森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

淡路島の犬

2006-02-28 23:06:32 | 日々の写真
 北淡路高原カントリーメイツ牧場の入り口にある店にいた犬。何枚も写真を撮っているのだが、まったく記憶が無い。よっぽどおとなしい犬だったのだろう。
 憂いを帯びた表情で、心なしか元気が無い。風貌は昔風で、忠犬ハチ公や、上野の西郷さんに連れられた銅像の犬のようだ。
 真昼の夢ではなかったろうと思うのだが、気になる目線である。
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中之島公会堂

2006-02-27 20:30:37 | 日々の写真
 大阪の堂島川沿いにある中之島公会堂は、2,3年前にリニューアル工事が行われた。この写真はもっと前のものだが、レトロな洋風建築として長く保存されることになってよかったと思う。
 この隣に図書館があり、中之島の情緒ある風景の華である。大阪に住んでいる頃、暇があると自転車で来て写真集や絵画集をよく見ていたが、半日時間を過ごせるいい場所だった。
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へのへのもへの

2006-02-26 23:57:22 | 日々の写真
 京都府南丹市美山町(町村合併で変更)に行ったときの写真で、見事な「へのへのもへの」の案山子の団扇である。美山町は茅葺の里で、もう何度も訪れているが、どんな季節でも青空が似合う風景だ。
 「へのへのもへの」はカラスやスズメが見てもわからないと思うのだが、ご愛嬌なのかもしれない。これなら私も描けそうだなあ。
 
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暮坂峠の犬

2006-02-25 22:34:36 | 日々の写真
 以前に一度書いたことがあるが、群馬県の暮坂峠を歩いていたときの帰り道、どこからともなく現れた子犬がずっと私の後を付いて来た。初めは近くの飼い犬と思っていたが、数キロ先の温泉街まで着いてきて、姿を消したり「早く家に帰り!」といっても付いて来た。最後は仕方なくバスに乗り込んだが、私の姿を探すようにバスを追いかけてきた。不思議な出来事だった。
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眼鏡橋

2006-02-24 21:11:46 | 日々の写真
 星野村に行く手前で見かけた、福岡県八女郡上陽町の「宮ヶ原橋」(みやがばるはし)である。眼鏡橋は上陽町には13の橋が現存しているらしい。石橋には独特のロマンがあって、何と言えない情緒を感じる。
 ちょうど数人の小学生が学校から帰る途中で、橋のそばで遊んでいた.
 屋根付き橋もそうだが、水のそばで暮らしの知恵が育んだ文化は、たくましく厳かな佇まいがあるように思う。
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一心寺の猫

2006-02-23 23:29:22 | 日々の写真
 昨年「聖の青春」の舞台があった大阪の一心寺にいた猫である。もっともこの写真はかなり前のもので、一心寺界隈は昔からよく散策していたなじみの場所だ。
 塀の上からこちらを見ながら、素早く立ち去った。ねずみ小僧でなくノラ猫小僧の登場だ。猫の反応は多彩で個性たっぷり、地域性やら雄雌の気質や季節によって変幻自在である。
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白毫寺の五色椿

2006-02-22 22:02:16 | 日々の写真
 奈良白毫寺の境内にある五色椿は、樹齢400年以上で、1本の木に紅、白、紅白混ざったものが咲き七福椿とも言われる。ちょうどその椿の花が地面に落ちていた。一枚の椿の花びらなのに、何かを暗示するような華と影がある。
 栄華と滅亡のドラマが浮かんで来そうだ。
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鎌倉 杉本寺の猫

2006-02-21 21:37:21 | 日々の写真
 鎌倉の杉本寺にいた猫で、思いっきり地べたから撮ったのでこういう写真になったのだろう。居眠りというより、何だか寒さにふるえて丸まっているようだが、自分の姿とダブルような気がしないでもない。仲間意識があったのかもしれないなあ。写真はきれいに撮ってはいけない、それを地で行く写真だが、単なるピンボケでもあるか。
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新薬師寺のにらみ猫

2006-02-20 23:23:18 | 日々の写真
 奈良の新薬師寺の門にたたずむ黒猫だ。写真で見ると眼光鋭く、迫力のある怖さだが、実際はおとなしくて可愛い猫だった。
 黒猫が横切ると縁起がいい、という迷信?がある。いいことは素直に信じるのがいいのだ。白い口ひげが数本見えるが、その他は真っ黒な毛並みで、存在感充分の猫である。
 新薬師 門にたたずむ にらみ猫
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金沢駅の夜景

2006-02-19 20:08:28 | 日々の写真
 あちこち放浪していたときの写真だ。北陸界隈をウロウロして、金沢駅でこれからどこに行こうか迷っていたときに撮った一枚。きれいな夜景だが、さみしい写真でもある。日が暮れてどこに泊まるかも決めていなかった。ポツンと知らない街でむかえる夕暮れは、ネオンの灯が胸にしみる。でもこれが自分の存在の出発点だと思った。寂寥感を味わう、だからこそ小さな人のぬくもりがうれしく感じる。
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伊予三島

2006-02-18 21:09:49 | 日々の写真
私の故郷の愛媛県伊予三島、今は四国中央市である。埋め立て初期のころの写真で、今はすっかり様変わりしている。伊予三島市出身と言うと、「島ですか?静岡の三島市ですか?」とよく聞かれた。
 空一面の白い雲がパノラマのように広がっているこの風景が、子どもの頃からなじみもあって好きだった。海山空が一体化していて、人はみんなこういうところに住んでいるものだと、ずっと思い込んでいた。大阪に出てきて、海も山も(空も?)ない風景が信じられなかった、田舎者の感覚はあまり変わっていない。
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京都嵐山の猫

2006-02-17 21:27:34 | 日々の写真
 もう何年前の写真だろうか。京都の嵐山をひとりで散策したときに出会った猫だ。道しるべの傍でまるで案内人のように、それでいてリラックッスした雰囲気の猫だった。いちいち観光客相手にオドオドできるか、そんな強さとたくましさを感じる。人間など眼中になし、それがいい。
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百合

2006-02-16 23:16:08 | 日々の写真
 昨年の秋に撮った百合の写真だ。可憐なピンクと白が清楚な雰囲気を漂わせている。新聞を見ていると、まあこれだけ毎日冴えないニュースの多いことか。
 今は普通に、平凡に生きていくことが大変な時代のようである。嘘っぽいものが幅を利かせているのもうなずける。
 かと言ってお前はどうなのだと自問自答すれば、さあどうだろう。力果てるまで、平々凡々と生きていきたいものだ。
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竹薮の白猫

2006-02-15 23:46:19 | 日々の写真
 昨日の駒形の石碑を見に行く前に、道から上を見上げると竹薮の中にこの白猫がいた。車はいっぱい走っていても、人の姿さえ珍しいので、「こんなところに猫が」と一瞬驚いた。驚いたのは猫の方も同じらしく「こんなところに人間が」と思ったのだろう。警戒心が強くて、にらめっこしていたが、これ以上近づくのは無理だった。案の条、撮り終えて近づくと、一目散に走って去って行った。
 いい面構えの白猫だった。
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駒形の石碑

2006-02-14 23:58:05 | 日々の写真
 宝塚の千刈水源地の北端の波豆を過ぎ、新大橋に地蔵石龕(せきがん)が祀られている。室町時代の1417年に建てられたもので、寄進した人が将棋好きだったのだろう、駒形に加工されてある珍しいものだ。磨耗しているが、梵字も刻まれているらしい。
 ここで室町時代の将棋好きに出会うとは!!何だかうれしい発見だった。
 頭を撫でたから、きっとご利益があるだろうなあ・・
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