森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

源さんデビュー

2008-01-31 20:30:01 | 日々の写真
 子ども教室の会報を出しにいくとき、源さんを連れて行った。我が家から外に出るのは、もちろん初めてだ。源さんのデビューだ。すぐにお肉屋さん、喫茶店、タバコ屋さん、清荒神にお参りする人が寄ってきた。
 「カラスですか?」「何と言う種類ですか?」怪訝そうな表情で質問される。源さんはどうかと心配していたが、堂々たる姿勢だった。ついでにポストの上で記念撮影をする。「見たことがないなあ」パチリ、パチリと記念写真を撮る人もいた。
 生まれて初めて、外の世界にデビューした源さんは堂々としていたが、公園のベンチでやっぱり私のところに擦り寄って「クーン、クルクル」と甘えた声で鳴いた。
 
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動物霊園の猫

2008-01-30 23:45:30 | 日々の写真
 いつも車ばかりなので、歩こうかということになって、山手に進むと宝塚動物霊園に出た。数年前に、義父のところの柴犬のマツのお葬式をしたところだ。ここはとっても見晴らしのいいところで、私もお墓ならここがいいなあと思ったりする。
 いろんなお墓があって、共同墓地もある。猫がいっぱいいた。太っているのばかりなので、食べるものには困っていないみたいでよかった。ふと見ると、お参りするところで、こちらを眺めている黒っぽい猫がいた。まるでお供えの食べ物をねらっているかのような、鋭い目つきでもあった。
 たくましくなければ生きていけない、人間も猫もそうなのだ。きれいごとで生きてはいけないぞ!
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村山聖新八段 1995,4,22

2008-01-29 23:11:15 | 日々の写真
 ときどきアルバムを整理する。私は写真が大好きなので、整理しきれないものが引き出しにわんさかフィルムがある。おそらく一生日の目をみないのもあるだろうが、村山聖がらみのものはチェックして残している。
 この写真は1995年、4月22日、村山聖新八段昇級祝賀会でのワンシーンだ。表情は正直である。ほっとしたようなうれしさがにじみ出ている。
 昨日の講演でも初めに村山聖の話をしたが、不思議なもので懐かしさとともに、ますます謎が深まる思いでもある・・
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日本銀行前

2008-01-28 21:15:21 | 日々の写真
 今にも小雨が降りそうな中、大阪の中之島にある日本銀行前のモニュメントを撮っている外人さんがいた。私も真似をして、撮っていると「なかなかいいですね」れっきとした日本語で話しかけてこられて驚く。「いいですね」私も同調して、その後で外人さんの姿を撮らせてもらった。
 なかなか絵になる光景だった。
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李政美コンサート

2008-01-27 21:47:38 | 日々の写真
 李政美さんのコンサートに行って来た。京都の亀岡、ガレリア亀岡響ホールにて、2時開演だった。私は初めてだったが、心に響くような透き通った声とやさしい語り、独特の李政美(い、ちょんみ)の世界なのだろう。
 打ち上げのときに挨拶をさせてもらったが、気さくで楽しい人だった。打ち上げでも歌ってもらったのには驚いた。天性の歌手ってこういう人のことをいうのだろうなあと思った。
 李政美さん、ギターの矢野敏広さん、今回お世話をされた姜さんはじめ皆さん、楽しい時間をありがとうございました。
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黒猫

2008-01-26 20:47:51 | 日々の写真
 今日は近畿大学に稽古の日だったが、長瀬の駅から通学路を歩いていると、お米屋さんの前に黒猫がいた。寒い日なので、よけいに寒く感じる光景だった。
 大学に着くと、入学試験の日だったようだ。外で放送部のメンバーが、足に毛布を被っていた。寒すぎると、胸ポケットにあるデジカメを出すのも億劫気味になるのだった。
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児玉龍児 駒展

2008-01-25 21:35:11 | 日々の写真
 きょうは山形から来ている駒師の「児玉龍児 駒展」に行く。

 ☆児玉龍児 駒展 ギャラリー「4匹の猫」
         1月25日 11:00~18:00
         1月26日 11:00~18:00
         1月27日 11:00~14:00
 阪急梅田駅 茶屋町口より徒歩1分(千鳥屋角曲がりスグ 聖パウロ教会前)

 児玉龍児さんと会うのは6年ぶりだった。二年に1回大阪で個展を開いてるが、前回は私のうっかりで、行けなかったのだ。会場には、盛り上げ駒、御蔵島ツゲの木地(虎杢、根杢、赤柾など)が並べられており、思わず見ほれてしまう。木地と書体を選び、2年越しに創作してくれる仕組みである。私は山形で、一緒に温泉に行ったり、児玉さんの家に泊めてもらったこともある。若い頃から生意気さが売り物だが?いたって好人物なのだ。そして剛速球の辛口は健在である。
 
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冬の光景

2008-01-24 23:08:48 | 日々の写真
 小雪がちらつくなか、久しぶりに西谷方面に出かける。道の駅「猪名川」でどっさり野菜を買い込んで満足して帰る途中で、この冬の光景に出会った。思わず車を止めて、素早くシャッターを切る。
 油絵の風景画のようなシーンだが、題名をつけるとすると、やはり「冬の光景」だろうか。モノクロのトーンに、寂寥感と季節の厳しさを見るようだ。かすかな美しさも匂わせている・・
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どこからも通天閣

2008-01-23 22:10:40 | 日々の写真
 新世界界隈を歩いていると、どこからも通天閣が見える。昼間もいいが、夜になるとライトアップして華やかさを醸し出す。
”新世界(しんせかい)は大阪市浪速区恵美須東一丁目から三丁目にある歓楽街。界隈に通天閣やジャンジャン横丁があることで知られる。戦前は大変繁盛したが、戦後はしばらく衰退したままだった。しかし、最近はその高度経済成長期の開発から取り残されたレトロさが人気を呼んでいる。戦前に一大演芸場として発展し、戦後交通上の問題や市の中心部の移動などにより長く停滞している事や、ディープな下町文化が残っている事などから東京の浅草と対比されることが多い。”
 (参照 Wikipedia)
 大阪に出て、初めて新世界を歩いたとき、カレーを食べた。そして動物園に入って、天王寺公園で遊んだ。今は公園の周囲も高い塀ばかりで、つまらないことをしたものだ。
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新世界 朝日劇場

2008-01-22 22:04:45 | 日々の写真
 新世界界隈を散策していると、朝日劇場の舞台が終わったらしく、役者さんがファンサービスで外に出ていた。取り囲むのは、ほとんどがおばちゃんだが、根気よく丁重に写真のモデルになったりサインをしたり、プロ意識充分である。人だかりの中でカメラを向けると、私にも流し目を送ってくれた?
 朝日劇場は以前に入ったことがあるが、今日は時間の都合で入場できなくて残念だった。
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震災後の写真

2008-01-22 00:24:17 | 日々の写真
 この写真は震災の後で、私と妻と息子が、宝塚の半壊のマンションから、大阪の村山聖の研究用マンションに頼んで避難していたときの一枚だ。ちょうど安用寺五段がお見舞いにきてくれて、息子に指導しているシーンである。村山君もときどき来てくれた、一緒にこの小さなテーブルで食事したり、自分の部屋なのに、「シャワーを貸して下さい」と来ていたのがおかしかった。結局二ヶ月くらい借りて、村山君はその後で、このマンション引き払って東京に出たのだった。リックも写っているが、ふとんは置きっぱなしで、狭い廊下には漫画本が積んであった。
 今となっては懐かしい写真だ。
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指導対局

2008-01-20 22:37:19 | 日々の写真
 私の直接の指導対局は、子ども土曜コースが(1月19日)14局、子ども日曜コースA,B(1月20日)が21局指している。まだ少ない方かもしれない。
 土曜教室(1月19日、一般向け)でも10局くらい指しているので、のべ2日間で45局指していることになる。最後の方は、ひたすら駒を動かしている作業になるが、疲れることはない。常に「どういう風に指導対局をすれば、上達するだろう」を考えながらの実戦指導である。
 ①きちんと指す(定跡どおりということではない)②できるだけ攻めたり受けたりの戦いの場を増やす③将棋は手の積み重ね、その感覚を伝える、これが心がけなのである。
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子ども土曜コース

2008-01-19 22:03:22 | 日々の写真
 子ども土曜コース(1月19日)の光景だ。最後の方にしては、きちんと指している。子どもにとって2時間は結構長いものだが、場の雰囲気を壊さないように、そして棋力アップを図るようにと思っている。将棋は自分の力で指すものなので、チャンスもピンチも自分で判断するしかない。それには体験の積み重ねが必要だが、いいイメージを描いて(理想形を目指す)指す、これが大事なようだ。
 いいものに接する、いいものになじむ、いいものに触れるのがいい。
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震災前のクリスマス②

2008-01-18 22:31:17 | 日々の写真
 震災前のクリスマスにて、村山聖である。ワインを飲んでほんのり赤ら顔のようだ。散髪に行った直後の頭のようである。村山君が来ると、ビデオや写真を撮るよりも話を聞くのが楽しくて、写真が残っているのは意外に少ない。
 船越君が亡くなった時も、あわただしい中で私のところに来て「船越君の葬儀に行ってあげて下さい。僕も行きたいのですが、対局でいけません」真剣な表情でそう言いに来た。後で知ったのだが、村山君なりにショックを受けていたようだ。
 交通の便は悪かったが、九州まで飛んで、何とかお通夜と葬儀に参列できた。お母さんは取り乱しておられ、宝塚に行かせたことをしきりに悔いていた。無理もない。私にできることはわびることしかなかった・・そのとき、もう弟子は取らないと決めたのだった。それから数年して、「隆文のことがあっても、弟子を取って下さい」お母さんの言葉で、また、以前よりも本気で、弟子を取ることにしたのだった。意味を問うことよりも、自分に与えられた道を進むしかないのだと思った。
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震災 13年

2008-01-17 19:58:51 | 日々の写真
 阪神大震災から13年、亡くなった船越隆文君の住んでいたアパートの跡地は、清荒神駅の近くで、今も空き地である。10時半に弟子が集合して、空き地で遺影に花をたむけて、ひとりひとりお祈りをした。ちょうど家主のNさんもおられて「お参りさせて下さい。この空き地はそのままで、もう建てる気力はありませんわ。あのときはかわいそうでねえ・・」
 澄み切った青空だった。今日は朝から粉雪も舞っていた・・元気でいたら船越君も三十歳である。
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