らんかみち

童話から老話まで

嘘つき医者を窓から突き落としたい

2007年07月03日 | 暮らしの落とし穴
 つづき

 入院証明を受け取って、かつての同室だった癌患者さんたちをお見舞いするか、それとも静かに自分の胸の中だけで彼らに惜別の念力を送るか悩みました。だって部屋に入ったはいいが、愁嘆場を目の当たりにしたくないじゃないですか。
 まあ、皆さんいきなりそんなに悪くなってはいないでしょうし、行けば喜んでくれるかな、と迷いました。
 
 そうやって悶々としながら目を通した入院証明には、
「突発性難聴 上記疾患にて、入院し、ステロイド系点滴、内服、加療を行い、経過良好にて退院となった。現在外来フォローアップ中である」
と、実におめでたいコメントが書き込まれたあり、他人の証明書と間違えて渡されたかと、一瞬患者名を確認し直したくらいです。
「このままで症状は固定され、急速に聞こえなくなるでしょう」
 そう断言した舌の根も乾かぬうちに「経過良好」なんてどの口が言うとるんじゃ! こら主治医、正直に書かんかい、今から怒鳴り込みに行くぞ。
 それほどムカついていたんですが、まてよ「癌友」に見せたら笑いが取れそうだぞと、病室をお見舞いすることにしました。
 
 五人部屋の仲間だった一人は退院していましたが、案の定また再入院するとのことで、ぼくの入院証明を見ながら三人で談笑しました。
「こりゃひどいな、主治医が来たらこの7階の窓から突き落としてやろうよ」
「それええな、『耳鼻科医師、謎の転落死。背景に患者との確執か』なんて新聞記事に出るやろな、アハハハ」
「そやけどあいつデッカイからひょろひょろの癌患者の3、4人では突き落とすの無理やでぇ」
 そんな会話で盛り上がっていた正にそのとき、主治医が部屋に入ってきたのです。
 
「先生、経過良好ってどういう意味ですの? だんだん悪くなってきてまっせぇ」
「あ、いやそれはその、副作用も無く退院できたと言う意味でして……」
「副作用って、背中や胸一面に蕁麻疹が出てますやん!」
「あ、そうでしたね、まあ何と言うか、これは決まり文句みたいなもんで……」
 入院証明書をたてに、主治医との不毛なやり取りをいつまで続けても仕方ないので、ぼくの方から引き下がりましたが、
「この病院を退院するときは、死んで出ない限り経過良好と書かれるんか?」
と、主治医が病室を出て行くなりまた盛り上がりました。

 この病院には「電子カルテ導入のため待ち時間が増えますことをご了承下さい」と、張り紙がしてあるのですが、電子カルテというのは事務処理の効率化のために導入するんとちがうんかいって言いたくなります。
 いや、それより何より、電子カルテというのは後から改ざんされないようにするためのシステムのはずです。でもこんな入院証明が発行されるんだから、カルテには「完治」なんて記入されているかも知れません。
 どんな高価なシステムを導入したって、治癒率アップのために医師がでたらめをカルテに記しているなら、宝の持ち腐れというだけではなく、医者の片棒を担いで保護するためのアリバイ工作システムに、電子カルテが成り下がってしまうではありませんか。
「医は仁術」とだれが言ったか知りませんが、仁術を扱える医者はそう多くないので、しょうがないのかもしれませんが。