森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

長崎の猫

2008-06-18 21:39:49 | 猫のいる風景
 長崎の写真には猫がいっぱい写っている。狭い坂道と古い町並みによく似あうのだ。猫がいる町にはやさしさがある。
 猫には人が近づくのを避ける「猫距離」がある。私が勝手に造った言葉だが、猫に近づくとよくわかる。
 動物は人との距離感が生命線でもある。先日もカラスの話を聞いた。カラスは自分がいじめられたりすると、しっかり覚えているどころか、家まで探して反撃をするらしい。
 この猫は猫距離2メートルくらいで、警戒していたのでこれが写真を取る位置の限界だった。
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沼島の猫

2007-02-02 20:39:21 | 猫のいる風景
 沼島港にいっぱいの猫がいたが、黒猫が多かった。この猫は上陸して初めに見かけた猫で、用心深かった。猫の傍には、たいていいい人達がいることが多い。餌にありつけること、やさしくしてくれること、昼寝にもってこいの場所があること、これらが猫の住む条件だろうか。待てよ。これは私にも大いに言えることのように思うのだ。
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加茂の猫

2006-12-20 22:42:36 | 猫のいる風景
 川西市加茂二丁目を散策していると、やはり猫がいた。このあたりの昔ながらの風景には猫も似合うのだ。人馴れしていないせいか、他のところの猫よりも神経質だった。普段はそれだけ平和なのだろう。よそ者が来ないから、少しでも近づくとすぐに警戒態勢に入る。猫距離5メートルは、すれていない証なのである。
 この猫も私を見るとさっと玄関に戻り、飼い主のおばさんにお腹を見せて甘えていた。
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大阪の十三、お寺の猫

2006-11-21 21:55:46 | 猫のいる風景
 昨日、十三で映画を見ての帰りに散策していると、長安寺というお寺のお墓のてっぺんにポツンと座っている白猫がいた。逃げ出す素振りは見せなかったが、寄って来る気配もない。
 「何でわざわざお墓の上にいるんだ?」。「あんた達こそ、こんなところで何をしているんだい?」無言の対話が成立したかどうか、定かではない。
 ふてぶてしいような、、身奇麗そうな、奇妙な猫だった。
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柴田ファームの猫

2006-11-15 22:37:43 | 猫のいる風景
 柴田ファームの猫で、厩舎の入り口にポツリと座っている。もう一匹茶の猫がいて、仲がいいのか悪いのか、着かず離れず戯れていた。
 猫が見つめている方向には馬場があり、普段は馬が走っている。動物がいっぱいいるところには独特の生き物のにおいがあり、言葉は話さなくとも、仲間の会話で案外賑やかである。
 猫は仕草で対話をするようだ。
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渋い猫

2006-11-07 22:49:38 | 猫のいる風景
 「猫の写真が多いけど、みんなお前みたいな猫やなあ。自由気ままで」熊本の親友の古田の感想だった。でもあんまり恵まれていそうな猫は撮っていないからなあ・・。よく絵葉書に使われる、健康で明るくて可愛い猫は一枚もないと思う。
 へそ曲がりで、呑気で、間が抜けたような、いじめられっ子のような猫の写真ばかりなのだ。ひっそりと(コソコソと)生きている野良が好きなのだ。
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猫のいる風景 20 岡町の白猫

2006-09-16 23:28:29 | 猫のいる風景
 昨年の今頃、大阪の岡町に行ったときに撮った白猫。何かを睨みつけて、いい形相ではない。可愛い猫が好きな人には、何でこの写真と思うかもしれないが、猫はありのままで人に媚びていないのがいい。
 我輩は白猫である。
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猫のいる風景⑱ 神戸にて

2006-09-09 23:11:21 | 猫のいる風景
 神戸異人館の公園にいた猫。なにやら不安げな表情でじっとこちらを見ていた。
 ベンチで居眠りしているおじさんが世話しているのか、猫が数匹いたが、傷だらけだったり、暮らしに疲れた猫たちなのだろうか。
 人も動物も、痛々しい姿は心が滅入る。たくましく生きていってくれ、何にもできないが、心の中で声援を送る・・
 
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猫のいる風景⑰ 風見鶏の館

2006-09-06 00:55:53 | 猫のいる風景
 妻の誕生日に神戸に行った。「風見鶏の館」のそばで、仲むつまじく黒と白の猫が遊んでいた。
 大勢の観光客がいるそばなのに、案外ひっそりとしていたのがよかった。
 平和な光景がいい。
 
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猫のいる風景 16 宝塚 旭町

2006-09-01 23:50:48 | 猫のいる風景
 昨年の今頃の写真で、夜、突然猫に出くわして、お互いにビックリしたシーンである。場所は近所で、宝塚市旭町だった。
 私は猫は飼ったことがない。迷い込んだ猫をしばらく面倒見たことはあるが、家のなかに猫がいる生活は経験がない。
 猫の写真を撮るのは、猫が気ままで遠慮の無い、それでいてしっかり飯を食っているかなあと気になる、そんな野良猫が好きなのかもしれない。
(この頃、写真を撮るとどんどん入れるので、すぐにネタが尽きます。そこで一年前の今頃の写真を見て、アップしています。同時に、去年の今、何をしていたのか思い出してくるのです)
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猫のいる風景⑮ 大宇陀の黒猫

2006-08-20 22:03:00 | 猫のいる風景
 奈良県大宇陀の酒屋さんの裏にいた黒猫である。じっとよく見ないと表情がわかりにくいが、野良の過敏さはなかった。むしろひとりでじゃれている感じだ。
 道を黒猫が横切ると縁起がいい、そんなことを聞いたことがある。
 猫のいる風景の写真は、猫のいそうな風景を探し歩く旅でもあったのかもしれない。人が多いからといって楽しいわけでない。人が少なくても、心安らぐ場所にいたい、それが自分の心の奥の深層心理なのだろうか。
 集団はよくない方向にいってしまいがちで、もともと人間社会はひとりひとりの集まりなのになあと思う。
 
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猫のいる風景⑭

2006-08-06 21:48:31 | 猫のいる風景
 薄汚れてはいるが、天王寺動物園の柵にいた白猫で、おそらく野良である。猫は高いところにいることが多いが、常に人間との距離を計っているせいだろう。
 人間同士も人によって距離感がある。私は、例えば喫茶店に行ったとき、長い時間でも平気で話せるなら、距離感OKで、それが目安かなと思う。
 相性もあるが、何らかの価値観に似たようなものがないと、一緒にいたくないものである。猫距離があるなら、人間距離もあるのだ。
 
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猫のいる風景⑬ 野良の眼差し

2006-07-29 22:01:25 | 猫のいる風景
 私の撮る猫はどうして厳しい目をしているのが多いのだろう。可愛くて可愛くてというよりも、居直ったような野良猫のきつい眼差しのが多いようだ。
 この黒猫も、初めから軒下で私を監視していた。かといって逃げ出すわけでないのが不思議だ。ギリギリまで的を絞るように、目だけが厳しい。
 安心という言葉はないのが、野良の宿命だろうか。
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猫のいる風景⑫ 哀愁の猫

2006-07-23 22:28:09 | 猫のいる風景
 猫のいる風景⑪の兄弟篇で、堺で出会った猫である。「僕たちは必死で生きているんだよ」そんな声が伝わって来るような哀愁の猫だ。
 黒の毛並みに白が混ざり、余計にそう見えるのだろうか。人も動物もけなげに生きている姿を見ると、心の中で涙が出そうになる。「なあんだ、食べ物を持っていないのか」そんな現実的なセリフも聞こえて来そうだが・・
 猫の風景は自分の心象風景なのかもしれない。
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猫のいる風景⑪ 堺の猫館

2006-07-21 23:13:13 | 猫のいる風景
 堺に行ったときに、猫がいっぱいいる古びたアパートがあった。私は勝手に「猫館」と名付けた。猫館の住人の猫がこっちを見ている。純粋な飼い猫でもなければ、鳴り物入りの野良猫でもない。
 少し厳しい眼差しだが、疑いの目だけでなく探りを入れている様子だった。やせ気味のせいか、にらみつけた表情には迫力がある。でもきっと、この猫は人間を信じようとしている、そんな気がした。
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