森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

昔の写真 高野山

2016-02-07 09:14:17 | 過去の写真
 写真を撮り始めたころは、時間があれば小さな旅をしていた。でもゆとりのある旅ではなくて、写真を撮りながら黙々と?内に籠れるのが好きだったように思う。この写真も人がほとんどいない冬の高野山だった。何で自分はこの寒いのに白い息を吐きながらお地蔵様の写真を撮るのだろう‥
 帰りの電車で温もりながらそう思った記憶がある。
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懐かしい写真

2015-11-21 21:42:34 | 過去の写真
 「聖の青春」の授賞式の三次会のときだったと思う。あこがれの伊集院静さんと「聖の青春」の大崎善生さんに挟まれて至福の?ひとときである。この時から何年たっただろう‥
 自分がどう生きてきたか‥そういう自問をすると、かなり心もとなくて気恥ずかしくなる。結局、生まれてこの方、大して変りない日々を過ごしているなあ‥食いしばる歯はほとんどないし、景気のいい話はちっともない。私は弱くて心の中で泣きながら生きている人間がすきである。自分もまれに?そういうときもあるからだろうか。
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過去の時間

2014-12-15 06:42:13 | 過去の写真
 震災の前の年の我が家でのクリスマスパーティーで、珍しく懐かしい写真だ。
 左から藤内、増田、矢倉、そして今泉、野間、村山の顔ぶれだ。このマンションは以前に住んでいた清荒神のアーバンライフだ。
 観るほどに懐かしくて、いろんな思いが浮かんでくる‥
 

 一瞬の 過去の時間を 散歩する
  
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2007,10,18 大阪府民牧場

2014-10-21 07:41:59 | 過去の写真
 大阪府民牧場が閉園してから、能勢の方に行くことが減ってしまった。動物に会いに行くことがどれだけ癒されていたか‥つくづく思う。

 平和な光景を探すのが私が写真を撮る大きな楽しみなのだとわかってきた‥

 失ってわかることがこれからも増えていくような気がする・・
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2007,10,15 コスモス

2014-10-15 09:07:29 | 過去の写真
 ID:1cokhy


あまり撮った写真がない時は、昔のこの日は何をしていたのだろうと写真を振り返る。このコスモスの撮った場所ははっきり覚えている。丹波の柏原(かいばら)の近辺だった。コスモスは秋の色彩である。奈良の般若寺も思い出す。
 私の好きなタバコも「コスモス」だったが、ほとんど知られていなかった。タバコ屋のおばちゃんが私用に用意してくれていたのだった。
 今はタバコも吸わないのだが、実はコスモスのタバコを2箱保存している。もちろん吸うのでなくて鑑賞用である?
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2007,7,27帰省のとき

2013-06-05 07:29:31 | 過去の写真
 この写真は子どもの頃に住んでいたところを訪ねたときの一枚で、母と一緒に撮った。この市営住宅には小学2年生から中学3年生までの8年間母と兄、姉の4人で住んでいた。
 まだそのまま残っていたのにびっくりしたが、ほとんど空き家でもあったようだ。ここでニワトリを飼ったり、カメを育てたり、犬のお産もした?のである。学校は徒歩2分だったので、ずる休みのときは外に出られなくて家に籠って将棋の本を読んでいた。あるとき母が突然帰ってくる気配がして、あわてて天井に逃げこんだ記憶がある。私は小さかったので入り込めたようだ。
 子犬を捨てて来なさいと言われて、泣きながら捨てに行った記憶もある・・やっていることは今とほとんど変わりない気がする。
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能勢の七寶寺 2008年6月23日

2012-06-16 09:07:04 | 過去の写真
 能勢に行くといろんなスポットがある?歴史のある地とともに、宗教的な雰囲気も多い土地柄のようである。
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最高の人生の見つけ方

2012-06-14 07:27:33 | 過去の写真
 2008年6月の写真だが、映画「最高の人生の見つけ方」を観に行った時の写真だ。シネピピアはピピアめふの5Fにあるが、そこからの眺めである。あれから4年たって、どうだろう・・変わり映えしないのか、後退しているのか、噛みしめることの多くなった人生の気もする。
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師匠のお墓参り 2011,6,1

2012-05-19 07:07:55 | 過去の写真
 昨年の6月1日は師匠の南口繁一九段のお墓参りにいっている。熊沢良尊さんと京都新聞のSさんと一緒だった。師匠の還暦祝いのことは記憶しているので、自分が同じ年になったのは感慨深いものがある。
 師匠が今いたらどういう話をするだろうか・・
 奨励会時代に何度か師匠の家に行くときは、いつも退会がちらついたときだった。棋士になってからは村山聖のことでの相談だった記憶がある。いづれにしても、意を決したときに行ったのだ。門を入って入り口に行くと「ワンワンワン」と吠えられた。「森君、どうしたんや、まあ上がり」
 私は師匠に一度も叱られたことがない。その話をすると兄弟子の滝七段は信じられない顔をする。晩年だったせいもあるのだろう。
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清荒神2009,4、23

2012-04-24 07:59:12 | 過去の写真
2009年の今日は何をしていたのだろと見ると、田舎から母が出てきていた。それで清荒神の参道を上ってお参りしている。母は私に似て、わりと本音をいうのでドキリとすることがある。グチは言っても弱音を吐いたことはほとんどない。
 子ども3人の母子家庭だったのだが、男に交じって仕事をしていた。最近ポツリと聞いたのだが、自転車で2時間くらいかけて現場にいったこともあるそうだ。貧乏なのだが、いつも歌いながら家事をしていて、めそめそはなかった。むしろ近所での博打は強かったし、好きだったようだ?
 「チヨさん(私の祖母)といっしょでな、自分がなくても他人にお金や物をあげる・・損な性分でイヤになる」以前に帰省したとき笑いながらこぼしていた。
 「悪い夢を見てなあ‥」朝方に電話がかかってくる。ドキリとするほどカンがいいので驚く。思い立つとしつこくて執念深くてせっかちなのも私と同じである。
 母が泣いたのを見たのは、子どもの頃に兄弟喧嘩をしたときだった。それ意外はけっこうきつくて、何度も兄などは家の外に放り出されていた。私は生まれてからほとんど手間がかからなかったそうだ。人に気を使われるのがイヤなのは三つ子の魂なのだろう。
 将棋に夢中になっていた私に、盤を投げ捨て、駒を捨てて「もうやめ!」と言ったとき、私が反抗しないで無言で黙々と駒を拾ったのを見て、母はあきらめたそうである。
 村山聖と似ているのだが、私も幼いころにはしかが長引いて高熱で死にかけたそうである。後遺症で片目が閉じなくなってしまった。それでからかわれたこともあったが、それで鍛えられた面もある。
 
 
 
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在りし日のメリー2007、7,15

2010-07-12 08:24:59 | 過去の写真
 2007年7月15日のヤギのメリーの写真だ。メリーは姿が見えなくなって、ある日尋ねると亡くなったそうだ・・
 「メリーこんにちは!」と声をかけると「メエエーエー」と返事をしてからまた黙々と草をついばんでいた。
 メリーに会いにいくのが楽しみでドライブしていた時期もある。
 動物との出会いもまた一期一会である・・
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秋の風景

2008-08-31 00:05:29 | 過去の写真
 2007年9月8日の兵庫県川西市にて、昨年秋の風景である。あわただしい日々のなかで、季節感を味わう風景に出会うとほっとさせられる。昨年の風景であるのがさみしいことだけれど・・9月になったら思いっきりドライブしようと考えた。
    秋近し 棚田実りて 黄金色
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丹波慧日寺

2008-08-29 21:54:52 | 過去の写真
 珍しい襖絵だ。たいていは虎が多いのだが、これは確か豹かなあ?昨年の9月10日のドライブである。慧日寺で、お話を伺いながらいろいろ堂内を見せていただいた。今度は秋の紅葉に行ってみたい。

☆丹波慧日寺 兵庫県丹波市山南町
永和元年(1375)細川頼之が創建、特峯禅師により開山され、七堂伽藍他山内の塔頭18か寺に及ぶ丹波禅寺の中心として栄えた。その後、明智光秀の丹波攻め(16世紀末)や度重なる火災のため、創建当時の面影を失い、現存の仏殿(県指定文化財)は元禄年間(17世紀末)方丈・鐘楼等は18世紀末に再建されたもの。


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水滴

2008-06-20 23:38:13 | 過去の写真
 2007年7月4日の梅雨時の水滴の写真だ。ブログを始めてから4年目になるが、本来は日記よりも写真を掲載したくて張り切っていた。何でもそうだが、3年間続けて見ると何らかの答が出るような気がするのだ。裏も表も出るのが3年目だろうか?ネタが続くなくなるのも3年目あたりだろう・・
 それでも気にしない寛容さやおおらかさ、鈍感さがむしろ大事な要素なのかもしれない。私は10年は続けたいなあと思う。何でも10年単位が好きだ。10年経つと恥じも外聞も、気取りもてらいもなくなるだろうから。
 
 水滴を 目に触れてみる 梅雨の珠 
 
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