お寺のオバサンのひとりごと

心のマッサージにお寺へ行こう!

人に迷惑をかけたくない

2013年01月31日 | 仏教
 老母が口癖のように言うのが
「こんなに年老いて、いつまでも生きて、若い人に迷惑をかける」
「迷惑かけて申し訳ないので、早く死にたい・・・」

 でも、こればかりはどうしようもありません。

 生きて、したいことがいっぱいある人が、死んでゆかねばならないこともあれば、
老病の苦にありながら、死にたくても生きてゆかねばならないこともある・・・
 それが人生、
 きびしい現実です。

 私は子どもの頃から、母に「他人様に迷惑をかけてはいけない」と育てられました。

 なので、仏教に出遇うまで、自分では、それほど迷惑をかけずに生きているつもりになっていました。

 仏教に出遇って、心から、
私は、人だけでなく多くのものに迷惑をかけなければ、生きてゆけないのだ・・・
多くの「おかげさま」(文字通り、自分で気がつかない陰のはたらき)の中で、生かされ、生きている存在であった
 と自覚させられました。

 「人に迷惑をかけたくない」と言うのは、立派なことのように聞こえますが
本当はこれも煩悩なんじゃないでしょうか

 
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ビハーラ佐賀 基本学習会

2013年01月29日 | 行事・案内
 下記のとおり、ビハーラ佐賀の 平成24年度 第4回基本学習会が開催されます。

 日 時:2月21日(木)午後1時半受付~4時
 会 場:本願寺佐賀教堂
 講 師:傾聴ボランティア佐賀 かたらいの皆さま
 内 容:傾聴ボランティアについて
 参加費:ビハーラ会員無料 会員外500円
 持参品:念珠、聖典、筆記用具


「ねえ、聞いて聞いて」と、自分の話をするのは得意でも、じっくり人の話に耳を傾けることはヘタです。
 人の話聞いていても、その話を受けて、すぐ自分のことや自分の思いを話したくなります。

 傾聴
 話手の気持ちに寄り添うことの大切さをしみじみ思います。

 どうぞ、お時間がある方は、どなたでもおいでください 
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法専寺 新年会

2013年01月27日 | 雑感
 昨夜は、某料亭にて、法専寺仏教壮年会主催の新年会

 もともとは、純粋に仏教壮年会のメンバーだけの新年会だったのですが、
いつからか、私(坊守)も参加させていただくようになり
それから間もなく、壮年会会員の奥様
(一昨年解散しましたが)組の仏教讃歌コーラス「こぶしの会」に参加していた法専寺の女性陣
また、「若っかもんで飲もう会」に出席してくださったことがある若手男性諸氏にも
ご案内することになり、

 現在は、法専寺の仏教壮年会+仏讃歌の会+「若っかもんで飲もう会」合同の新年会になっています。

 昨夜は、26名の参加者で、初めてマイクを廻して、自己紹介もしたり、
大いに賑わいました。(孫も大喜びで、駆け回っておりました

 ご出席くださった皆さま、ありがとうございました
 お世話になりました。
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新手の振り込み詐欺かと思った

2013年01月26日 | 雑感
 東京の広告代理店を名のる男性から電話が・・・

 私の本を「国会図書館で読んだ」と言う。

 人を簡単に信用しない私オバサンは、「国会図書館」などという言葉が出たところで、まず警戒する。

 2月8日(?)産経新聞に2面の特集「日本の心を伝える(?とか何とか)」を組んで、44名の著書を紹介しますが、その一人にあなたを選びました あなたの本を紹介したいのですが、広告料が必要ですので、24万円広告料を払っていただきたい


 もちろん、お断りしました。
 
 「本の広告は出版社におまかせしておりますので」と言って・・・ 

 電話を切った後で、
何だ あれは、もしかして、高齢者を狙った新手の振り込め詐欺か

と思いましたが・・・

 着信履歴で調べたところ、本当にある会社でした。
個人(一般市民で本を出した人?)の広告掲載をなさる会社のようですね・・・
だから、詐欺ではありませんでしたが・・・

 6年も前に出版した、たった1冊の本が縁で、いろいろなことがあるのでした・・・
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老少不定

2013年01月25日 | 仏教
 第8代本願寺門主・蓮如上人(室町時代)の言葉です。(浄土真宗聖典より)

 仏法は、いそがしい世間の仕事をさしおいて聞かねばならぬ。
 それなのに、あなたは、ひまができたら聞こうと思ってはいないか。
 それはあさはかなことである。
 仏法のうえからいえば、老少不定の身であるから、
明日があると思ってはならない。


 老少不定(ろうしょうふじょう)とは

 年老いた者から順番に亡くなるわけではない。年少者が先に亡くなることもある。
人間それぞれ、いつ死ぬかわからない という意味です。

 それにしても、アルジェリアの事件は惨い・・・
 佐賀県の方も犠牲になられています。
 ご遺族の悲痛に涙が出ます。

 老母が、つぶやいておりました。
「若い有能な方々がもったいない。(代われるものなら)代わってあげたい・・・」と・・・ 

 
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「聞法の会」 ご案内

2013年01月24日 | 行事・案内
 佐賀教区仏教青年連盟から「聞法の会」のご案内をいただいています。

 日 時:2月20日(水)19:00~20:00
 会 場:本願寺佐賀教堂
 内 容:若手僧侶による仏教のお話
 参加費:無料
 対 象:青年と思われる男女


 「聞法の会」終了後は、懇親会(新年会)を予定。
 *懇親会の参加費は3,000円程度

とのことです。

 「青年と思われる男女」の方々、
学校、お勤め帰りに、気軽にお立ち寄りください
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飲み会 会所続き

2013年01月22日 | 雑感
 御正忌報恩講も終わり、真宗寺院は、ちょっと一息です。

 19日(土)夜は、ご近所さん「三夜待」(さんやまち:佐賀弁でグループ飲み会のこと)の会所でした。
 この「三夜待」、もう20年くらい前(もっと以前?)夫が、集落の体協(町内集落対抗のスポーツ大会が結構ある)役員をした年から始まった、2ヶ月に1回のご近所さん男性陣の飲み会です。 会所は、家当番で回ります。

 で、ここ数年のことですが、年に1回、ウチが当番会所の時は、奥様方も同伴でおいでいただくことにしています。(小さなお子さんがいらっしゃるお宅は、子どもも)
 久し振りに、ご近所仲良しが夫婦で集まって、楽しいひとときを過ごしました。

 そして、昨日は、新年会ではありませんが、毎月1回の組内法中会(そないほっちゅうかい:本願寺派のお寺グループの住職の会議)が、法専寺を会所に開かれました。
 ウチの後継者は、数日前からインフルエンザでダウン。部屋に一人隔離。
いずれの飲み会にも顔を出せませんでした・・・

 
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折り紙作品

2013年01月20日 | 雑感
きょう、お隣りの集落ご門徒のMさん宅前を車で通りかかったら、ちょうど外に出ておられたMさんに会いました。誘われるまま、車を停めてMさん宅にお邪魔し、見事な折り紙の作品を拝見

最初は小学生のお孫さんに教わった とのこと。

美しい作品の数々。めの保養をさせていただきました。
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浄土真宗に帰すれども

2013年01月18日 | 仏教
 仏法を聞き続けたら、マシな人間になるか
と尋ねられたとしたら、
 「とんでもない 他人様のことはわかりませんが、私は、マシな人間になんぞ、なっていません

 仏法を聞かせていただくことで、気づかされることは多いのですが
それは 私の性根(心の症状)のお粗末さの「自覚」であって、私の性根がよくなる(心の病巣が消滅する)なんてことはありません。

 
 親鸞聖人の御和讃(ごわさん:漢文でなく和文で書かれた仏さまを讃える詩)に

 浄土真宗に帰すれども
 真実の心ありがたし
 虚仮不実のわが身にて
 清浄の心もさらになし

 
 これは、親鸞聖人86才の時に書かれた和讃です。

 仏さまに相対して、初めて気づかされる「凡夫」の自覚。
「マシな人間になれる、いつも心穏やかであり続ける」なんて錯覚を打ち砕かれる
キレイ事でない、ホンネの苦悩に寄り添う「救い」が
南無阿弥陀仏でございましょう。

 その場、その場の感情に心コロコロ、まさに、私のための仏の教えです。
 


 
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みほとけにいだかれて

2013年01月16日 | 仏教
 しばらく佐賀に滞在していた老母ですが、
法専寺の「御正忌報恩講」が終わり、今度は直方のE寺さんの「御正忌報恩講」に間に合うように帰りました。

 母は骨粗鬆症により、背骨が全て圧迫骨折し終えたため(している最中が激痛だったようです)、背中が丸くなり身長が20cmくらい縮んでいます。
 「未明に内臓が痛む」と言い、痛み止めを飲み続けていますが、昼間は痛みがありません。
 ときどき、乾燥ゆえか、就寝中、身体中がかゆくなって、ボリボリ掻くので、
ひっかき傷ができています。

 身体は、「病気」というより「老化による変化」
 私は、むしろ、母の頭の「老化」のほうを心配しています。

 同じ話を繰り返すのは、以前からですが、今は、同じ質問を何回も繰り返します。
 自分が言ったこと、したことも忘れることが多くなりました。

 薬も自分で管理できないので、実家では兄がビニール小袋に朝、昼、夜のシールを貼って、一日分ずつ当人に渡しています。

 耳が遠くなっているので、テレビドラマもセリフが聞き取れず、あれほど好きだった「浅見光彦シリーズ」も観なくなりました。見るのは、画面文字で理解できるニュースやクイズ番組。

 読書も好きだったのですが、今は、小説を読めません。(読んでもすぐ忘れるので、展開を楽しめなくなったようです)読むのは、週刊誌とか、1,2ページずつのエッセイ。

 う~ん、「母そっくり」と言われている私。私も30年後生きていたら、今の母のとおりでありましょう。

 
 夜、就寝で布団に入ったはずの母が何か歌っている

 浄土真宗の葬儀でよく歌われる仏教讃歌の「みほとけにいだかれて」
 毎晩、それを歌わないと眠られないそうです。
明日、目が覚めるかどうかわからない、母の就寝儀式なのでした。
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