『灰と幻想のグリムガル』9巻 (著:十文字青 先生/イラスト:白井鋭利 先生)
千の峡谷(サウザンバレー)にて、フォルガンとの戦いに身を投じたハルヒロたち。
仲間の身に様々な出来事がありつつ、やがて戦場からの脱出を図るも、その途中、
それぞれバラバラになってしまい・・・・・・
といった展開になる第9巻。
8巻で繰り広げられた戦いの行方と、その後の顛末。
そのあたりに引き込まれるのはもちろんとしても、この巻で注目すべきは
チーム・ハルヒロの面々、それぞれの視点と心情が描かれる点でしょうね。
https://twitter.com/gorimuchu67/status/768603308961378304
Twitterでも述べたように、本作の内面描写は主人公であるハルヒロを中心に書かれており、
他の人物に関しては、たま~にしか出てこないのですよね。
なので、この9巻で描かれる各人の心情は貴重な内容だと感じますし、さらに言えば、
その中で多くに共通しているのは、依存からの脱却=自律をめざす想いであり、
このことが今後のチーム全体に、大きな影響を与える気がします。
そうした意味では、チーム・ハルヒロにとって、何かしらの前進となるエピソード
といえるのかもしれませんね。
以下、ネタばれあります。 (未読の方はご注意ください)
【ネタバレ感想】
●ハルヒロの想い
リーダーであるハルヒロの、仲間たちへの想い。
これについては試し読みで読めますので、そちらを参照していただくとしても、
私は、けっこう意外だと驚いてしまったのですよねえ。
「シホルがいてくれないと、生きていけない」とか、「ユメのことは好きだ。大好きだ」とか、
割とストレートな心情を、内心とはいえ吐露していたのは、ハルヒロにとっては珍しいことで、
それだけ仲間たちへの想いは深いことを感じさせてくれました。
また、別の場面でメリイに語るランタへの想い。
「お互いに遠慮したことなかった」、それだけに「えがたい」存在だったと述べていたのは、
犬猿の仲でありながらも、強い絆で結ばれた2人の関係を思わせますね。
●クザクの想い
パーティの盾役である、クザクの考える己の脆さ。
ハルヒロに対して、尊敬ともいえるほどの念を抱いているクザク。
そんな彼が、ハルヒロに比べて自分は集中力を欠く場面が多いと感じている様子。
それを、なにかと他人任せにしがちな自分の依存心のせいだと考え、是正したいと思っている
わけですが、その背景には立派な盾役になりたいという願いがあり、ハルヒロにかけられた言葉が
大きな支えとなっている点に、クザクのハルヒロへの想いが感じられます。
そして、武器も盾も失った状態で独りになり、何度もくじけそうになりながらも、
前へ踏み出そうとする姿勢を持ち続けていていたことは、彼の成長といえるでしょうね。
●ユメの想い
ユメのパーティに対する想い。
ランタの身に起きたことを、不確実ながらも知ったユメ。
その後、ふとした拍子に涙を流すほどであったことは、意外といえば意外でしたね。
とはいえ、それはパーティを「家族」と捉え、その一員に何か重大なことが起きた
かもしれないことに対して湧き上がった感情ですので、ユメらしいといえばユメらしいのかも。
それでも、事あるごとにランタを思い出していたのは、彼への想いが強いということなのでしょうね。
また、激しい戦いの中で、マナトの言葉が支えになっていたことには、感じ入るものがありましたし、
さらに、その戦いの“決着”のさせ方が、ユメにふさわしいものだったことは、感動的ですらありました。
あんな“決着”、ユメにしかできませんよ。
●シホルの想い
成長著しい魔法使い、シホルの想い。
己の生き死にを、自分だけの問題だとは捉えていないシホル。
それは、仲間を悲しませるものだから、と考えていたのは、なるほどでしたね。
7巻で、ハルヒロに対して自己犠牲的な行動を戒めていたのも、仲間の死がどれほど衝撃的か
知っているからこそであり、同時に、その辛さを自分が死んだときも仲間に味わわせてしまうことを
恐れていることがよくわかります。 聡明ですよ、シホルは。
それにしても、ツガとの関係はなかなか面白かったですね。
男運は相変わらず悪そうですけど、ツガさんはまだマシな方かな? 呼び捨てのやりとりは楽しかったですし。
「何も言わなくても助けてもらえるとか期待していない」シホルだからこそ、彼も力を貸した気がします。
●ランタの想い
ハルヒロへの、ランタの想い。
自分の弱さを見つめつつ、強さを渇望するランタ。
そして、死への忌避感などを背景に、ハルヒロに複雑な想いを抱いていることが伝わってきます。
ここでも、ハルヒロとランタ、2人の関係の特殊性が浮き彫りになっていますね。
さらに、8巻でとった行動についても、ランタ自身の考えが語られていて、色々と納得。
ただ、そこにハルヒロとのすれ違いがあるわけで、この落差にもどかしさを感じずにはいられません。
また、フォルガンに安らぎを覚えてしまうランタは、自分が皆とは“違う”のでは? と考え、
自分の居場所について思い悩むものの、その思考の落ち込みをすんでの所で支えたのが、
モグゾーとの記憶だったことは、何かしら感慨深いものがありましたね。
●メリイの想い
ハルヒロと2人きりな、メリイの想い。
この巻で最も充実して内面が描かれたのは、メリイでしょうね。
しかも、他のメンバーが苦境に立たされる中、1人コメディチックな内容だったのが可笑しかったり。
いや、本人はしごくマジメなのですけどね。
仲間に多くのことを支えてもらっていると、ハルヒロに語るメリイ。
そして同時に、ハルヒロのことについて考えていましたけど、第一印象と現在のギャップが大きく、
彼の成長を実感し、いつの間にか背中を追いかけるようになったとまで、思っている様子。
けれど、追いかけるなんていやだ、せめて横に並びたい、隣を歩きたいと考えるメリイ。
そのために自分は変わらなければ、という想いを抱いていたのは印象的でした。
後半、隣じゃなくていい、後ろでいいから居場所がほしいと、心情が変化しているのは、
ハルヒロの活躍を目の前にして、自分との差を感じたからこそだと感じます。
これがいつか、再び「隣」に意識を向ける日が来ることを、私は期待したいですね。
それにしてもメリイさん、かわいいもの好きであることは、これまでの描写から察してましたけど、
ニャアを目の前にして、ハルヒロの話を聞き流してしまうほどとは・・・完全に意識奪われてます。
撫でたいとか、抱っこしたいとか、言い出せずにチャンスを逸してしまう所は、愉快でしたねえ。
あと、名前の呼び方を考える所。
そんなこと考えてたの・・・と、半ば驚きつつ、笑っちゃいましたよ! 本人マジメなだけに!
●メリイのハルヒロに対する想い
思わぬ伏兵を前に、浮き彫りとなるメリイさんの心情。
ある条件により、ハルヒロが協力を得ていたセトラさん。
彼女が再びハルヒロの前に現れ、とんでもないことを言い出していたのは面白かった。
このことは、メリイのハルヒロに対する感情を刺激する結果になっていて、興味深い所でしたよ。
これまで、ハルヒロのメリイへの心情は語られてきたものの、メリイがハルヒロをどう思っているか
については、今一つ謎のままでした。
ハルヒロにとってよき相談相手となったり、ミモリンの彼へのアプローチに棒読みで祝福したり、
ハルヒロの捨て身な行動を「減点」で評価したりと、そこそこプラスの感情を抱いていることは
わかっていたのですが、では、実際にどう思っているのかは、ずっと気になっていました。
それが、この巻で少しずつわかってきたのは、重畳。
はっきり言ってしまえば、恋愛感情は抱いていない・・・と本人は思っているようですけども、
所々で「ん?」と感じさせる要素が、ちらほらありましたね。
それもこれも、セトラさんの存在があるためで、彼女の登場は、2人の関係に大きな影響をもたらしそう。
私としては、ヒロインの嫉妬は大好物ですので、セトラさん、もっとやっちゃってくださいと、
お願いしたいくらいです(ォィ
真面目な話、セトラとある人物が似ていることに気付いたり、ハルヒロとの関係について尋ねられ動揺したり、
子づくりの話題に過剰に反応したり、何やら胸が苦しかったり、彼の活躍をかっこいいと思ったりと、
メリイのハルヒロに対する、無自覚ながらも特別な感情が感じられたことは、大きいですよ。
あと、パーティ内恋愛禁止だとか、ハルヒロとセトラの関係にちょっと投げやりになる所とか、
何となくメリイって、ハルヒロに思考が似てますよね・・・ 似た者夫婦ですな(ぇ
●その他
“颱風”ロックスや、ジャンボのことなど、語りたいことは色々ありますけども、
とくに気になったのは、ユメやランタと、フォルガンのことでしょうか。
ランタは、フォルガンに安らぎを覚えるほど、何かしら入れ込んでいる様子でしたが、
ユメもまた、他の面々とは異なるアプローチをフォルガンにしていて、この2人はフォルガンとの繋がりを
作れる可能性を感じさせてくれた気がします。
ただ、ランタがああいうことになってしまったため、今後どうなるかは未知の領域でしょうね。
異文化交流の礎になりそうな気配はあったのですが、どうなることか・・・
さて、これにて8巻から続いて来た戦いは、ひとまず幕となったわけですが、
ここから帰還の話になってゆくのでしょうか? はたまた、何か別の問題が湧き上がってくるのか?
いずれにせよ、次の巻も楽しみです! 待ち遠しい!