らんかみち

童話から老話まで

蚊取り線香の夏は美しい

2007年07月28日 | 暮らしの落とし穴
 関西の梅雨は明けたのかなって、まだ雷も聴いていない気がするけど、世間がそう言うんだから認めざるを得ない。
 のみならず、梅雨は明けましたって蝉の鳴き声までもが高らかに宣言するだけでなく、蚊までが太鼓持ちみたいに追従する。
 それだけならまだしも、夜に窓を開けっ放しにしていたら痒くて仕方ない。
 
 去年までは蚊の心配なんかしたことがなかった。7月に入ったら暑く感じた日はほとんどエアコンを稼動させていたから、蚊なんか見たこともなかったが、今年はもうすでにエアコンを取り外しているので、自然の風と扇風機を頼りに涼むしかないのだ。
 
 昨夜は最悪だった。酒を飲んで眠るとその匂いに釣られて蚊が寄って来るのは仕方ないけど、あの忌まわしい蚊の羽音が難聴のぼくには聴こえない。それはそれで嫌な音が聴こえなくなり楽なのかも知れないけど、知らないうちに虫刺されの水ぶくれが出来ているのも許しがたい。
 
 あんまり痒いので蚊取り線香を買った。金鳥の蚊取り線香に火をつけた瞬間、ぼくの心は幼い日に一瞬だけ戻る。
 蒸し暑いけど冬とは違う、遠くに蛙の鳴き声が聴こえる真夏の夜。蚊帳にもぐりこむ前のほのかなときめきにも似た喜びは、酒に酔うことに拠って得た熟睡に反比例して目覚めが虚しい。
 
 生きている意味を考えないと生きていけなくなったのがいつからか分からないけど、とりあえず今は生きている。昔を思い出させてくれる蚊取り線香の匂いだけど、無為のうちに過ぎ去った過去が戻ってくるわけではない。もう一度原点にかえって生き方を見つめ直せと、蚊取り線香にぼくは燻されている気がする。