森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

アリスの庭の花

2006-08-31 23:50:20 | 日々の写真
西宮市船坂のイタリアレストラン「アリス」の庭に咲いていた。
 今日で8月も終わりだが、夏の熱気が去り、人それぞれに次の局面を迎える。
 今の時代は知らないうちに何らかの色に染まり、自分でそれを気づかないままに、流されていくことが多いように思える。
 「つまらない方向に行くんじゃない」弟子や自分にも、そう言いたくなることもあるのだが、冴えないことは留まることがない世の中なのかもしれない。
 戯言を吐きたくなる日々でもあるなあ。
 
 
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堺旧港 龍女神像

2006-08-30 20:42:14 | 日々の写真
 堺に行ったとき、港付近にいつも気になっていた像があった。堺旧港の龍女神像
(りゅうじょじんぞう)である。港の夕景の中に見えるのがその像である。
 車でぐるぐる回り、堺旧港の向かいに見えてきた。
 ”旧堺港北湾戸から港内に突き出た北波止突堤の付け根に高さ16mの石張りの台座上に10mのブロンズ製の乙姫像が立ち上がっています。”
 
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昨年の森信雄杯、席上対局

2006-08-29 23:44:49 | 日々の写真
 昨年の第10回森信雄六段杯将棋大会の、大石三段と澤田1級の席上早指し対局である。山七段ー脇八段の記念対局は、私が解説なので撮れない。
 記念対局が早く終わったので、急遽組んだイベントである。
 記録は高田3級、読み上げは荒木4級。
 今年も第11回森信雄六段杯将棋大会が9月18日に開かれます。
 どうぞご参加下さい。
 
 第11回森信雄六段杯将棋大会


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大徳寺 利休

2006-08-29 01:20:27 | 日々の写真
 この門に秀吉が利休に切腹を迫る原因となったと言われる、利休の像がある。
 この話の真偽はともかく、晩年の嫉妬深い性格の秀吉ならありうるだろう。権力者は常に不安を抱えているらしく、猜疑心が強くなるのだろう。
 人間は年老いてくると、執着と無常にわかれるような気がする。どちらがいいとかでなくて、どちらに流されるかではないだろうか。
 執着は醜さを生み、無常は哀しさを生む、黙って静かに消え去るのが理想だろうか。
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関が原 宇喜多陣

2006-08-28 01:58:57 | 日々の写真
 関が原の宇喜多秀家の陣があった道である。西軍で奮闘した宇喜多秀家は結局八
丈島に流された。戦国の世で生き延びるために、権謀術数があるのは仕方のないことで、大なり小なりいつの時代でもあることだ。
 歴史は勝者に都合のいい面があるが、敗者にも潔さを感じさせる人物には好感が持てる。歴史に「ればたら」は禁物だが、遠い昔に思いを馳せる。
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津山城跡

2006-08-27 00:00:10 | 日々の写真
 天守閣の消えた城跡は、時の流れを飲み込むように存在する。安土城跡を訪ねたときもそうだったが、青い空だけが昔と変わらぬ栄華を見ているのだろうか。
 かってあったものが、今はない、そして時だけが永遠に刻んでいく。人の思いや魂はどこに行ったのか。
 歴史のロマンの中に無常感がぽっかり穴を開ける。そして無数の見えない人の魂が、それを埋めるかのように・・存在するのだろうなあ。
 
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津山に行く

2006-08-25 23:33:06 | 旅の写真 国内篇
 遅い夏休みで、岡山県の津山に行った。以前から一度来てみたかったが、城下町特有の古い町並みが保存されてあった。
 まだ残暑が厳しくて、汗をかきかき城跡や坂の多い町を散策した。この写真の風景は上之町を上ったあたりである。
 フーテンの寅さん最後の作のロケ地だそうで、今度映画を見てみようと思う。
 寅さんも国内の古い街並みを渡り歩いているのだ。失いかけている昔の風景が残っているとほっとする。
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バラ

2006-08-24 22:40:37 | 日々の写真
 今年の奨励会入会試験がほぼ終わった。(9月にも一次試験免除者の二次試験があるが)
 ここ数年は、毎年夏になると、入会試験に合わせたスケジュールを組むので、心のどこかで結果が気になり、落ち着かない日々を過ごす。
 悲喜こもごもがつきまとうが、結果は結果として飲むよりない。大切なのは明日である。いつのまにか弟子をいっぱい抱える師匠になったが、冴えないけれど、頭を痛めるのも(イライラさせるのも)心を癒してくれるのも?弟子なのだろう。
 バラの花を見たくなった。
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ピエロ

2006-08-23 22:04:19 | 日々の写真
 大正駅そばのの商店街でみかけた看板?のピエロ。サーカスのピエロは哀しくも明るい笑顔で、お客さんを笑わすのが仕事である。
 ピエロを演じると、何故か明るい中に人生の哀愁みたいなものが漂っている。
 人は多かれ少なかれ、ピエロを演じるときもある。自分で気づかないうちにピエロの役回りになっていることだってある。
 それでもいいのだ。人生で成功と言われることなんてたかが知れている。理屈をこねくり回すよりも、言葉でなくて、日々の生活で元気に生きて行くことが何よりだ。
 負けることの多い自分の人生を思うとき、負け惜しみながら、そう思うのだ。
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プロ野球観戦

2006-08-23 00:14:45 | 日々の写真
 一酔斎さんからの招待で、妻と大阪ドームに行く。一酔斎さんとJR大正駅で待ち合わせる。今日はソフトバンクとオリックス戦の試合で、白熱の投手戦だったが、9回に1点先取したソフトバンクが逃げ切った。
 夏休みとあって子どもも多かったが、初めての大阪ドームは快適で、楽しかった。ようやく夏休みらしい一日を過ごせた。
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龍神橋にて

2006-08-21 21:40:23 | 日々の写真
 愛媛県喜多郡河辺村の龍神橋にある三杯谷の滝で撮った写真。生きていくのが苦しくなるような重い色彩だが、そんな中で咲いている花である。デゴニアらしい。
 私が生まれ変わって画家だったら、村山槐多のような絵を描きたい。そんなイメージの写真である。村山槐多の絵は一度だけ本物を見たが、印象は強烈だった。うまく生きていってもしょうがない、命を燃焼させないと・・。俗っぽい精神にもそんなメッセージが伝わってくるのだった。
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猫のいる風景⑮ 大宇陀の黒猫

2006-08-20 22:03:00 | 猫のいる風景
 奈良県大宇陀の酒屋さんの裏にいた黒猫である。じっとよく見ないと表情がわかりにくいが、野良の過敏さはなかった。むしろひとりでじゃれている感じだ。
 道を黒猫が横切ると縁起がいい、そんなことを聞いたことがある。
 猫のいる風景の写真は、猫のいそうな風景を探し歩く旅でもあったのかもしれない。人が多いからといって楽しいわけでない。人が少なくても、心安らぐ場所にいたい、それが自分の心の奥の深層心理なのだろうか。
 集団はよくない方向にいってしまいがちで、もともと人間社会はひとりひとりの集まりなのになあと思う。
 
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奈良県大宇陀

2006-08-19 22:30:34 | 日々の写真
 奈良県宇陀市(最近まで宇陀郡大宇陀町だった)、飛鳥時代には阿騎野と呼ばれ、万葉の歌人、柿本人麻呂の「東の野に炎(かぎろい)の立つ見えて かへり見すれば 月傾(かたぶ)きぬ」の地である。
 以前愛媛県大洲市でも、こんな風に犬が道の真ん中に座り込んでいたのを見たことがある。何かを見張っているのだろうか?
 日本犬独特の習性なのかもしれない。
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丹波猪村のグラジオラス?

2006-08-18 22:41:16 | 日々の写真
 夏になると、名前はわからなくても見たことのある花がある。この花もグラジオラス(妻にこっそり聞く)らしいが、田舎にふさわしくないあでやかな赤い花だ。
 私は実にいい加減で、人の名前とカタカナ文字、花の名前はからっきし覚えられない。私の辞書に「暗記」という言葉が無いのだ。
 だから同じことを何度でも楽しめる特技を持っている。懲りないとも言う。
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丹波猪村のミキちゃん

2006-08-17 22:31:51 | 日々の写真
昨日行った「丹波猪村」にいる猿の「ミキちゃん」である。なかなか?愛想が悪くて、写真を撮ろうとするとスルリと小さな小屋に入ってしまう。根気よく待っていると、視線をそらしながらもチラチラこちらを意識しているようだった。
 人馴れしていないのに好感が持てるし、媚びないのもいい。
 今の時代、もっともらしい顔をしている人間の方がよっぽどインチキ臭い輩が多いのではないだろうか。
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