森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

花のデッサン

2005-08-31 23:00:34 | 日々の写真
 以前少しだけデッサンを習っていたことがある。花瓶や果物、ポットなどの静物を写生するのだが、目で見たのと書いてみたのとでは、物の大きさを捉える感覚が全く違っていてイヤになった。それでも鉛筆でのタッチや、影の書き方を教わって何とか出来上がるとうれしかった、でもここからが問題で、最後の仕上げのとき、見るに見かねてかどうか、先生が手を加えたのだ。ヘタでも自分で完成したかったのにと、心の中でつぶやく。
 一本の線もうまく引けないことを知らされたのだが、意地になって線ばかり引く。すると余計に乱れた線しか引けなくて、紙をグシャグシャにしてポイ。
 このダリアを見て、スケッチするのが難しいなと思った。でもデッサン抜きで身勝手流の色合いなら描けそうだ。写真と同じで、色彩でごまかしてはいけないのだが・・・
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仁王様の足

2005-08-31 01:25:01 | 日々の写真
東大寺に行ったときの写真なのだが、記憶が定かでない。仁王様の足に気魄を感じて写したのだろう。地に足を着けると言うが、これぞまさに、どっぷりと地に足を着けている。
 同じときに大仏様の写真も撮っているのだが、室内のせいかピントが甘く、もうひとつだった。私はお寺巡りが好きで、特に入り口の仁王様はたいてい覗いて行く。軟弱な精神をたたきのめすぞ!という迫力が好きだ。
 子どもの頃は、近くのお寺の仁王様が今にも動き出しそうで怖かった。でもまた覗いてみたくなるのだった。慈悲深い仏様もいいが、人間の罪と業を成敗してくれるような、仁王様に今でもあこがれる。
 心のどこかで強い者に守られたい、そんな願望があるのだろう。現実は誰も守ってくれはしないし、怖くても自分の足で暗闇を進んでいかざるを得ないのだ。
 せめて、自分が仁王になったつもりで、睨みを利かせて戦っていこうか。
 子どもの頃に空想していたときと、あまり変わっていないのだなあ・・・。
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中国の市場

2005-08-29 20:17:18 | 旅の写真 外国篇
 中国の市場は何でも売っている。野菜、果物、乾物、魚、肉は普通だが、蛇やさそり、ウサギや鳩も見たことがある。市場は活気があって、朝食はホテルより市場の方がおいしい。この写真は市場の朝で、いろんな人がいろんなことをしていて、まさに雑然とした光景である。人ごみというより日々祭りのようだ。
 こういうところで暮らしたい、こういうところで暮らすのは嫌だ、真っ二つに分かれるだろうな・・・。
 私は一年の半分をこの風景の中で暮らし、あとの半分は田舎暮らしがいいなあと勝手に思う。年齢と共に都会の喧騒はきつくなっている。
 人の一生で暮らす場所はかなり限られている。旅は一時的であれ、自分の別の暮らしを思い描かせてくれる。「ここに住んだらどんな人生だったろう」そんな思いをめぐらしながら旅をするのが私のクセだ。だから外国を旅しても、道行く人が他人と思えない。
 むしろ言葉の通じるはずの日本でのほうが、旅をしていて自分が異邦人に思えることすらあるのは不思議である。
 中国の市場は人も動物も物も、同じ様にゴタゴタした風景に溶け込んでいるので親しみがわく。
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奈良の鹿

2005-08-28 21:03:36 | 旅の写真 国内篇
昔、棋士になりたての25歳頃から数年間奈良に住んでいたことがある。いちばん好きな二月堂へは夕暮れ時によく散歩に行った。地元の人のはからいで、お水取りの儀式を見せてもらったこともある。たいまつの中で数時間、トイレに行かれないのには困ったが、その後、修行僧の儀式を見ながらお題目を聞いて夜を明かすのは貴重な体験だった。
 奈良公園の鹿は人馴れしていて、せんべいを食べさすと丁寧におじぎする。いやおじぎしてせんべいを貰うといった方がいいか。
 まれに群れからはずれた鹿もいる。荒っぽいので仲間はずれになったのだろうが、ふっと親しみを覚えたりする。
 鹿の純な目が好きだ。動物の写真を撮るときは目にピントを合わせるが、鹿はいつもはっとする目が印象的だ。
 あれから30年足らずの月日が過ぎた。秋になるとコスモスの般若寺や口元の引き締まった鹿を、また撮りに行きたくなる。今日は少し疲れた一日だった。
 歳月は人を待たずというが、風景は歳月を待たず・・・(?)だろうか。

 
 
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篠山城跡の白ネコ

2005-08-27 23:13:12 | 動物と花
丹波篠山の城跡の堀周辺を歩いていると、白いネコがいた。あまり人慣れしていないみたいで、用心深く近づこうとしたが、さーっと通り過ぎて行った。
 写真を撮ろうとしたら、余計に足早に去っていく。のらネコか飼いネコか、恐らくのらネコだろうと思った。のんびりした気配が感じられないからだ。
 そばにカラスもいた。人を見ると確実に意識して、距離を計っている。素早く飛び去ったかと思うと、また近くにいる。カラスの写真を撮ろうとすると、気配を感じて樹の上に飛び去る。何度か繰り返す。からかわれているのでなく、欲しい獲物があり、むしろカラスの方が「早く立ち去ってくれたらいいのに」と言っているようだった。
 小学生の子ども達が通り「こんにちは!」と声を出す。誰に挨拶しているのかと思ったら、私達に向けての元気な声だった。
 堀には大きな蓮がいっぱいあって、ところどころに大きな蓮の花が咲き残っていたが、上を向いていたので撮れなかった。
 篠山城跡の周辺の道は、いかにも昔と変わらぬたたずまいで、時代劇のドラマのセットの中を歩いているようだ。ネコもカラスも子ども達も蓮の花も、城下町の雰囲気を守り続けているようだ。
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丹波篠山に行く

2005-08-26 19:34:32 | 日々の写真
 奨励会試験3日目、森門下で3名が残り、いずれも1局目に勝ち二次試験に合格した。あとは面接と合格通知を待つだけだ。今年の試験もようやく終わった。
 すっきりした面と、悔いの残る面とがあるがともかく一区切りがついた。気分転換と台風一過の青空なので、遠出することにした。
 宝塚から三田を越えて、丹波篠山に行く。稲穂が明らかに黄みがかって、光線に映えてきれいだった。篠山にはもう何度か行っているが、古風な城下町である。まだ暑さが残っているせいか、観光客も少なくひっそりしている。
 この町並みを歩いていると、屋根が低くて昔の暮らしの一端が垣間見られる。もう遠くになってしまった時代を懐かしむ心情は、次の世代では消えてしまうのだろうなと思う。店の中でおじいさんが立ち話をしていた。30分位して帰りに覗いたときも、まだ続いていた。昔はよく見た光景だ。自販機で「クリームサイダー」なる昔風のドリンクを飲む。「リンゴジュース」もあった。汗をぬぐいながらリックを背負った若者のグループが来た。「同じお茶じゃ飽きたなあ」でも昔懐かしのドリンクを飲むかなあ?
 また新しい一年が始まる。
 
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将棋は仕事

2005-08-25 23:59:32 | 日々の写真
台風11号は東海、関東地方に上陸して、宝塚はほとんど雨も降らなかった。朝晩は秋の気配で、夜は蝉に変わって虫の鳴き声がする。
 一年の経つのは早い。去年、奨励会試験が終わって合格、不合格で一喜一憂して、それぞれ明暗が分かれた。また一年経ち、今年も明日の二次試験で最終結果が出る。弟子を持つと複雑な思いと、いろんな体験をする。
 私は故南口繁一九段門下として、19歳のときに奨励会に入った。年齢的に無理と思ったけれど、親にも相談せず会社も辞めて挑戦した。
 駄目なら他に仕事を見つけたらいいやと、あまり深く考えもせず、でも止むに止まれぬ心境で、自分の人生を打開したかったのだと思う。4級で入会したが、その後どうして棋士になれたのか不思議なくらい、綱渡りだった。だから胸を張って棋士ですというよりも、隅っこに席を置かせてもらっているという意識だ。
 勝負の世界には不向きと、何人の人に言われただろう。自分でもそうだと思っている。でも将棋は好きで、それだけは誇りを持っている。将棋は自分にとって、人生での仕事でそれ以上でも以下でもない。弟子を持つのも、わたしにとってはある意味で仕事なのである。いい仕事をしたいと思うのだが・・・
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村山聖の写真

2005-08-24 20:38:11 | 将棋あれこれ
スキャナーで古いフィルムを整理していると、弟子の村山君(故村山聖九段)を大阪城の梅林で撮ったのが出てきた。六段に昇級昇段したときの写真だ。もっと大事に保管しておけばいいのだが、まあこれがいいのだろう。
 もともと村山君は「写真は魂を抜かれます」と言って、撮ろうとすると顔を隠していた。「好きで撮るのじゃない。将棋世界の編集部に頼まれた仕事だからな」そう言って、強引に連れ出したのだ。初めは憂鬱そうだったが、次第にあきらめたのか、呆れたのか、そのうち自然ないい表情になった。憂いの顔が笑顔に変わる。
 今思うと、このときが村山君の29年の生涯で、数少ない安堵の表情を見せたときだったかもしれない。かなりな枚数をポーズを取らせているうちに、村山流の警戒心が薄れたのか、あるいは眠かったのだろうか(?)懐かしくもちょっぴり寂しさを感じてしまう一枚一枚だ。
 「森先生、酔っ払って演説するのだけは辞めて下さい」村山君に言われたことは今もなるべく守っている。
 時を刻む時間は風化していくが、写真は時間が経つごとに忘れえぬ記憶を確実に刻んでいる。
 ☆HP「森信雄の日々あれこれ」のフォトギャラリーにこの写真を掲載しました
 
 
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犬の友達

2005-08-24 00:10:24 | 動物と花
子どもの頃に祖母の家で飼われていた「ジョン」という犬がいた。私は覚えていないが、ちょっかいを出してはずみで右手を咬まれたらしく、いまだにその傷跡がうっすらと残っている。ジョンは賢い犬だったので、よほど私が悪いことをしたか、もののはずみだったのだろう。
 そのジョンがある日突然死んでしまった。母に聞くと、隣のおっちゃんがジョンに餌をやっても、他人からは食べないのが気に入らなくって、殴って殺したという。ひどい話だが、ジョンに咬まれた傷跡が今もその記憶を蘇らせる。
 その後で「メリー」という犬を飼った。メリーはよく食べ元気で、20年くらい生きて、私が就職で大阪に出てきた頃に亡くなった。今はトビオとクロと2匹飼っている。私の人生はほとんど犬と一緒に暮らしていることになる。
 この写真は中国の犬だ。首輪をしていないのだが、野良犬か飼い犬かはわからない。「ヨー元気か!」と友達同士の挨拶を交わしているのだろうか。
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土砂崩れ

2005-08-22 21:54:27 | 旅の写真 外国篇
中国三江にタクシーで帰るとき、土砂崩れで道がストップした。状況がさっぱりわからないので、車の中で待つしかない。少しして1台のブルドーザーが辿りつき、崩れ落ちた樹木を道の下に落とし、1時間くらいして崖のうえの土砂を切り崩し、陥没した道に埋めていく作業が始まった。理屈からすると荒っぽい方法だ。
 道の反対側でも車が集まり、何事かと降りて見物に行く人もいる。誰一人文句を言うどころか、川に下りて泳ぐ人もいる。そのうちアイスキャンディ屋さんも現れ物売りも駆けつけてきた。数時間立ち少々うんざり気味だが、歩いて道が通れるようになったので、人に付いていき様子を伺う。どうやらお互いの道でタクシー同士の話し合いで、お客を交換しているみたいだった。私の乗った運転手も、半額にするから向こう側で車に乗り換えろと言っているみたいで、移動することにした。タクシーは居なかったが、農作業の車が臨時の相乗りタクシーになっているようで、エイヤ!と乗り込むことにした。
 のんびりと、しかも途中で客を集めながら、タクシーは三江まで走った。
 何が起きても、少々のことは気にしないのが中国の人のたくましさか。中国の長い歴史を見ると、さもありなんである。いつの世も栄華は滅び庶民は続く(?)
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犬と少年

2005-08-22 00:24:08 | 旅の写真 外国篇
 中国、三江の隣の程村駅のそばで、犬を散歩させている少年がいた。繋いでいるのは鎖の紐で、むしろ「少年を連れた犬」の光景のようだ。
 こちらに変な人がいると疑うわけでなく、愛想よく近づくわけでなく、一定の距離感をおいたまま淡々と散歩していた。駅に向かう階段を上る途中で、ちらりとこちらを向いた。少年のぶっきらぼうさに、素朴さが伺える。
 もう二度とこの少年とは会うこともないだろうが、これも小さな一期一会である。私は世界のどこかの見知らぬ土地の見知らぬ人の間で、自分がポツンと存在している立場が好きである。その気持ちを体験するために旅をしていたかもしれない。日本語の思考回路を絶ってみると、生きていく上で、言葉よりも必要な阿吽のものが存在するように思えるのだ。
 階段でもおしっこをして、少年を連れた犬が去っていった。
 
 
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能勢の風景

2005-08-20 22:54:57 | 日々の写真
 夏休みも後半の土曜日、能勢に行く。吸い込まれるような夏の青空にポッカリ浮いた白い雲と、いよいよ実りを迎え、夏の終わりを感じさせる能勢の田園風景が、パノラマのように広がっていた。アオバズクの居なくなった野間の大けやきにも、人がけっこう来ていて、日差しをさけながら日陰で涼しい風を待っている。
 車に積んでいたお茶が暑くなったので、自販機の冷たい缶コーヒーを飲む。
 デジカメだとついつい写真を撮る枚数が増えてしまう。同じ場所でも、自然が呼吸するように日々の色合いで風景が違ってくる。帰って見ると200枚くらい撮っていた。これから稲穂が実り、秋の収穫シーズンも間近だ。
 日々が過ぎていく時間の感覚と、季節の移ろいを実感していくような年齢になってきたのだろう。能勢の風景は色彩豊かだ。
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桂林の裸の画家

2005-08-19 19:03:12 | 旅の写真 外国篇
 中国の桂林の街角で、裸の画家が絵を描いていた。いかにも大胆不敵な姿形で、絵筆を持って、カアッと気合を入れてキャンパスに塗りこむ。初めは見世物芸かとおもっていたが、れっきとした画家で抽象画のような作品だった。まるで仁王様のような風体で、道行く人も興味を持って立ち止まる。
 裸の大将、山下清の中国版みたいだが、画家として本物か偽者かよくわからなかった。
 桂林と言えば璃江下りだが、観光地としては居心地がいいのか、けっこう外人の人が長期で滞在しているようだ。レンタサイクルであちこち回ったが、水墨画の世界は遠くからの方がいい風景で、近いとそっけない山の集まりでもある。
 きっと早朝や夕方のある瞬間だけに、自然美の空間が広がるのだろう。桂林で蛇や蛙など食べようかと思ったが、無理だった。中国の食を考えると、私はいかにもか弱い日本人である。
 
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渡し舟

2005-08-19 01:18:01 | 旅の写真 外国篇
中国、広西チワン族自治区の三江(さんじゃん)に風雨橋を見る旅をしたとき、隣の「程村」という村に行った。観光地でもなくごく普通の村だったが、渡し舟が見えて、面白そうなので乗ってみることにした。時間を待っていると水牛を連れた農夫がやってきた。まさか小舟に水牛が乗る?そうではなくおじさんは手綱を持って、上手に水牛を引き吊れて渡ったのだ。そのシーンを数枚撮ったつもりでいたらが、何と空フィルムだった。この一枚はそれに気づいて撮り直したものだ。
 この川ではスケッチもした。へたくそな絵だが懐かしい。
 渡し舟は人がほどほど集まったら、むこう岸に渡る。暮らしに必要な生活の場だ。中国の田舎時間に慣れると、待つことも平気になる。程村から列車で三江に帰ろうと駅で待っていたら、結局来そうにないので、また渡し船まで戻る。日が暮れたら、渡し船は終わりなのだろうなあ。
 
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大洲の犬

2005-08-17 23:12:08 | 旅の写真 国内篇
 旅をすると普段以上に早起きをする。そしてカメラを持って散歩がてらに早朝の街を歩いてみるのが私の習慣だ。この写真は数年前に愛媛県の大洲に仕事で行ったときの一枚で、もちろん早朝。
 大洲は古い城下町で、しっとりと落ち着いた雰囲気がある。確か朝靄が多かったと思うが、昔の風景が残されている街でもある。
 以前に来たときの記憶を辿って古い町並みを歩いていると、わたしの苦手な大きな犬が道の真ん中に座っているではないか。一瞬後ろを向いて引き返そうかと思ったが、よく見るとこの犬は安心だった。私は人間を見る目はないが、犬を見る目の方は経験則上確かなのだ。むしろこのシーンは岩合光昭さんの写真集「日本の犬」そのものだ。人っ子ひとり、犬っこひとりいない、静けさが伝わってくるはずだ。
 この犬は毎朝こうして、路上の見張り番をしているのだろうなあ。
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