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沖縄がなぜ好きか。

2006年07月09日 01時56分20秒 | 沖縄移住計画
沖縄には、若い人からリタイヤの人まであらゆる層の人が移住を考えている。
どれが良いか悪いかの判断は止そう。
それぞれの、考え方や夢があっても良い。
人の数だけ『沖縄楽園スタイル』があって良い。
そんな土地が、日本にあるだけで私は嬉しい。
たてに細長い、日本列島がなせる業(運)である。
日本は本当に、いい位置にある国だと思う。
四季があるだけでも喜びたい。
ウインタースポーツの好きな人は、北国へ。冬を喜ぶ。
サマースポーツの好きな人は、南の島へ。夏を喜ぶ。
秋もあれば、春もある。
私は、奈良で育った。
四季が充分にあり、晩秋の奈良が好きだ。
しかし、海の無い県だから、海に憧れる。

☆写真は、西表島。

沖縄楽園計画序論

2006年07月08日 15時38分19秒 | 沖縄移住計画
沖縄に移住する人が増えている。
一過性のブームではない。
今後も、増えるだろう。
それはなぜか。
なぜ、沖縄に住もうとする人が増えているのか。
私の事を考えながら、『ふーみんの沖縄移住論』を
7月いっぱい、書いてみようと思う。

私は、今55歳。
22歳の時に、初めて沖縄に渡った。
それから、33年。
日本全国を旅した。行っていない県は無い。
外国も、数十カ国旅行した。
ハワイは、12回行った。メキシコ、バリ、サムイ島、グアム、サイパンなど
リゾート地も多く訪ねた。
そんな私が、この10年沖縄の良さを実感している。
ひと言では言い尽くせない魅力を。
このブログの場を借りて、沖縄へのラブコールを
まとめてみたい。(続く)

☆写真は、フェリーから望む渡嘉敷島。

沖縄に住まいを移す その10.「就職活動編」

2006年06月21日 00時14分12秒 | 沖縄移住計画
2年前の11月に、模擬移住計画&就職活動で沖縄に渡った。その会社は恩納村にあった。面接で会った社長は、小さな会社だが将来の計画をたくさん持っていて、地元を中心に活動を広げようとする経営姿勢に共感を持った。
断られると思っていたが、来月からでも来て欲しいと言われ、戸惑う私であった。

在職中であった私は、どれだけ早くても入社は、半年後になる事を伝えた。
その時、私はまだ営業責任者にお会いしていない事に気づき、不在の営業部長に、お会い出来るように依頼して、出直す事を伝えた。
数時間後にお会いした営業部長は、さすが営業責任者だけに、ストレートな方だった。
まず、私に、本当にやる気があるのかを疑った。やる気さえあればオール歩合でやれば良いと言い、社員にする気が無いのが、見え見えだった(不動産営業経験が無い私を判断すると、当然といえば当然の話だ)。
実際に販売している現場を数ヵ所車に乗って案内してくれた。(これは、どんな商品か理解出来て良かった。)
その時に「本土の客にどれだけ高く売れるかが商売のコツだ」と、本音が出た。
この営業部長と会って、この会社の印象がまったく違ってきた。(私には、この営業方針は、絶対に従えない!)
社長の言う事は、信用するにしても、直接一緒に仕事をする上司にあたる営業部長の考え方が、私の生き方と異なるのでは、この営業部長とは、すぐ衝突するだろう。営業方針で反発するくらいなら最初から、この会社には、近づかない方が良いと思った。
社長には、即答を避け会社を後にした。
帰って、面接をして頂いたお礼と、即入社が出来ない事をお伝えしてお断りした。
私の転職活動は、この事でいったん休止した。(終了)

那覇市内でも、給与の相場を聞いたが、最初は契約社員かアルバイトからが普通。即正社員は少ないようだ。給与も、沖縄の地元企業だと年齢は関係なしで、15~16万円くらいが相場らしい。本土のキャリアともらっていた給与額を忘れないと話が進まない事を理解しておきたい。
またの機会に、沖縄の就職事情について書く予定です。

沖縄に住まいを移す その9.「就職活動編」

2006年06月20日 00時50分26秒 | 沖縄移住計画
2年前の11月に、模擬住まい探し&就職探しで沖縄に渡った。ルート58号を南下して、目的の恩納村にある会社の面接に臨んだ。

社長から、会社の現状や経営観を聞せて頂いた。今は小さな会社だが、たくさんのプランをお持ちな社長だった。それを実現させるために、人材を広く求めていた。
今いる従業員をとても大切にし、地元を中心に頑張っている様子に好感が持てた。
売り上げは、4~5億円だとお聞きした思う。
面接のポイントは、「社長の考え方に合う人物か?」だったと思う。
五つくらいの質問に対する私の考えと、好きな言葉を聞かれた。
小一時間位話をしただろうか。この社長とならやれそうな気がした。
給与提示は、基本給16万円だった。
驚いたが、地元相場の初任給範囲だと思った。
住まいは、近くの自社管理物件から月5万円以内で探して上げると言われた。
最後に来月からでも来て下さいと言われた。
採用になった。
断られる覚悟もしていただけに、話は、トントン拍子に進みすぎて、面食らってしまった。
さあどうする?(続く)
☆写真は、名護西海岸(イメージです)。

沖縄に住まいを移す その8.「就職活動編」

2006年06月19日 00時02分01秒 | 沖縄移住計画
2年前の11月に、模擬住まい探し&就職活動で沖縄に渡った。
近い将来に移住するためのリサーチだ。
住みたい希望地は、名護市~恩納村。
仕事もしなければならない。住む場所が先か?就職が先か?
履歴書も書いた。キャリアシート(職歴書)も履歴書とは別に2枚書いた。
顔写真も写真店で撮ったものを貼った。
志望動機は、沖縄で遊びたいのではなく、まじめに仕事をしたい事を強調した。
履歴書が、届いた頃をはかって確認の電話をした。
幸運にも、2社に送った内の1社が履歴書を見て、会いましょうと言ってくれた。

当日は、約束した時間の20分前に着いた。
社長さんが、電話中だったので待たせて頂いた。
事務の方は、今日の約束をご存知で、コーヒーを出してくれた。
小さなオフイスだったので、待っている間に、会社の雰囲気がつかめた。
アットホームな会社らしい。
社長の電話が終わり、面接に入った。(続く)
☆写真は、名護の夕陽イメージ)。

沖縄に住まいを移す その7.「就職活動編」

2006年06月18日 01時00分50秒 | 沖縄移住計画
沖縄で、移住候補地を探しながら、ルート58号線を南下する。
実は、恩納村には大切な用事があった。就職の面接をしに来たのだった。
恩納村に入った所に、サイデイング張りのペンションが海側に見えたので、通り過ぎてからUターン。ホテル名は、B&Bロックウッド。

しかし、飛び込むが誰も居ない。
一階のフロント兼レストランも閉まっている。
看板にあった電話番号に電話を掛けると繋がり、二階の住居兼事務所から奥さんが降りて来てくれた。
ルームキーを頂き宿泊のOKは出たが、夕食は間に合わなかったので、朝食つき5800円(くらい)だった。宿泊者は、ここも私一人。
二階の一部屋に通された。8畳二間(二部屋)ロフト付。
風呂は、室外の2階の端にある2つのシャワールームを共有使用。
オーナーが、ニュージランド住宅を気に入り、沖縄に普及させたくて建てたらしい。
宿泊ルームは、6~8部屋位あっただろうか?
素晴らしく天井が高い。ロフトは、3畳位あった。
窓の外は、少しの庭とその先は浜。沖には、無人島が見えた。
干潮だったこともあり、波の音すらしない静かな夜だ。
二日連続で、憧れの海際の宿に泊まれた。

泊まったからこそ考えた。
海のそばは、台風の時に泊まらないと本当に住む予行練習にはならない。
沖縄は、やっぱり台風を経験しないと、住まいは語れないと悟った。

明日は朝から、就職の面接だ。ワクワクしながら眠りに付いた。(続く)

☆写真は、名護海岸(イメージ)です。

沖縄に住まいを移す その6.「就職活動編」

2006年06月17日 08時51分14秒 | 沖縄移住計画
2年前の11月。本部から恩納村へ、将来の移住先を探してルート58号線を南下する。名護と恩納村の間にあったホテルで一泊し、恩納村へ向かう。

恩納村へは、就職先を探す目的地があった。
沖縄に移住するにも、当時も今もそうだが、私は、リタイヤする年齢ではない。
移住する事は、職を探す事でもある。
沖縄で、本土の人間が職を探すには、地元に知り合いがいてそこで働ける人以外は、土産物屋か飲食関係。リゾート地なら、ホテル関係か不動産会社ぐらいだろう。
ホテルでは、カヌチャベイホテル&ヴィラズの従業員の求人が出ていたが、パスした。
残るは、不動産会社。北部の不動産会社を探すが、気に入ったホームページを作成している会社は、3社位しかなかった。
まだ、ホームページが珍しい頃だったからこそ、進んでいる会社を探せる思った。
写真も無い会社や仲間で同じ造りにしている会社もあった。
第一候補に、履歴書を送り、付いた頃に社長に電話をして、売り込んだが、身内でやっているので、新しい採用はしないと丁重に断られた。
第二候補は、同じく、履歴書を送り、付いた頃に電話をしたら、来られるなら、お会いしましょうと言ってくれた。
その会社が、恩納村にあるのだ。

まず、どんな会社なのか、どんな経営者か、自分の目で確かめる事が大切だ。
規模や給与ではない。一緒に仕事をする人が大切だと思っている。
沖縄の就職事情は、日本最悪なので覚悟はしている。
新しい職と、新しい人生への、二つのドキドキが交差していた。(続く)
☆写真は、ルート58号線。右手は海、美しい風景が続く。
(当日は、雨でこんなに美しくはなかった。)

沖縄に住まいを移す その5.

2006年06月16日 08時24分35秒 | 沖縄移住計画
2年前の11月。沖縄移住の事前調査で本部から恩納村へ、ルート58号線を南下する。昼から降った雨は止まない。リゾート地のシーズンオフは、観光客がいなく閑散とて寂しい。夕暮れが迫ってくる。宿はまだ決まらない。海沿いの小さなペンションか民宿を探すが、それらしきものが見つからない・・・。
そうしていると、恩納村にはいる手前の海側にレストラン&ホテルの文字が目に飛び込んできた。
レストランが営業しているからホテルも営業している?と、期待して飛び込んだ。朝食付きでOKが出た。
レストランの奥が、宿泊棟になっていて平屋の部屋が海に向かって6部屋くらいある。
すべてオーシャンビュー。2m幅くらいのデッキが付いている。デッキの下はビーチ。波打ち際は数10メートル先だが、台風の時は完全に海水をかぶるだろうと思われる低いデッキだ。
デッキは、奥の部屋に行く人の廊下にもなっている。
部屋は、バス・トイレ付のワンルーム。窓が海に向かって天井まで大きく開いているので開放感が一杯。しかし、宿泊客がデッキを通るので、カーテンは開けられないが、船の客室にいるような感じで、充分にリゾート感が満喫できる設計だ。オフだから泊まれたのだろう、満足だ。
宿泊客は、私一人のようだ。一人でデッキに出て、手すりに足をかけ、本降りになった雨の中、暮れなずむ浜辺を眺めながら、ビールを飲んで時間をゆったり過ごした。「沖縄で、こんな生活がしたいのだ!」。(続く)

※ここまで読んでくださった方へ。ホテル名の紹介がない事をお気づきになったと思います。残念ながら、その時の事を記録した手帳が出てこなくて、レポート出来ない事をお許し下さい。お読みになった方で、お解りになる方がいらっしゃったら教えて下さい。
☆写真は、現地ではありません。名護屋我地海岸(イメージです)。

沖縄に住まいを移す その4.

2006年06月12日 03時56分19秒 | 沖縄移住計画
2年前の秋に、模擬住まい探しで本部~読谷村を2泊3日のドライブをした。
沖縄に住むなら、やはり海が見えて、西海岸で(夕陽が美しい)、自然の残っている。名護市付近かと、考えたからだ。
一日目は、那覇空港からレンタカーで高速道路を使い北上し、名護市役所を目指した。名護市役所は、花ブロックが美しい建築で有名。東南アジアの遺跡のようで、一見の価値があった。街の中はうらぶれていて寂しかった。
足を伸ばして「瀬底島」に渡る。予約なしでホテルフォールームスに泊まろうと、車で直接立ち寄ったら、オーナーは不在で電話も掛からず残念する。小さな島で一周するのにクルマもいらないくらい。住むには、少し小さすぎるかも、風景は満足。
島を一回りして見た後、美ら海水族館へ。
世界最大の水槽と、じんべい鮫2匹が悠然と泳ぐさまを観て感激!
隣接地公園内の保存沖縄古民家で見学と休憩するが誰も来ない。
雨が降っていたので、設置されていた解説ビデオ3巻すべて見る。
沖縄の民家の歴史や造られかたが詳しく解説されていてすごく解り易かった。
水族館をあとにして、近くの備瀬のフクギ並木を見に行く。
フクギが美しい!静かな村だが、人の息遣いも感じられ、住処としては充分に魅力がある。住んでみたいと思った。
今夜の宿を探すために、恩納村方面へクルマを走らせる。
ルート58号(海沿いの美しい国道)を走りながら、こんな所に住めるといいなあと思いながら、今夜泊まる海沿いの宿を探した。(続く)
☆写真は、本部町側から望む瀬底島と大橋。

沖縄に住まいを移す その3.

2006年06月11日 00時22分02秒 | 沖縄移住計画
沖縄に住まいを移すといっても色んなやり方があります。
沖縄本島VS先島(石垣島?)。那覇市内VS那覇市以外。西海岸VS東海岸。北部VS南部。
色んな考え方、色んな夢が、あっていい、それを沖縄で見つける楽しみを実行する方法は、人の数だけあると思う。
大切な事は、どういう生活をしたいか、どんなライフスタイルのイメージを持っているか。
イメージがはっきりしていない人は、急がないで、最初は、那覇市内か周辺の街から住み始めて、それから自分の夢の目的地に近づいて行くという考え方が、良いのではないだろうか?
ひとつ言える事は、仕事探しと沖縄選びは、一緒に考えない方が良いようだ。(続く)

沖縄に住まいを移す その2.

2006年06月08日 23時18分57秒 | 沖縄移住計画
人間には、北型と南型があると言ったのは、立松和平氏だ。
20代の頃は、連続8年間冬の北海道にSLの撮影に行っていた私だが。
今は毎月でも沖縄に行きたい、南型人間になっている。
沖縄には、なぜかほっとし、リラックスするものがある。
空気か?温度か?水か(これは珊瑚の影響)。
シマンチューは、素朴だ。セカセカしていない。良き昔人が残っている。
沖縄には、御嶽(ウタキ)があり、ノロがいる。神様が生活の中に溶け込んでいる。
本土の街には、すっかり無くなったニライカナイの世界がある。(続く)

沖縄に住まいを移す?その1.

2006年06月05日 15時18分56秒 | 沖縄移住計画
以前、日経新聞で、55~65歳の男女に聞いたアンケートがあった。
『資産は自分達で使い切るか?子供に残すか?』「出来るだけ自分たちで使い切りたい」が、70.7%だった。「子供に残す」は、29.3%。
自分達の世代で使い切るという人が増えてきた!子供に、お金を残しても何のプラスにならないと、私は以前から思っていた。大賛成だ。
しかし、優しい団塊の世代がこの判断をするとは思っていなかったが・・・。
実際の老後資金はいくらなのか?
生命保険センターのまとめ(東京基準で少し高め)では、夫婦二人の必要最低限の生活費は月23万5000円。60歳から20年間とすると、約5640万円になる計算だ。
沖縄で生活すると、人によって差はあるが約15万円で生活できる。3600万円で済む。差し引きの2040万円で家を買ったら、東京で住むより家賃ゼロで、月15万円でゆったり生活できる計算だ。
どうしますか?(続く)