで、どちらの仏さまを拝んでおいた方がご利益が多いか、どこの神さまがいいかと、何か物を買うのに、どちらの店が安いか、どちらのサービスがいいかと言うのと同じような考えで宗教をみているのです。(略)
 そこでは自分というものがまったく問題になっていない。(略)
 一心というのは、わが身というものが問題になって初めて言えることです。

 自分を問題にして・・・自分を知るということが、仏を知るということなのですね。

 きょうは、そういうことから、お話をさせていただきました。
 
 明日3日目は、住職が「御絵伝」のお話をさせていただきます。
 引き続きお聴聞ください
 

 
コメント
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