森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

祝賀会慰労

2006-05-31 22:02:02 | 日々の写真
 山隆之六段と安用寺孝功五段が、祝賀会のお礼に来てくれた。せっかくだからと山の上にある「明月記」に食事に誘った。
 まだ夜景は見えなかったが、すでに玄関に松明の灯が赤々と燃えている。ちょうどいろんな厄介なことが片付き始めた時期なので、気分転換になった。
 おいしいものをいっぱい食べて、楽しい時間を過ごせてよかった。ありがとう。
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前田尋きり絵展

2006-05-30 20:52:35 | 日々の写真
 前田尋きり絵展”アルゼンチンのアンデスと町”に行った。この写真は「アンデスのカルチャキー谷」という作品。「虎のように見えるね」妻がつぶやいた。
 アンデスの空の青と、谷間の薄い茶と白い雲、迫力あるきり絵だなあと思った。
 
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猫のいる風景③

2006-05-29 21:09:03 | 日々の写真
 東京の下町で、軒下に洗濯物が干してあって猫が日向ぼっこしている。まだこんな光景が見られるのかと、不思議な気がした記憶がある。
 猫は時代とともに変わることなく猫ペースである。人間はその時代や社会、他人に振り回されて、あくせくあくせく生き急いでいるのかもしれない。
 世の中の風潮が損得に敏感で正義と善意を振りかざす、イヤな時代だなあと思う。(猫のいる風景に逃げ込むわけにもいかないしなあ・・)
 
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島根・県西支部に行く

2006-05-28 20:41:20 | 日々の写真
 5月28日(日)島根県益田市の県西支部(私が師範をしている)のイベントに招かれ、安田公民館で指導対局を行なう。皆さんとお会いするのは久し振りだったが、一日楽しく過ごさせてもらった。終わってからみんなで記念撮影をする。
 お世話になりありがとうございました。
あれれ、真ん中で、やんちゃな○○君が顔を隠しています。
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卯の花

2006-05-28 20:22:50 | 日々の写真
5月27日(土)島根県益田市の柿本人麻呂神社にて、ウツギ(空木)別名を卯の花という。この神社には万葉の花が植えられて、四季折々の花を咲かせるらしい。
 卯の花の匂う垣根に、ホトトギス、早も来鳴きて、忍音もらす 夏は来ぬ・・
 この有名な歌にある花である。
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猫のいる風景②

2006-05-26 20:05:13 | 日々の写真
 シャム猫である。2000年9月と書いてあるが、場所がどこだったか不明。
 犬にはこんな風景はないが、猫特有の神出鬼没なワンシーンかもしれない。
 ある大雨の日に玄関に出ると、一匹の野良猫が我が家の犬小屋からさっと飛び出して行った。雨宿りしていたらしい。以前にも同じことがあったので、どうやら雨降りの深夜には、内緒でホームステイしてるようだ。
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猫のいる風景①

2006-05-26 00:39:06 | 猫のいる風景
 「将棋世界」で連載中に、猫のいる風景の写真を特集したことがあった。そのフィルムが20枚くらい出て来た。あちこちで現れた猫は、その場の風景に似合う。
 人間は厄介な生きものだが、猫はほとんど気ままで自由である。
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バラ園の雨宿り

2006-05-24 19:46:59 | 日々の写真
 バラ園にいるとき、ときどき雨が降り出し、雨宿りする。屋根のない休憩所にも人だかり。「ここがいいですよ」声をかけてもらって、大きな葉が生い茂っている下に行くと、何とか濡れないで済んだ。降ったり止んだりの天気だったが、そのたびにバラの花がひときわ美しくなる。
 ちょっとくらい雨に濡れた方が、心も洗われるような気がした。
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シャクナゲ(石楠花)

2006-05-23 22:31:50 | 日々の写真
 三田市の永沢寺に行く。ボタンが終わって、次は6月のショウブ園だ。雨の園内を散策していると、一本の白いシャクナゲが真っ盛りだった。
 靄がかかった風景に、静かに咲いている。
 
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トビオと源さん

2006-05-22 21:57:10 | 日々の写真
 トビオが庭に出ているときに、源さんをサークルから部屋に出す。トビオが気付いて窓の外から、源さんに吠える。この二人はまだ直接顔合わせをしていない。
 源さんはじっとトビオを見ている。
 動物はお互いに力関係が難しいものだ。それでいて共存していく。
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神学校

2006-05-21 21:39:53 | 日々の写真
昨年の夏に訪れた、京都府船井郡瑞穂町のロゴス神学校の写真。山間の奥深く、忽然と現れて驚いた記憶がある。
 この写真はヨーロッパです、そう言っても通用するような風景だ。
 私の宗教観は「雑炊」のようなものだが、外国に行って無宗教だと、変人扱いされるので?ブッディストと答えることにしている。
 昔、高校の授業中に「君は真面目そうで、横着だなあ」英語の先生にズバリ指摘されたことが、今も鮮明に残っている。ばれたかと思ったが、いつまでも記憶にあるのは何故だろう?
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立杭の里にて

2006-05-20 21:31:46 | 日々の写真
 丹波立杭の里に行ったときに撮った夏の花。
 花は人と比べて、どうしてこうも厳かで可憐なのだろう。
 人間が自然の中で傲慢だからか、花が自然のままに生命をまっとうするからか。

 立杭の 里に咲いてる 可憐花
 
 
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百合

2006-05-19 19:22:58 | 日々の写真
 昨年夏の写真で、宝塚にて。
 「森さん、人には2種類しかない。損得を考えているか、いないかです」
N先生の直言である。中途半端もいますけどねえと言いそうになって、留まる。
 もうひとつの基準は、人を差別して見るか、見ないか、かもしれない。
 私が人に拒絶反応を起すときの、シグナルでもある。
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丹波篠山の猫

2006-05-18 22:56:01 | 日々の写真
 丹波篠山の城跡のお堀のそばにいた猫である。以前に出したような、していないような、記憶が曖昧だ。
 このところ写真を撮りに行っていないので、昨年のものを掲載している。そろそろネタも尽きているので、以前将棋世界誌に連載していた「風景」の写真をたまに掲載しようかなとも思っている。
 篠山の 猫の足跡 追いしかな
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石仏

2006-05-17 19:57:50 | 日々の写真
 石仏は国内の至るところに見られるが、それだけ人は業から逃れられないことを示しているのかもしれない。
 昔、水俣病の話をするために全国を回っている人とお会いしたことがある。物静かで柔らかい話しぶりだったが、念の力は伝わってくるものがあった。
 人の心の根底に存在するものは、誰にもわからない不可思議な面もあるが、何かを悟りきった人の言葉には、胸打つものがある。
 石仏は決して受身の姿勢でなく、業に耐えることを表わしているように思う。
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