松井博著「僕がアップルで学んだこと」

2014年06月17日 12時00分00秒 | 沖縄の生活

▲<アスキー新書 2012年4月10日初版>

筆者の松井博さんは、アップルジャパン(入社1992年)を経て、2002~2009年米国アップル本社で働く。特に、スティーブン・ジョブスが帰ってくる以前のアップル(腐ったリンゴ)から、立ち直るアップルを体験した。組織が崩壊する時の要因と、組織が復活する要因が、実際に働いていた松井さんを通して書かれている。アップルの独自過ぎる話は、直ぐには真似られないが、サブタイトルにもなっている「環境を変えれば人が変わる組織が変わる」は、どの企業でも明日から真似れる組織活性・生産性UPのヒントが満載。アップルの復活物語としても面白く読めた(以下抜粋)。

生産性を飛躍的に上げた「整理整頓」
「整理整頓」と「整理のためのシステム作り」で、未使用機材大量処分。今まで手狭に感じていたオフィスに大きな空間を捻出し、職場での探し物が皆無になった。ビジネスパーソンが一年間、オフィスで書類や文具など「探し物」をしている時間は、150時間と言われている。150時間といえばフルタイムの会社員の丸1か月分の労働時間。これが無くなれば実質的に1年が13カ月に増えたのと同じで、作業効率が上がるのは当然。当時、私の部署は40人で、40人×150時間=6000時間が浮いた計算になる。6000時間といえば、3人の人間をフルタイムで1年間雇ったとほぼ同じになる。

整理整頓はモノだけに留まりません。「無駄な会議」、「無駄なお酒の付き合い」等々、職場は驚くほどの無駄で溢れている。職場が整理整頓される事で、各人のマインドが変わり始め、それぞれがこうした無駄に気づくようになり、あえて私が何かをしなくても勝手に無駄が減って行った。一番極端な変化があった所では、部署の生産性が僅か一年程で約3倍アップしました・・・。

「腐ったリンゴ」は、どうやって復活したのか?
1985~1996年頃のアップルは、顧客よりも自分の都合を優先する社員を増長させ、はき違えた自由を許していた。社内にどんなプロジェクトが走っているかも定かではない。それでいて会社の機密事項は常に漏れっ放し。社員のモラルは、落ちるところまで落ちていた。昼まで会社に来ない人がいたり、朝から来ていると思えばひどい二日酔いだったり、会社の中には何も生産していない人が何人もいて、残りの真面目な人達がそれらの人を養っている状態。本社では社内にペットを持ち込む事が容認されており、中には犬と遊んでいるのか仕事をしているのか解らない人がいた。毎週金曜日、社内パーティーがあり、みんな早くからビールを飲んでいた。何の前触れもなく引き継ぎもせずに辞めてしまう。会社への忠義心は、誰も持っておらず、会社を上手く利用する事ばかり考え、最低限の義務さえ果たしていない人が大勢いた。

1996年、ギルバート・アメリオが鳴り物入りでCEOに就任した。アメリオは、まず不採算部門の清算で、2800人をレイオフ。さらに製品のラインアップを大幅にシンプル化、再度従業員の1/3に当る4100人をレイオフ。350のプロジェクトを50にまで減らした。アメリオが辞める頃になって初めて黒字に転じ始めたが、彼が断行した各種のリストラや改革が本当に効果を表し始めたのは、アメリオがアップルに呼び戻したスティーブ・ジョブスが、あべこべにアメリオを追い出した後だった。アメリオの最大の功績は、会社の整理整頓をした事で、アップルの本当の病理がどこにあるのかが初めて見えるようになった事。

スティーブが、1997年に暫定CEOに就任して、アメリオが始めた整理整頓をさらに徹底した。アメリオが50まで減らしたプロジェクトをさらに10まで減らした。アップルの先進性を示す象徴的なグループも解体された。この部署は好きな事だけやっている印象が強かったので、スティーブはこのグループを解体する事で、誰がアップルを支配しているのかを見せしめる効果を狙った。他にも利益よりも自己満足が優先されているようなプロジェクトは一掃された。また、「敷地内での喫煙の禁止」「ペット連れ込み禁止」等が次々に実施された・・・。