森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

船坂小学校

2005-09-29 20:24:43 | 日々の写真
 甲山方面から西宮北道路を走ると、西宮市山口町船坂に出た。別コースだが以前から有馬温泉に行く途中の船坂で、いつも気になる小学校があった。山の手にあり、木々の緑に囲まれた白い校舎が目に映える。今日は時間があるので、寄ってみることにする。躊躇していた私を置いて、妻が通りがかった先生に話しかける。
「校長先生にお願いしてみて下さい」親切に校長室に案内してもらう。「きれいな学校なので、写真を撮らせて下さい」「どうぞ、いいですよ。ただ子ども達の写真は遠慮して下さいね」と許可が出た。
 山に囲まれて、映画「山の郵便配達」のロケがありそうな雰囲気がある。「生徒は60人ですが、みんないい子ですよ」校長室には芋ほりや運動会などのイベントの写真やポスターが飾られてある。
 「こんにちは!」と休み時間でグランドに出ていた子ども達に挨拶される。
 写真左の建物はランチ室で、大正時代の建築物だそうだ。傍に行くと二宮金次郎の銅像があった。ランチ室の前に花に飾られた「クロのお墓」もあった。
 学校の子ども達に愛されて、17年生きたそうで、今年の11月25日が3周忌にあたる。(これは家に帰って船坂小学校のHPを見て知った。
http://kusunoki.nishi.or.jp/school/funasake/

 ぞろぞろと他の小学生が引率されてやってきた。市内の小学校から見学に来ることがあるそうだ。「2,3年生は8名しかいませんが、いい学校なので、今日のように写真を撮る方も見えます」教頭先生から私達の話も出た。
 周囲は自然に囲まれ、子どもが少ないからこその親しみやほのぼのとしたムードが醸し出されているのだろう。
 運動場の隅っこから学校の全景を撮る。この学校は明治に創立されたそうだ。
 山の郵便配達と、さよならクロと、二十四の瞳をあわせたような小学校だなあと思った。
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弁慶?

2005-09-28 23:11:44 | 日々の写真
昨日丹波市市島を車で走っていると、この弁慶がいた。背丈は2メートルくらいで、これは何なのだ?
 地元の小学生が作ったもので、横に「ゴミをきちんと捨てること」その他諸々のことが書かれてあった。弁慶の僧衣ではないが、堂々たるユニークな発想だ。
 以前酔っ払いが立小便をする場所に鳥居を置くと、それ以降無くなったという話を聞いたことがある。
 テレビの心霊スポットで有名になったあるお寺では、野次馬に困り果てて立て札を立てたという。「牛女は引越しました」それで訪問者が減ったらしい。
 余裕を持った対応をするのは、人の知恵だと思う。

 この間行ったレストランの前の家に「この店の工事で家が振動で住めません」という趣旨の張り紙が貼られていた。嫌がらせなのだろうが、店が気の毒でいやな印象を受けた。
 世の中で諍いや恨み事は付きものだ。いろんな原因があるが、たいていは小さなボタンの掛け違いから、大きな諍いとなるケースが多いように思う。
 先日、稽古先の弁護士の人に聞くと、裁判官は常に300件ほどの事例を抱えていて、処理に追われているという。ほとんどが事務処理らしいが、聞いているだけで大変な仕事だなあと思う。クラクラしそうだ。
 
 最近仕事のミスが多い。同じ日に三つの仕事がかち合ったこともある。裁判官の人の話を聞いて、私はつくづく横着者だなと思う。
 今日は対局で珍しく勝ったが、家に電話して「今日、劇団コーロのオキさんと打ち合わせじゃなかったの」と言われてビックリ。
 ちゃんと手帳にメモもしてあった。朝も10月の仕事でダブってしまい、お詫びの電話をしたばかりなのに・・・
 弁慶に喝を入れてもらわないと駄目だ。
 
 
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丹波市市島 エデン牧場

2005-09-27 22:44:57 | 日々の写真
久しぶりのオフなのと、昨日酒を飲んだせいで早起きをする。6時前にふと外を見ると、きれいな朝焼けだ。あわてて国道に出て車の来ない間に写真を撮る。
 今はバイオリズムが悪い。こんなときは少々悪いことが起きても驚かない。なのにこの朝焼けは一体何だろう。
 どこに行くか迷った末に、ネットでみつけた「エデン牧場」に決めた。兵庫県丹波市市島町、合併前は氷上郡だった。ナビを設定し、高速を使う。高速道路を走るのは久しぶりで、いつもながら初めは緊張して左車線で80キロで走る。氷上インターで降りて市島町に着いたが、番地はあっても牧場がない。近くにいたおばあさんに聞くと、すぐそばだった。エデン牧場に着いたが、人が誰もいない。困った末に、中には入らず動物の写真を撮らせてもらうことにした。アヒルが水浴びして、暢気そうなブタがいた。のどかな光景と思っていたら、私達の姿を見てギャーギャーと声高に叫ぶ。番犬の犬も吼える。
 中でも鼻がペリカンのようなアヒルが、明らかに私に威嚇してくる。ぐいぐいと首を伸ばし、顔をつつかれそうになった。
 「いいな。いつも動物達から注目されて」妻の見解だが、私は動物に甘くみられる何かがあるみたいだ。私が先に居なくなると静かになったらしい。「私を怖がっただけなのかなあ」
 帰りにさっきのおばあさんが目配りして車を止める「今年の5月に牧場に火事があってねえ・・・」そのときの状況を話してくれた。
 動物にもポニーやうさぎなど犠牲が出たらしい。今は大半の動物を他の施設に預けているとのことだった。
 さっきのアヒルやブタやカメ達は、火事の中で生き残った仲間だったのだ。何にも知らないで訪ねて来たのも、何かの縁なのだろうなあ・・。今も移動動物園は開業とのことだが、早く全面復興してほしいと願う。
 「また必ず来ます」親切なおばあさんに、そう返事をしてお礼を述べた。
 ふと目をやると近くに「高見牛」の看板が映った。牧場の池のそばで弁当を食べて、牛舎に行く。「こんにちは」と大声を出したが、ここも誰もいない。代わりにワンワンワンと小さな犬3匹ががなり立てる。私は吼える犬が苦手だ。牛舎にはかなりな数の牛がいた。
 牧場を出て神池寺に向かう。ここの「すまずの池」が目的地だ。思ったよりも山の奥で、人っ子ひとりいなくてちょっと不安になったが、道はきれいで無事に着く。「こんにちは」呼び鈴を鳴らしたがここも不在だった。
 妙高山の山頂近くにあり、天台宗の中本山の境内は厳かで、神護寺に似た雰囲気だった。「すまずの池」のそばにも絵になる建物があった。
 このあたりは動植物の宝庫で、多紀連山県立自然公園になっている。伝説の澄むことのない大蛇の池「すまずの池」はここのようだ。
 帰りは高速を使わずにR175から176号線を走る。途中車を止めて居眠りをする。帰宅して夕食後も居眠りをする。今日は神経の疲れでなく、運転と歩き疲れの心地よい疲れだ。
 それにしても、世の中はいろんなことがある。小さな旅の一日だったが、エデン牧場の火事の話は胸に迫るものがあった。動物のけなげさもジーンと来る。
 夜になり雨が降り出した。
 
 
 
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有馬温泉

2005-09-27 01:41:27 | 日々の写真
午前中に有馬温泉に行く。有馬は以前椎間板ヘルニアを患った退院後に、1ヶ月くらい将棋のお客さんに乗せてきてもらって、温泉に通ったことがある。
 今日は温泉に入る時間はないので、有馬の街を手早く散策だ。有馬は温泉街独特のレトロな雰囲気で、坂道が多く古い建物も残っている。ただ有馬温泉に車でに行くのは山道のカーブが多いのと、以前ホテルのバスに接触して弁償した記憶が生々しく残っていて、苦手なのだ。実際この狭い道を業者の人の車が、よくぶつからないで走っているなあと感心する。 
 今日はさっさと駐車場に入れる。秋も深まり観光客も多かった。有馬散策はまず急な坂を上り、なるべく横に移動して、最後に下に戻る手順がよい。もう何回も来ているが、知らない路地や曲がりくねった道が多くて、飽きさせない
 七つある源泉を訪ねながら、硫黄の匂いを嗅ぎつつ街の雰囲気が味わえる。ネコも多いのだが、媚が無く、割と人に無関心で堂々たるものだ。歴史ある地では、ネコもどっしり構えているのだろうか。
 この写真はレトロな店構えの家が並んでいるワンシーンだ。金田一耕助の世界だなあと思った。
 観光コースから少しはずれると、時代に遅れて合理性のない遺物、時代に囚われない諸々が存在している。そんな、何かをストップさせる心の養分に飢えたときは有馬がいいと思った。温泉の湯は、体中をほぐし、ぬくもりをくれるのだ。
 ★HP新着フォトのページに「有馬温泉の印象」を掲載しました・
 
 
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京滋職団戦

2005-09-25 20:37:49 | 将棋あれこれ
第40回「京滋職域・団体将棋大会」に出席する。京都と滋賀の職団戦で、5人一組今年も250名余りの参加者で、京都新聞社文化ホールで行われた。今日は予選で、来週が決勝トーナメントだ。9時30分に開会、審判長の立場での挨拶をする。職域の部がここ数年少ないが、その分団体の部(同好会や将棋クラブ)の参加が多い。
 昔は500人を越える参加で賑わっていたので隔世の感があるが、バブル期以降、会社の将棋部が無くなってそのまま今に至るケースが多いのだ。
 ワイワイガヤガヤ、勝負はさておき、楽しい一日を過ごして下さい、という言葉で挨拶を締めくくった。

 将棋の普及は昨今声高に言われているが、将棋という趣味の分野の位置づけをどこに置くかで見方が変わる。将棋の普及は単に将棋人口を増やすことでなく、将棋の魅力、面白さをいかに伝えるかが優先だと私は思う。
 ネットで「将棋ビジネス考察」というブログがあって、興味を持って見たが、おそらく的を得た内容だと思う。ただ将棋ファンにとって見たら、あまり関心がないことかもしれない。ビジネスとして捉えるのは、将棋産業(?)側、経営側の発想だからだ。「将棋ファン考察」というのもあったら面白いと思った。
 自分をどの位置で物を見るか、今はそれが難しい時代で、ともすると自己本位になりがちだ。だからこそ大局的な見方をすることが大切だと思うが、私などは自分の暮らしの中で物を考える、それがすべてだ。虫瞰図という言葉をが浮かぶ。
 何事も普通でありたい。その普通でいることが難しい時代だなと思う。
 
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三つ子の魂

2005-09-24 23:46:44 | 日々の写真
今日は土曜教室。午前中は子ども教室、大石二段に指導対局を任せて、手合いを付ける。対局姿勢や態度を見て、全体に少し緩みがちだったので、厳し目にマークする。教室は雰囲気が大切だと思う。子どもは2時間集中力を繋ぎとめるのは大変だが、将棋に向き合うようになるとそれも可能だ。でもちょっとしたきっかけで収拾着かなくなるときもある。
 とにかく目を凝らして、教室の子どもの表情を見ることがクセになっている。

 私は基本的に、茶化すのがきらいで、根暗でもかまわないと思っている。子どもの頃は友達もいなくて、通知表には必ず「みんなと仲良く協調性を持たないと、楽しい学校生活が送れません」と書かれていた。私はひねた子どもだったので「何で協調しないといけないのだろう、何で楽しく過ごさないといけないのだろう」と先生を疑っていた。
 高校生のとき隣に座った女の子に、みんなの前で「森君は何にもしゃべってくれないので、席を替わってほしいです」と言われたときもエッと思ったが、さすがにショックを受けた。
 社会人になっても寮の先輩に「お前は人生楽しくないだろう。笑いが無いな」と言われて心の中でむっとしたが、やはり傷ついた面もある。
 でもどのときも、そう言われても反論の余地はないとも思った。ただ悲しい気分になった。そしてへそ曲がりの私は「人に好かれようとか、明るくなんか絶対にならないぞ」と決心したのである。随分幼稚な決心だが、今も心のどこかの片隅に残っているようにも思う。
 私は筋道を立てて、なぞっていくのが好きだ。人が人を批判するとき、どういう思考回路でその言葉が出るのか、推理するのだ。子どもの頃から妙に冷めて、ひねた子どもだった部分も、あまり変わっていないようだ。
 
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伊丹将棋センター八周年

2005-09-24 01:13:11 | 将棋あれこれ
伊丹将棋センター開設八周年記念の日の午後、川崎大地三段と車で向かう。朝からの将棋大会が終わって、指導対局三面指しで苦戦した後、夕方から小宴となった。その前の表彰式で子ども教室の細川君がC級、佐和田君が敗者戦優勝と活躍した。賞品の「将棋年鑑」をもらってよかった。
 私は運転するので、情けないがジュースを飲みながら、手作りのおでんや寿司をいただく。アットホームと名前があるように、ほのぼのとした雰囲気だった。
 「子どもの頃の道場に似た雰囲気ですね」川崎君が帰りに懐かしそうに言った。
 最後に席主の梶井さんご自慢の「ペコ回り」の決戦が始まる。予選は4人一組で争うが、初めはどうかなと思っていたが、これがけっこう面白い。みんな夢中になっている。金四枚を振って、歩香桂銀角飛玉と出世していくゲームだが、角が一段飛びをする(筋違いなので後押しが無ければ永久に上がれない)、王将が上がると爆弾を設置するなどのルールは知らなかった。結構白熱した戦いが展開された。
 ペコ回り決勝、リレー将棋を見ながら、お暇をする。
 家に寄ってから、川崎君を送り届ける。
 長い一日はこれで終わらなかったが、晴れたり曇ったり、日々あれこれが続くのだ。
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弟子の懇談

2005-09-23 02:41:28 | 日々の写真
9月は週末になると奨励会入会希望の弟子の親との懇談があった。年に1回だけ家に来てもらって、試験の結果の状況や今後の進路を話し合うためだ。
 弟子入りに来たとき、たいてい「うちの子は将棋しかありません」と言うのだが、私は信用していない。順風満帆のときはいいが、逆風や危機のとき、同じセリフは出てこないからだ。たとえば心に余裕のあるときと、切羽詰ったときに同じ心境でいられることは無いのと同じだ。言葉にウソはなくても、人の心は流動的で、心にも光と影、表と裏がある。あてにならない。
 弟子の将棋を強くするために師匠があるのではない。弟子が強さだけでなく、謙虚さとともに、自分で道を切り開く糧になりたいと思うが、現実はそのレベル以前で「弟子を全員辞めさせて下さい」と言った村山聖の言葉が浮かんでくる・・・
 「決心はたやすいが、日々の生活も流されやすい」のだ。
 
 心の中で、泣きながら将棋を指す、というような感性はもう古いのだろうなあ。
 現代は棋士の存在価値、魅力が問われる時代だと思っている。でも、そこに今風の勝ち感覚のみだけなら、私には興味がない。人を惹きつけるものは、人の生き様だと思うからだ。
 ほぼ懇談を終えて、ほっとした反面、これから弟子に対してどうしようかと思案に暮れる。頼り無い師匠である。
 
 
 
 
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村山聖の一枚

2005-09-21 19:44:31 | 将棋あれこれ
スキャナーを使って、過去のプリントしていないフィルムの整理中だ。
 昔の写真で、奨励会旅行で滋賀の石山寺にいったときの一枚だ。もう一枚村山君が漫画を見ている後ろ姿を撮っていた。モノクロだが、恐らく私が写真を撮り始めた時期だろうと思う。きちんとネクタイをしているので、彼が棋士になった直後あたりかもしれない。
 記憶は薄らいでいく。この写真が存在するのも知らなかった。頭が切れているがどこかの旅館の一室なのだろう。ヘタクソなだけ、私にはぐっと来るものがある。
 中国の旅でもまだプリントしていないモノクロフィルムが20本くらいある。モノクロはコストが高いので当時は躊躇していたのだ。けち臭いわけではないが予算不足だったのだろう。そのまま放っている。
 昔の映画のワンシーンのような一枚で、そのうち何か記憶が蘇るかもしれない。
 いつものけだるい物憂げな村山聖である。
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宝塚歌劇

2005-09-20 20:55:13 | 日々の写真
宝塚と言えば歌劇である。まさか私が歌劇ファンでは?と思う人はいないだろうが、縁はある。以前住んでいたマンションの部屋の持ち主が、宙組の娘役トップの花総まりさんのお父さんだった。娘さんのためのマンションのひとつだそうで「森さんも歌劇を見なさいよ、テニスもね」と奨められたこともある。その縁だけではないが宙組の公演を4,5回観にいったことがある。
 年配の女性の中で、男がぽつんと入るのはかなりなものであるが、舞台は良かった。感動的で、その迫力に引きずり込まれてしまう。プロの力強さを感じた。ここまでファンサービスに徹した世界はないだろう。
 またずっと以前、震災で亡くなった朝日新聞の宇佐見正さん(歌劇専門)の取材で、私が氏の写真を撮る依頼があって、歌劇学校の中に入ったこともある。(宇佐見さんは詰将棋作家でもあり、その縁で)宇佐見さんに案内してもらって、男子禁制の花園?に入ったのだ。合間にレッスン室でピアノを弾く宇佐見さんの姿が今も記憶にある。
 練習生が廊下を小走りにすれ違うつど、立ち止まりきちんとした挨拶をする。
 礼儀には特に厳しい姿勢が伝わってきた。何がどうと言うわけでないが、将棋界の修行もこうでなくてはいけないかなあ、と思ってしまう。
 歌劇場の傍には、出待ちのファンが毎日立っている。スターの人が来るのを待っているわけだ。私から見ると宝塚歌劇は独特の不思議な別世界でもある・・・
 この写真は歌劇場に通じる、花のみちの夜のスポットだ。
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第10回「森信雄杯将棋大会」

2005-09-19 22:17:15 | 将棋あれこれ
今日は第10回記念「森信雄六段杯争奪将棋大会」があった。早いもので10回の開催となる。今回の記念イベントは「脇謙二八段vs山隆之六段」の席上対局と「大石直嗣二段vs澤田真吾2級」の早指し戦だ。大会の合間に12時45分から開始する。
 記念対局の聞き手は、将棋大会も初参加という落語家の林家竹丸さんに当日強引にお願いした。竹丸さんは将棋は全敗だったが聞き手で協力してくれて、これに懲りずにまた参加して下さい。結果は激しい攻防の末に山逆転勝ち。
 写真の早指し対局は、脇、山の解説で澤田2級の勝ち。辛口の山解説と大人の脇解説のコンビが面白かった。大石二段の口惜しそうな表情がいい。
 大会の方は86名参加で、盛況のうちに始まった。今回の運営は極力手伝いの弟子に任せる方針だったので少々のことは黙認したが、心配した通り午前中にミスが出る。仕事としてのプロ意識の薄さが原因だ。態度が悪いとアンケートにいっぱい書かれそうだ。頭を抱えるが、いろんな体験を積まさないと身につかないものもある・・・
 脇、山、川崎大地三段の3名で指導対局3面指しも人気があった。
 熱戦のうちにC級、A級、B級と優勝が決まっていった。イベントは常にムードが大切で何かの危険をはらんでいるし、一日楽しんで貰えたか不安はあるが、これもまた「継続は力なり」である。
 終わって、焼肉で打ち上げをする。いつも反省点だらけだが、手作りの大会の良さもある。マンネリにならないように、続けていきたい。
 人が集まると、いろんな人間模様がある。まずは終わってほっとした。
 
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日々新たに

2005-09-18 23:19:05 | 日々の写真
 さりげない街の風景。道が二手に分かれていて、その間に細長い建物がある。建物の前に大きな石が置いてあるのは、車が誤って突っ込んでくるのを防いでいるのだろうか。買い物帰りに自転車に乗った主婦、別の道には年配の男性が帰ってゆく姿が見える。
 人生にも岐路があって、この分かれた道のように、一見どちらに進んでも大差がないようで、年月が経つと大きく運命が変わるものだ。大げさな例えだが、日々の日常も、大きな人生の選択の時期を経ての結果でもある。
 今日は弟子の一門研究会と懇談があった。懇談ではないが、合間に半年前に奨励会を辞めて心機一転別の道を進むことになった、H君とご両親が挨拶に来られた。
 しっかり歩んでほしいと思う。5年、10年後が楽しみだ。弟子の懇談もほぼ終わって、10月からそれぞれの日々が待っている。
 自分も何かを変えていかないと停滞する。常に日々新たにと思う。
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我が家のクロ

2005-09-17 23:42:07 | 動物と花
我が家には2匹の犬が居る。パグ犬のトビオ君とこの写真のクロだ。柴犬のラッキーを含めてもともとは3匹だったが、先輩格のトビオ君と後輩のラッキーがそりが合わず、血を見るような喧嘩をするので、結局ラッキーを義父に貰ってもらった。
 トビオはおっさんみたいな割りに甘えと嫉妬心が強く、いつも主人公だ。クロは文句も言わずいつもじっと我慢する役割だ。クロはもともとペットショップで売れ残った犬で、店の人もあまり奨めなかった。案の定病弱で、しかもいつまでたっても幼稚な面影が消えない。あるとき、おしっこが出なくなって、動物病院に電話すると、すぐに連れて来て下さいとのこと。直に手術して一命を取りとめた。尿道結石だった。それからも免疫介在性溶血性貧血という病気にかかったり、可哀想だった。けなげで幼稚なクロは、人に触られるのが嫌いだったが、今は慣れてきて私の足に飛び乗り、ペロッと顔をなめる。ただ、いつもくしゃみするので参るが。
 いつもトビオ君にスポットが当たるが、クロは文句も言わない。ただ私が食事を始めると、必ずクスンクスン泣いてアピールする。クロを部屋に出すと、トビオが警察官のように猛然と止めにかかるので、サークルの中が多いのだ。
 トビオは人間と同じ感性を持っているので、プライドを傷つけると、これまた可哀想なのだ。一見平和な犬の暮らしにも、日々あれこれ複雑だ。
 以前2匹とも家出して行方不明になったことがある。警察署から連絡があり、どんな犬ですかと聞かれ「アウウ、アウウ」と言うと、「アッ、その犬です」と見つかったのがクロ。
 引き取りに行って帰るとき、若い女性の腕に抱かれて入って来たのがトビオ君だった。トビオはいつも抜け目が無い。クロはいつもけなげだ。
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箕面に行く

2005-09-16 23:56:22 | 日々の写真
箕面に行く。冬になると温泉によく入りに来る箕面温泉スパーガーデンに車を止める。そこからシースルーのエレベーターで下に降りる。眺めは抜群で、田舎から母が来るとここに泊まるので、割と手馴れたところだ。みやげ物店で「もみじの天ぷら」を注文して発送してもらう。
 時間が余ったので、箕面の滝に向かう散歩道を上ることにした。古い旅館や自然の森、箕面川のせせらぎを聞きながら、いい風景だなあと思った。年配のハイカーも多い。紅葉の季節になるともっと賑やかになるので、静けさが遠ざかりもったいない。自然は人が少ないほど自然だが、人が多いほど観光地になるのも皮肉だが、箕面は言葉少なく歩くところかもしれない。大人の風景なのである。
 昆虫館を越えたあたりに、きれいな土塀がある。以前きたときスケッチしていた人がいて、ずっと見せてもらった記憶が蘇った。今日は夕方から教室があるので滝まで行くのは断念した。そこで弁当を広げる。贅沢な昼食タイムだ。
 帰りに自分達の分の「もみじの天ぷら」を買う。店のおばあさんから揚げたてのをサービスで貰って食べる。うまい、微妙な甘さが絶品だ。これで温泉に入れば言うことなしだが、そうはいかない。
 時間は作るもので、素早く仕事を終わらせ、この秋はあちこちに行きたいの願望が首をもたげる。何がどうってことはないのだ。惜しみなく過ごすことがいちばんに決まっている、そうわかっていても日々あれこれ葛藤だ・・。
 
 
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静かな秋

2005-09-15 23:46:49 | 日々の写真
夜、外に出ると半袖のシャツだと寒いくらいだ。至るところで虫の合唱が聞こえてきて、静かな秋を演出する。今日は1時間くらい昼寝をしたはずなのに、頭がボーッとして眠い。子ども教室やイベント、弟子の懇談、詰将棋創作、仕事とあれこれの雑事に追われて、さすがにバテ気味である。息抜きにサイゼリヤに行く。ドリンクバーが大好きで、一回に3杯は飲む。以前、店の人に常連客と思われていたりした時期もあった。毎晩深夜にファミレスを梯子していたときもあり、いろんな店の客層や雰囲気などを知ると、けっこう面白かった。そこの地域性も見られ、例えば立地条件、人の流れなど、まるで市場調査をしているみたいに分かるのだ。
 店の浮き沈みもけっこう激しく、他人事ながらうかうかできない。
 今は商売も大変な時代だと思う。安いまずいでなく、安いおいしいの路線で行かざるを得ないのだ。強者にはいい時代でも、弱者にはますます厳しい世の中になっていくのだろうか・・
 ※写真は記事と関係なく、疲れているときは花を愛でたくなるようだ。
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